46 18時までの
46 18時までの
六月に入っていた。
快晴であれば、ただの初夏でしかないこの時季。放課後の校内に響く生徒たちの声も、夏服に衣替えしたこともあって陽気さが増しているようにも聞こえる。そんな夏仕様の生徒たちが下校しようとごった返す昇降口付近を横目に河本秀人は今日も生徒会へ向かう。
廊下の角を曲がり、生徒会室まではもうすぐというところで河本は自分の歩く先に西野有紗を見つけた。長身の有紗が半袖のブラウスに短いスカートから長い脚を覗かせ歩く、その後ろ姿は鮮やかでスタイルの良さが際立っていた。河本も人並みに目を奪われれば、二人が歩く距離間を生徒会室まで保つことをさせなかった。
「有紗さん」
河本は駆け寄って声をかけてしまう。
「あ、河本君」
そんな超女子高生然とした有紗が自分の名前を呼んでくれるという、そんな間柄でいられることに改めて喜びを感じる今日の河本であった。
「会計監査の立会いは洋介さんが行ってるんですか?」
「うん、そう」
この放課後、会計監査役に任命された生徒数名による予算の確認作業が、会議室にて行われている。それに生徒会からは、竹清会長と高橋みゆきと堀洋介が立ち会っているのである。
さらには生徒会の役員は体育館での部活動が終わるのを待って、明日行われる生徒総会の会場作りをしなければならない。
「十八時まで暇だよね」
「ですね。結構、時間はありますね」
そんな会話をしつつも、河本は隣を歩く有紗の眩しい夏の制服姿に引きつけられたままである。
チラリと、前を見て歩く有紗の顔を見もすれば、そういえば、自分はこの人とキスをしたことがある、と思い出してもみては、感激したりもする。
「さて、なにしてよう」
生徒会室の扉の前で、何かアイデアを求めるかのように有紗が河本の方を向くので、目線が有紗の唇にいっていた河本は慌てては前を向く。
「……なにがいいですかね」
そう言いつつ、生徒会室の扉を河本が開けると、有紗に先に入室することを促しては有紗の後に続いて中へと入る。
柳田美咲と里崎綾がノートパソコンで何かを見ている。
「あ、良い所に来た、この動画見てみて」
二人の姿を確認した美咲が、すぐに動画の再生を始めるので河本と有紗はバックも置く暇もなく、立ったまま見ることになる。
「……これあれでしょ」
見てすぐに有紗は何系の動画なのか推測できたのだが、見慣れていない河本が趣旨を把握する前に動画は見ている人間を驚かせようとする。
「うわっ」
まんまとビックリさせられた河本は体をビクっとさせては隣にいた有紗の腕を思わず掴んでしまう。
系統が分かっていた有紗は動画には驚きはしなかったが、ふいに河本に腕を掴まれたことは想定外であった。
「あっ、すいません。びっくりしちゃって」
河本は半袖故に有紗の素肌に触れてしまったので慌てる。
「フフ、怯え方が乙女すぎでしょ、河本君」
「はい、ちょっと余裕がありませんでした」
有紗が笑っては何も気にしていない様子に河本はホッともする。
「逆だよね、二人の反応が」
見ていた綾も笑っている。
「ウケた、今の河本君。こういうのびっくりするんだね。あ、じゃ、この画像から数字の8を見つけてみて」
美咲は今度は画像を開いては河本に見せる。
「それは知ってます、凝視してたら急にのパターンじゃないですか。イヤですよ」
「そんなことないから、8を早く見つけてみて」
簡単に美咲は引くつもりはない。
「もう有紗さんにしがみつくわけにはいかないんで、今度は美咲さんにいきます。さっきよりも派手にいくんで。ちょっと立ち上がってもらっていいですか?」
「え? 何それ。やだ」
率直に美咲は拒絶する。
「美咲さんがそういうことなんで、綾さん、お願いできますか?」
「ごめん、私もなんか無理」
「じゃ、ボクも見ません。この話題は終わりで。有紗さん座りましょ、席」
やや強引ではあったが、今日のこの四人での会話の入りがうまく行けたようにも思える河本はそのことには満足して席に座る。それでも気を緩めることはなく、三人の機嫌の角度に留意しつつも、すでに何度も目は通してはある明日の生徒総会の冊子を再度読んだりするのであった。
有紗も、この四人だけで会話することの未知数さが引っかかりもするが、スマフォを取り出すと彼氏宛てに思い浮かんではまだ送っていないこと等を思い出してはつらつらとメッセージを送ったりをするのであった。
席に着いた二人が、とりあえず独りの時間を過ごそうとするのを肌レベルで感じはしても、美咲や綾はパソコンで興味を引く動画を見てテンションが上がっている分、話し出しするきっかけを思慮している。
「そういえばさ、ホントに太鼓をしに、美咲は河本君とゲーセン寄ったの?」
先に思いついたのは綾であった。
「行ったよ。ってかさ、あの球技大会終わりで二日間連続で行ったから、ね?」
最後は河本に問いかけたのである。
「はい、美咲さんお上手でした。妙にあの二日間太鼓熱が沸いてましたよね」
河本は話を振られればすぐさまに返答する。
「なんか一日目は思い出す感じで、二日目本気、みたいな。あそこのランキングに私、載っちゃったし」
「へぇ、美咲ってそこまでのレベルなんだ」
「やってるお姿は冷静に見えるんですけど、正確に一心不乱に叩いてました」
河本は見て感じたままを伝える。
「あ、そん時のさ、河本君が面白くて、なんかちっちゃいコがやってるところ見てるから、一曲目終わって河本君がやる? って話しかけたら、すごい首を横に振ってやらないって言ってどっか行っちゃったよね」
「なんかあのコの感じ、さびしかったです」
「きっぱり断る感じが面白かったよね」
「ああ、きっと恥ずかしかったんだよ。急に話しかけるから」
綾が二人のエピソードを総評してくれる。
「あ、そっか……」
綾に言われて、河本はもっと別な言い方があったな、とその時のことを省みつつも有紗が会話に入って来ないことが気になる。
「……その、河本君と美咲が太鼓やってたってさ、MBSに書かれてたよね」
有紗は目線をスマフォにやったまま呟く。
「え、そうなの?」
太鼓のことは自演していない美咲は自分のスマフォを取り出しては有紗の口にしたMBSにアクセスしては確認する。
「河本君のこと、あのバスケうまい人だって書き込んであったよ。球技大会で活躍して女のコのファン出来てるね」
スマフォから河本へと視線を移して有紗は付け加える。
「えっ……そんな、ファンとかいないですよ」
河本は書き込みよりも有紗が会話に入ってくれたことが嬉しい。
「……ホントだ。書き込まれてる。ってか、河本君と三年の同じ生徒会の人っていう書き方なんだね。私の名前は知らないのかよ」
「二年か、一年のコでしょそれ。三年でバスケ見てたの私と、体育委員の数人だけだし」
「なんだよ、書き込んだの誰だよ。書き込むならちゃんと私のこともリサーチして書けよ。半端な気持ちでゴシップすんなよ」
「美咲さ、だいぶ口悪くなってるから」
綾がふて腐り始めた美咲を正そうとする。
「いいよいいよ、綾、平気平気、美咲はさ、竹清会長が来ればいつもの落ち着いた会長付秘書って感じになるんだから」
有紗がまたスマフォに目線を落としてはそんなことを言えば、河本は不穏な空気を察知することになる。
「なんかさ、今の言い方ひどくない? あのさっきからスマホいじってるモデル気取りのアイツの言い方」
「わかった、ごめんごめん。でも美咲もそのすぐ機嫌悪くなるの、周りの空気悪くなるからやめなよ」
すぐに謝りつつも自分の性格を指摘してくる有紗の態度に美咲は納得がいかない。
「美咲さん、すいません。なんか、すいません」
「なんで河本君も謝るの?」
「自分寄りで書き込まれてたせいで、なんか美咲さんの機嫌が……」
「いいよ、別にそれは河本君悪くないし」
「いやもっと言えば、美咲さんが見せようとしてくれた画像とか、ちゃんともっと見て驚いていればこんな流れにならずに。あ、なんなら今から見ますけど?」
「いまさら、もうそんなあれだし、また今度にする」
「太鼓も、またいつでも、ご一緒したいです」
「それはありがとう。あー、早く準備始めたい。時間来ないかな」
「そうですね。早く準備したいですね」
河本は室内の時計を見ては時間を確認する。
「よし、河本君、体育館に見に行こう」
一通りメッセージの送信を終えた有紗が提案する。
「ですね、行っちゃいますか……美咲さんと綾さんには準備できそうになったら連絡します。ここでの待機お願いします」
今はその二人ずつで分かれることがベターと判断して河本は有紗と生徒会室を後にする。
「なんかごめんね、色々気を使わせて」
生徒会室を出て、二人になると有紗がそう言ってくれる。
「全然、大丈夫ですよ」
「ホント? 無理してない?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「でもさ、美咲が言ったモデル気取りってひどくない? 気取ってる私?」
「……気取ってるっていうか、有紗さんって気取ったりしなくても、元々、モデルさんみたいにスタイル良いし、今日の歩いてる後姿とか輝いてましたよ……見かけたら話しかけずにはいられなかったですよ、ホント」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
歩きながらも、有紗が河本の肩に手を置いては寄りかかってきた。
河本は有紗の方を見てしまえばブラウスの胸元に視線がいってしまいそうになるのが分かるので、ただ前を向いている。
「あ、ちょっと前にもこんなことあったね。二人で体育館へ向かって」
「……ですね」
その後には、あの日のキスを二人はそれぞれに思い出してもいたが、それをどちらも口にすることはなく、二人は黙ったまま、体育館内へと入った。
体育館内ではあの時と同じで女子のバレーとバスケ部の練習が行われていた。
「当然まだやってますよね。邪魔にならないように……上に行きましょうか」
「……だね」
河本は倉庫に入ることは避けてしまう。それを意気地がないとは有紗は思わない。河本は誠実であろうとしているのだ。
「河本君が先に行ってよ」
壇上の幕内から回廊に上がる階段を上る際に、有紗はスカートを気にする。その丈を気にしてのウエスト位置を持ってスカートを直す有紗のしぐさが河本の男心をくすぐった。
思わずキスをしたくもなるが、この人には彼氏がいるんだと自重しては階段を上ることにする。
回廊の一番端から河本と有紗は行われている部活を眺めることにする。
柵に肘辺りを置く河本に、ピタリと寄り添って有紗も同じ姿勢をすれば肘から肩が密着する。
「こういうの、見てる誰かが、書き込んだりするのかな」
「どうですかね、でも、有紗さんとのことまで書き込まれたりしたら人から恨まれたりしそうですよね」
「じゃ、隠れていよう」
有紗は河本の手を引っ張っては幕内に入り、二人の姿は誰かが見ようと思っても見えなくなる。
引っ張られたその意味を、後は自分が応える番だと悟る河本は有紗の唇を確認すると、その引っ張られた勢いのまま顔近づければ、有紗も分かっていたように目を閉じては、そのまま唇を重ね合わせた。
身長がほとんど同じな二人は首を傾けあってはキスをした。この間の時に二人がした時よりも確実にそれは熱烈なものとなった。
体育館内に入り込む初夏の日差しは十八時が近づいても、まだ明るかった。
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