44 芝生は青く
44 芝生は青く
本部でモバイルパソコンに向かっていた柳田美咲は、体育委員から受取ったその時点までの結果の入力を終えると放送室にあるパソコンから受信できるようにファイルを送信する。
担当の時間が近付いていた河本秀人も本部として存在するそのグラウンドに設置されたテントにやってきてはいたが、入力する美咲の邪魔をしないように隣のイスには座らずに後ろで立ったままでいた。
二人がいるテントからは、いつでも緑が鮮やかな人工芝のグラウンドで行うサッカーの試合の様子が見てとれた。
その試合を見ながら、河本は、手に持っているペットボトルの水を飲んだりする。
「ロマンスだ」
美咲の独り言である。
その視線の先では、試合を応援する男子生徒たちが揃って同じ動きで踊っていた。
「お疲れ様です」
河本も一度美咲を同じ方向をみては、美咲の呟きはあの振り付けの技名の事なんだろうな、と分かってから声を掛ける。
「……お疲れ様」
声の方に一瞥はしつつも、すぐに試合をする三年生のサッカーの方に目をやる美咲に機嫌がよろしくないものを感じた河本は隣のイスに座り、そのまま黙っては、また水を飲んだりしていた。
「叩きたいな」
また美咲が独り言である。
「……たたきたい? ボクを叩きたいんですか?」
そのようにしか聞こえなかった河本は戸惑いつつも、確認する。
「え? なんで私が河本君を叩くの?」
驚いた表情で美咲が河本の方を見る。
「今、叩きたいって美咲さんが」
「あ、叩きたいって言ったのは太鼓のこと」
「タイコ? タイコって?」
「ゲームであるでしょ。あれのこと」
言いきって、また美咲は試合に目を戻す。
「ああ、あれですね……ゲーセンにある太鼓の……あれを叩きたいって……」
ゲーセンで太鼓ゲームをしたいということを、叩きたい、と表現した美咲の発言は、まさか自分が叩かれるのではないのかと勘違いしていたことも踏まえてツボに入った河本は思わず笑い出しそうになり、それはマズいと歯を食いしばり、隣に座る美咲の位置から見えない方の手で自分の脇腹をつねって耐えた。
「うん。ヲタ芸みてたら、それ系の歌が浮かんで。あ、その歌、太鼓で叩いたことあるって思いだしたら久しぶりやりたくなった」
考えに至った経緯を美咲は話してくれる。
「ああ……そうなんですね」
一度ツボに入っている河本は理由を丁寧に話してくれる美咲すらも面白くて仕方ないが、絶対に笑ってはいけないと思うから、脇腹をさらにきつくつねっては耐える。
「どうしたの? お腹痛いの?」
うずくまりだした河本を美咲は心配する。
「……すいません、大丈夫です」
優しい美咲に、一度深呼吸して自分を落ち着かせては姿勢を正して河本は答える。
急に普通になった河本を訝しげに見ながらも、また美咲は試合の方へ視線を戻す。
「そういえばね、掲示板に……あ、これ私の放送」
話を妙な体言止めで終わらせた美咲を、また河本は疑問に思ってしまう。が、口にすると笑ってしまいそうな気がする河本は何も言えない。
「……以上がこれまで行われた結果となります。続きまして、現在行われております競技のご案内を致します。体育館では三年生のバレー……」
美咲は自分が作成して送った試合結果が読まれた校内放送の事を、私の放送と、略したのであった。それを理解すれば、その略し方はおかしいと言いたくもなるが、今の河本は黙っている以外の術はなかった。
「会長とみゆき、今、体育館でバレーの試合出てるよ」
放送を聞き終えた美咲は顔を険しくしては伝えた。
「あ、はい」
それで最初に機嫌がよくないと感じたんだな、と河本は理解する。
「掲示板にね。あ、掲示板て言うのは女子の中でちょっと流行ってる、誰と誰が一緒に居た、とかそんなこの高校のゴシップを書くような、よくあるやつね」
「はい」
美咲が真面目話し、それを聞けば河本の笑いの虫も治まる。
「そこに、こないだ、私と河本君が駅ビルで一緒に居たこと書いてあったよ」
「あ、そうなんですか」
「うん。気にする?」
「自分は全然平気です。そういうの気にしません」
腹痛なのか、お腹を押さえていた挙動を見せてもいた河本が、そこははっきりと自分の考えを述べてくれる姿に、美咲は男らしさを感じてもしまう。
「だよね、気にしないのが一番だよね」
凛々しい河本の態度に美咲もそう返す。
「あ、すいません、もしかして美咲さんにご迷惑かかりました?」
「え、ううん。全然。彼氏とかいないからそんな書かれても平気」
「そうですか……それは」
良かったと続ければ、彼氏がいないことが良かったと取られたら美咲が不機嫌になりそうなのは分かるので言葉を止めた。
「生徒会だから一緒に帰ることもあるでしょ、くらいのレスしか付いてなかった」
「はい。まぁ、他人にそんな興味持たないですよね」
「だよね」
実は、この二人が一緒に居たと書き込んだのは、美咲の自作自演なのである。
生徒会に入るまで、美咲は自分の容姿や上背があり均等のとれたスタイルをまずまず、というよりもむしろ人並み以上だと自負していた。それが、妄想恋愛する自分を高みへとのぼらせ、友達とそんな話で盛り上がる中でも、その気になれば私ならいつでも妄想のような恋愛を実現できる、と思わせてもいたのである。
が、生徒会で一緒のメンバーになったみゆきや有紗は、一七〇はある身長で小顔にスレンダー美脚とモデル級のスタイルで、加えて共に彼氏持ちで嬉しそうに恋のエピソードを話す、その自信に溢れた、勝ち誇ったようにみえる姿には内心、穏やかではいられなかった。
別に目立ちたくて彼氏がほしいから生徒会に入った訳ではないが、これは思っていたのと違うという美咲の思いが、他人の振りをして自分で掲示板に目撃情報を書くということをさせたのだ。
けれど、書いてはみたものの、「生徒会だから一緒に帰るくらいあるでしょ」とその付いたレスも驚くほどの事はなく、美咲の気持ちをがっかりもさせた。
自分の満足の為に、一緒にいた河本を巻き込んでもしまったが、そんなことをまったく意に介さない態度の河本に、自分の心が洗われたような気にもなるのであった。
「河本君、今日の放課後さ」
竹清という人間に叶わぬ恋をいつまでもしているのは損だとも自分で分かっている美咲は、太鼓を叩くという欲求をこの河本と行いたいと、そう思ったのだ。
「はい」
「あ、あの男子はちゃんとサンスネ出来てる」
美咲は自分で話している途中でも視界に入っていた、応援する男子たちの踊りを評価した。
河本は、そんな、美咲が見たこと、聴いたことに反応しては思ったことをすぐに口にする姿を可愛らしいと感じていた。
「技の名前、詳しいですね」
その美咲の造詣の深さに河本は感心する。
「まかせて。まぁ、自分じゃ踊れないけどね」
美咲が河本の方を見ては答えた。
「太鼓も上手なんですか?」
「うん、オニクリ出来る曲もあるよ」
と、美咲はちょっと実際に太鼓を叩くマネをして答えた。
その姿は可愛くもあったが、河本の治まっていた笑いの虫をまた活動させた。
「すごいですね。自分の……太鼓、叩いてください……」
「自分の、太鼓?」
「あ……自分の太鼓ってなんですかね。イヒヒ……今度、自分の前で見せてく……イヒヒ……ヒヒヒ」
「なんで自分で言って笑ってるの? 河本くん、変だよ」
「ヒヒヒ……すいません……ヒヒヒハハハ」
「どうしたの? 大丈夫?」
河本は我慢していた分、笑い出すと止まらなくってしまい、お腹を抱えて笑い出した。
里崎綾はちょうどその時、テントで会話する二人を目撃した。
ハーフコートの方にて行われている、ドッジボールに出場し終えて、その時点の結果を持って来たのだ。
以前、綾は、有紗と美咲に、河本を恋愛対象としてみてしまうのがコワいと告げた。それを口にしまったことにより余計に意識してしまい、築いては昇っていきそうな、その螺旋から自ら降りることになった。それによって、有紗や美咲が河本と接する機会が増えれば、二人が友達のように河本と話している姿をこんな風に目撃することとなる。自分が招いたこととはいえども、寂しさもある。
ましてや、お腹を押さえてまで笑う河本の姿なんて、まず、自分の前では見せてくれることはなかった。
「お疲れ。ねぇ、美咲の天然がさく裂したんでしょ、河本君をこんなに笑わして」
それでも、綾は二人の所へ行くと自然に振る舞えた。
「違うよ、私天然じゃないし、河本君、一人で笑いだしたんだよ、急に」
そう美咲は答えつつ、その綾の、試合を終えたばかりだからなのか、ジャージの上を脱いでは手に持ち、ジャストサイズの白のTシャツに透けるブラが目に入った。自分よりもある胸に視線が一度行っては他へと移す。
「綾さん、お疲れ様です。すいません、美咲さんじゃなくて、ただ自分が変なんです」
ようやく治まりをみせた河本は、誤解されないよう全て自分のせいにした。
「ほら。なんかね、一人で言い間違いして大爆笑し出したの」
美咲は説明する。
「へぇ、そうなんだ」
と綾は理解したように相槌を打つものの、頭の中では河本と久しぶりに喋ったことを考えていた。
「綾さんのクラスのドッジはどうだったんですか?」
「一回戦勝ったんだけど、二回戦で負けちゃった」
綾は何気なく河本が質問してくれたのが嬉しい。
「綾、腰の所、汚れてるよ」
美咲に背中を見せれば、指摘をされる。
「ドッジで当てられた時だ」
綾は試合後に自分で払ったつもりの汚れを美咲に気づかれ、落ちきれていないボールの跡を美咲が消そうと叩いてくれる。全然イタくはないのであるが、それは、河本と二人で話している所に、自分が入ってきてしまったことを、美咲から責められてもいるようにも感じられた。
「結果、入力しようか?」
美咲が投げかける。
「ううん、美咲にばっかりも悪いから、私が、やるよ」
「うん、ありがとう」
そういい、三人掛けの長テーブルの美咲の隣の空いているパイプイスに綾は座る。美咲は自分の前にあったノートパソコンを綾の前へと移動する。
簡単な入力を綾が始めれば、美咲は座る体ごと、イスを河本の方へ寄らす。
「真ん中の男子だけ妙に気合入ってるね」
依然として盛り上がって踊る男子たちに視線を送った美咲はペットボトルのキャップを開けてはゼロと表示されたスポーツ飲料を一口飲んだ。
「はい、完全にマスターされてますね」
河本もそっちを見て返す。
邪魔にならないようにだともいえるが、自分には背を向けたような美咲から弾かれたようなものを感じ、やはり、私は邪魔なのかと綾は思ってしまう。
「今日、放課後、ちょっと叩きに行こうよ」
美咲は河本を誘った。
「あ、いいですね、ぜひ見たいです」
美咲のプレイする姿に河本は興味が湧いている。
「河本君は上手?」
「あー、自分結構一度ミスしちゃうと慌てちゃうタイプなんですよ。会長は優雅に焦り知らずって感じで」
「へぇ、会長もやるんだ?」
「え……ええ。自分よりも会長のが上手です。でもあの二人ともエンジョイプレイですよ。だからあの、美咲さんのガチ、見せて下さい」
「うん、わかった。あ、綾は太鼓うまい?」
「え、あ、叩きに行くって太鼓のゲーム?」
唐突に話を振られた綾は聞こえてはいたが、理解できていなかったので確認をした。
「うん、そう」
「あ、そうなんだ。二人が何の話をしているか分からなかった」
そういって綾が笑う。何より、美咲が自分を避けていないことも嬉しかった。
「美咲さんの話しが叩くっていうところから入るからだと思いますよ」
そんなことを言う河本を睨んでやろうと思ったのか、美咲が隣の河本の方を見れば、美咲をはさんで綾の方へ話していた河本との距離が近すぎて、ピントがすぐに合わなかった。
その動きの中で河本は、一瞬、寄り目のようになった美咲をみてしまい、また、笑いの虫がうずきだす。それはマズいとかなりの強めにわき腹をつねった。
「イタタタ」
笑うのを堪え、痛みの方に集中し、それを声に出して乗り切った。
「え、また? 大丈夫なの? なんか変なの食べた?」
またもや美咲が心配してくれる。
「すいません、ごめんなさい。一回離れます」
そういうと、お腹を押さえたまま河本は立ち上がる。
「お疲れー」
河本が立ち上がったタイミングでテントへと来た西野有紗が河本の真隣で声を掛ける。
「あ、有紗さん、お疲れ様です。イス座りますか?」
「うん、ありがとう。どっか行くの?」
「お腹痛いんだって」
美咲がそうアシストしつつも、河本の横に立つ有紗をみれば、ジャージの上着は、ファスナーをインナーの白がぎりぎり覗くデコルテラインくらいに開け、腕はまくり、下はくるぶし上くらいにロールアップした着こなし方は、その有紗のプロポーションの良さも作用して、これが正解だよと誇示しているようにも思える。
「大丈夫? 保健室行くの? 付いてってあげよっか?」
有紗も優しい。
「お心遣いありがとうございます。大丈夫です。なんか今、立ち上がったら楽になりました」
「ホント? 無理しないでね」
「はい」
「二人はさ、見てないと思うけど、すごかったんだよ、河本君のバスケ」
思いだしたように有紗は、美咲と綾に話しだす。
「そうなの?」
「すごいってどんな風に?」
美咲も綾もそんなことは知らない。
「ばんばん点決めまくって、クラスを優勝させちゃったよね」
「あ、はい。あの……おかげさまで」
「こんな、今はさ、恐縮してるけど、バスケしてるときは、違うよね。体育館、湧かせて。カッコ良かったよ」
そういって、有紗は河本に笑顔を向ける。
「お褒め頂き、ありがとうございます」
いつまでも、固い態度の河本の肩辺りを軽く叩いては、
「あー、喉乾いた、これ河本君の? 貰うね」
有紗はそういっては河本の飲みかけのペットボトルの水を飲んだりする。
その場を有紗に持ってかれたような美咲は試合に目を戻し、綾はタイピングをするのであった。
堀洋介はドッジボールが決勝まで終了したので、テント付近まで来ていたのであるが、役員の女子三人がいる姿に、プライドがぶつかり合っているようなものを察知すれば、近付くには一度気合を入れ直さないときついなとも思うのであった。
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