43 河本無双
43 河本無双
球技大会は二日間に渡って行われる。
「生徒諸君の、超本気は美しい。クラスの勝利へ超全力な、その姿が明日の真倫高校を築いていくのだ。フルスロットルで行こう。私も参加する生徒の一人として断然そのつもりだ」
一日目、朝九時になると、竹清慶治が放送室から生徒会長として、球技大会へ向けての挨拶を行い、竹清らしい言葉で、教室から聞いている生徒たちを鼓舞した。
竹清に立ち会い、放送室内に居た河本秀人は、しっかりとその挨拶を受け止めた。
竹清の開会の言葉が終わり、各クラスの生徒たちは最初に自分たちが参加する球技の場所であるグラウンドや体育館へと移動を始める。
生徒会役員のメンバーは、運営側として球技大会が無事に行われるよう努めねばならない。朝も早くに来て、本日の天気に問題がないと判明すると、グラウンドには運営本部としてのテントを立て、そこに機材を運び、セッティングを行った。また各球技で使うボール等の用具を、倉庫からそれぞれの場所へ運ぶなど、一通りの仕事をこなした。
球技大会中も、運営側の仕切り役として忙しくはなるが、それでも竹清の方針として、役員も必ず一種目はクラスの球技に参加することと決めた。
その方針に従って、河本はこの後に行われるクラスのバスケットボールに出場することになっている。
「放送委員の方の案内に、球技大会がスムーズに進行できるかどうかが掛っているから」
放送委員とのブリーフィング終わりに竹清は軽く笑顔を見せつつもプレッシャーをかけると、本部であるグラウンドに向かう。
その竹清の傍らにつき従った河本は球技が行われる体育館に向かう事になる。
「バスケ頑張れよ、ひでと」
昇降口で別れる際に竹清に声を掛けられた。
「はい」
河本は、そう力強く返事をした。
体育館のバスケットコート側では、出場するクラスが集合し、クラス毎に準備運動終えては、ボールを回したりしては試合開始を待っていた。
先に女子が十分間プレイし、二分インターバルを取り、その後に男子が出て同様に十分間行い、その合計点で争うルールである。
「じゃ、始めてください」
体育館の進行を担当する西野有紗が、時間になったのを確認すると、審判を務めるバスケット部の生徒へ開始を促す。
審判役の生徒が笛を吹き、コートを出場する選手だけにする。
「よし、張りきって行こう」
田村塁は最初に出る女子生徒たちにそう声を掛けた。河本と同じクラスである。男子バスケットボール部に所属しているので、クラスからはキャプテンシーの発揮と活躍を期待されている。この球技大会のルールで、その競技の部活動に所属している者は一人だけ試合に出て良いというルールが設けられている。クラスには他にバスケ部はいないので田村の出場に問題は何もない。
ただ、田村本人としては、試合に出るつもりはなかった。
バスケット部において、田村の身長は一七四と、大きければ大きいほど良いスポーツ競技としては小柄ながらもガードのポジションで能力を発揮し、部内での競い合い勝ち、背番号を貰い、スタメンではないが出場時間は長かった。もう一人、二年生には一九〇を超える生徒がおり、その二人のどちらかが次期主将とも部内の生徒の間では噂されている中、来月の県の大会に向けて高いモチベーションを持ち、日々練習をしている。
そんな、活躍の期待と少しの嫉みを受けている生徒が。
バスケットは経験者かそうでないかで大分差が出てしまう。体育でしかバスケットボールを触ったことがないような、そんな素人の中に混じって、調子に乗って出場しようものなら、審判役のバスケ部の連中に冷やかされることは目に見えている。
だから、ヘッドコーチ的役割を担い、試合をする生徒たちを応援することで、クラスに貢献しようと思っているのである。それでも、どうしても出てくれと言われれば、出る用意は気持ちのどこかでしていた。
試合が始まって五分が経過した頃、河本は体育館にやってきた。
集まっている自分のクラスの生徒の所へ行き、得点板を確認すると、自分のクラスの得点はゼロで相手が四点取っており、負けていた。
河本が来た事にその近くにいるクラスの生徒たちは当然気づく。それでも、どう声を掛けて良いのか分からない。生徒会活動が忙しいのであろうか、いつも放課後はすぐに姿を消し、今日も登校し、ジャージに着替えては一人教室を出ると戻ってくることはなかった。出席の確認をする担任の教師は、河本君はあれか、と把握しているように呟くので、クラスの生徒たちは、なんか話が通っているのだな、と思ったりするのである。
そんな、クラスから一人、距離を取っているような印象が、クラスの生徒からはどう河本を扱ってよいのか分からなくさせてはいるが、クラスの代表が、球技の参加生徒を決める際に、運動神経の良い河本に気を使って優先的に話を振ると、「初日の、午前中のバスケなら、はい」と謙虚ではありながらも、しっかりと希望を伝える姿に、嫌悪感を抱く生徒は別におらず、むしろ、頑張ってくれと思うのであった。思ってはいるが、それを声に出して河本に伝える生徒はまず、いない。
試合は進み、もうすぐ十分が経とうかという頃、相手クラスの清水成美が得点を決め、差は六点となった。
河本はストレッチをしながら、研修会でしゃべったあのコか、と思いつつも考えることはあった。
竹清が生徒会長の挨拶として述べた、超全力、超本気に従う気満々でいる。けれど、クラスの皆がホントにそれでいいと思っているのか、という疑問を持っている。
「じゃ、河本はバスケね」とクラスの代表が決定してくれれば、生徒会室へと行ってしまった河本は、クラスが球技大会にどれくらい真剣か分からない。現に六点も差つけられた試合中の女子たちからは、もう早く終わってくれというような空気を感じる。
そこで前半終了の合図の笛が鳴る。
「全然オッケー、いいよ、いいよ」
と、戻ってきた女子たちを労うように拍手をしながら田村は迎える。
河本も誰に視線を送ることもなく、拍手だけした。
試合を終えた女子の中にはクラスの中にいるそんな河本に気付いて、珍しいのがいる、と内心思う生徒もいた。
河本は勝ちを求めている生徒が一人でも良いからいないかと、一緒に出る生徒の様子をうかがったりした。竹清の言葉に従うつもりしかない河本は俄然、超本気で行くつもりである。それを後押しする何かがクラスの生徒からほしかった。
そこへ。
「よし、逆転しよう、勝てる勝てる。まだまだこれから」
女子を迎えたように、これからコートへ向かう河本を含む男子たちへ、田村は手を叩きながら声をかけた、
その言葉を背中で聞いた河本は、目を見開き、最初からエンジン全開で行く、と決心する。
一年生である荻野靖貴はカメラを持ち、行われている試合が見やすいように幕内から高い回廊へと行き、その高い位置からこの試合をみていた。女子が終わり、男子の番になり、コートに出てくる生徒の中に河本を見つけると一人、胸が高まった。
「オレが河本のマークだ」
そう言い、河本の目の前に立ったのは相手クラスの澤井謙輔である。一年時の河本のクラスメイトであり、放課後は澤井の家に行ったりして遊んだりするほど仲が良く、河本の副会長の立候補に必要な推薦人も、この澤井が嫌な顔せず務めてくれたのである。
「ケンスケがオレを止めるの?」
一七〇ちょっとの河本より、十センチ以上澤井は大きい。身長が一八五はあった。
「お前を止めれるのはオレだけだ」
「ケンスケは背でかいんだし、ゴール下に居た方がよくない?」
「河本、お前敵だろ、アドバイスするなよ」
「わかったよ」
「澤井、でかいんだから、ジャンパーやってくれよ」
澤井はクラスの生徒から声を掛けられる。
「お、おう。河本、マーク外れるの、今だけだからな」
そういい、コート中央でボールを持つ審判の前に、澤井と河本のクラスの生徒が立ち、ジャンプボールを行う構えを取る。
この瞬間、改めて河本は気持ちを入れ直した。
審判が笛を吹き、ボールを高くあげる。
そのボールへタップしようと飛んだ澤井の手の動きに集中していた河本はボールの落ちる地点へ動き出す。
澤井が背中の味方の生徒がいる自軍側へタップしたボールがコートに一度弾むのを、俊敏なダッシュで河本が受け、そのままドリブルし、球技大会のバスケの雰囲気を掴み切れていない他の生徒を置き去りにして、河本は颯爽とレイアップシュートを決めた。
「だから、あいつに付いてないと、こうなると思ったんだよ」
と、澤井は中央に置いてかれたまま、呟いた。
フルスロットルの河本である。それだけでは当然終わらない。
相手クラスのボールを拾った生徒が、まだ状況がつかめず、とりあえずボールをコートへ入れようと、一番近くの味方の生徒にパスするのを、河本が読み切ってカットすると、そのままジャンプシュートをし、また得点を決める。それではと、離れた生徒へ山なりに投げれば、また河本が猛ダッシュをしては誰もいない所へとはじき、それに河本本人が最初に追いつくと、そこはちょうどスリーポイントライン外側で、そこから迷いなく放ったシュートはリングへと吸い込まれた。
開始一分もしない内に、河本は七点を挙げ、六点差を逆転した。
女子が一点も得点できなかったこともあり、味方が得点を入れたら盛り上がるという、そんな当たり前のことを忘れていた河本のクラスの生徒たちの間から「おおっ!」と声があがった。
「すっげー、頼もしい」
田村は思わず呟く。自分は出るつもりはなかったが、一回戦負けというのはなんだか悔しい気もするので、もしあんまりなら、誰かと交替して出るつもりもあった。
「河本って同じクラスなのに、助っ人で来てもらった様な、この感覚なんなんだろう」
田村の隣りで男子生徒がそんなことを言う。
「そう言うなよ、あいつは正真正銘オレたちのクラスメイトだ」
田村のその発言に周りの生徒は頷いた。
それがきっかけとなり、その後は河本が得点を決める度に「カワモト、イエー!」とクラスの生徒の盛り上がる声はどんどん大きくなっていく。最初は呆気にとられていた女子たちも、田村に合わせて声を出し、クラスはひとつになった。
その盛り上がりは、体育館の球技の進行具合を運営の立場でみている有紗も目撃し、一年生のバレーの審判を務める小坂遥も、バレーの試合が止まった時に、大きな声援のするバスケの方が気になって目をやれば、一人だけ違うスピードで動き回る河本に驚かされるのである。
高い所からカメラで見ている荻野は、河本の活躍にとても感動していた。自分はバスケをする河本さんが好きなんだと、改めて実感した。最初は感動でカメラを持つ手が震えたりもした。それでも少し落ち着き、写真を撮っていれば、荻野を探しにきた成瀬萌がやって来ては短い間ではあるが一緒に観戦したりした。
「河本、河本、オレはゴール下にいればいいのか?」
ボールが外にでているちょっとの隙に、もう澤井は河本に助言を求めてしまう。
「そうそう。でも三秒ルールとかあるよ」
「オッケー」
そんな会話は河本が一人ですでに二十点は取り、試合展開に余裕が生まれたこともある。
「へい、パス」と澤井はボールをゴール下で受け取ると、ジャンプしてやや強引にシュートを決めれば、やっぱり河本のアドバイスは正しかったとも思ってしまう。しかし、今さら得点を決めても、逆転は不可能な点差に、一度くらいは河本を止めたい気持ちにもなる。
味方生徒からボールを受け取り、コートの中を一人でボールを運んでいく河本を、澤井はダッシュして追いかけた。
河本は、自分に追いすがる、その執念ある生徒が澤井だと見なくても分かり、レイアップにいかずに、止まってからのジャンプシュートを選択する。
その河本になんとか追いついた澤井は手を伸ばし、シュートを防ごうと飛び込んで行った。
澤井の体がシュートを放った河本にぶつかる。その衝撃に空中でバランスを崩した河本は大きな音を立て、コートに倒れこんでしまう。
そのプレイで魅了し、もう、ほとんど澤井のクラスの生徒以外を味方にしてしまったような河本が倒れれば、見ていた女子から悲鳴のようなものが聞こえる。
荻野の隣りでみている萌も、河本を心配し声をあげた。
その女子たちの声に、澤井は観客を敵に回したようで恐ろしくもなる。
「おい、河本、ゴメン、大丈夫か」
手を差し出し、河本を起き上がらせた。
「大丈夫、こんなの慣れてるよ」
そんなことを言っては笑ってくれる河本にカッコ良さを感じてしまう澤井であった。
ファールを貰った河本は難なくとフリースローを決めた。
それで試合は終わった。
「河本」
自分のクラスへと戻ろうとする河本に澤井は声を掛ける。
「ん?」
「今の、最後の、ゴメンな」
「別にホント、大丈夫だから。痛くないし」
「……今度さ、またカラオケでも行こうぜ」
「うん、行こう」
そんな風に河本と澤井が会話するのは、クラスが替わってからは久しぶりであった。
その時。
パン、パンと音がするほど河本は肩を叩かれた。
「痛っ!!」
思わず河本が顔をしかめ、そんな声をあげる。
叩いたのは澤井と同じクラスの清水成美である。
「あ、清水、成美さん」
河本は振り向いて成美を確認する。
「あ、知り合いなの? ってか清水さん、そんな雑に河本を叩いたらダメでしょ。河本の人心掌握力なめたらヤバいよ」
言いつつも、澤井は成美が河本を睨んでいるので二人の関係が良く分からない。
「バスケうまいんだ?」
リーダー研修会で話すようになったものの、その後は、学校では会話することもなく、たまに成美からメッセージを送っても、返してはくれるが一度で終わらせたがる河本に、成美は苛立っていたのである。けれど、今はそれを飲みこみ、行われたバスケの事を口にした。
「あ、ありがとう。じゃ、また」
成美のキツい眼つきにそう答えると河本は自分のクラスの生徒が集まる所へと戻ろうと歩きだした。
「え、ねぇ、ちょっと、それで終わり?」
成美は不満である。
「ほら、大活躍のヒーローは今からクラスから称えられるんだよ」
そう言って澤井がとりあえず、成美をなだめることなる。
クラスの輪に戻った河本を田村がハイタッチで向かえ、それに倣った何人かの生徒が手を挙げて河本とハイタッチをした。
その様子を渋い顔で見ている成美に、
「河本と今度、カラオケの機会作ってあげるよ」
と澤井は伝えるのであった。
その後の河本は、二回戦が始まるまでは、運営の立場となり、行われた結果を、バレーの方も確認をし、有紗に、自分が放送室まで持って行きますと伝えては動き回るのである。
一年生のバレーの結果を確認する際、遥とやり取りをすることになる。遥は、河本の活躍に触れてもみたくはなるが、人の目を気にして何もいえなかった。河本は、そんな遥の気持ちを汲み取ったように、不自然に結果だけを教えてくれた遥に「ありがとう」と目だけは優しく答えるのだった。
二回戦が始まる頃には河本はクラスのところに戻ってくる。
バスケットに出場するクラスの女子たちは、思いがけず敗戦濃厚から勝ちあがったので、始まる前には、田村にアドバイスを求め、次の試合の形を作ろうとした。田村は難しいことではなく、簡単な、出来るアドバイスをした。それを実行しようと、試合前に女子たちは円陣を組んで気持ちをひとつにした。
そして、試合が始まれば、見ている生徒たちが声援を送る。
そんな風に勝つことを目標とするクラスの雰囲気は当然、良い。
男子の出番が来れば、河本がコートに出る。
その時点でクラスのボルテージはマックスである。
そしてまた縦横無尽に河本が駆け回る。河本が得点を挙げた際に掛け声を出すことが、ただ、楽しいだけのクラスとなる。
そして、クラスは決勝へと進む。
そこでも、得点を決め続ける河本のコンボガードとしての能力の高さに、田村は応援する声を出しながらも考える。
今日の河本は、ボールを持つと、一度もパスすることなくシュートまで一人で持っていってしまう。彼がどこでどんなバスケをしてきたのか知らないが、少なくてもこの高校でバスケ部に入っていたのなら、あの身長では、あのスタイルは変えられてしまっただろうし、周りがちゃんとバスケットが出来る人間なら、あそこまで楽にシュートは打てないのだから、得点を決めるのも難しいだろう。それでも、あのスピードとドリブルのうまさは驚異的である。彼を止められるのは、少なくても、ディフェンスにも力を入れてきた自分のようなスピードのあるガードが付かない限りはまず無理だろうな、と田村は、バスケットボール部のプライドを覗かせては、ほとんど自分のクラスの勝利が決まった決勝戦を見ているのであった。
試合終了の笛が鳴り、河本と田村の所属するα組が二年生のバスケット一位を決めた。
「ナイス!河本」
と田村は戻ってきた河本と握手をしては背中を叩いた。
それをマネして他の生徒も河本の体を叩く。
「MVPは河本で決まりだな」
「一競技でも制したんだから先生になんかおごってもらおうぜ」
などと、クラスの生徒たちは一通り盛り上がり、喜びを分かち合った。
それも落ち着くと、河本は生徒会の活動の為にクラスを離れるのであった。
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