41 プラクティス中
ピアノの練習中。バスケの練習中。
41 プラクティス中
高橋みゆきが弾くピアノの音色の中、竹清慶冶はソファーに座り、外の景色を眺めていた。
みゆきの家である。
竹清の視界に入る広い庭は、植栽も手入れが行き届いており、緑がこれでもかと鮮やかであった。隣接して、みゆきの父が社長を務める建設会社の事務所が立っており、騒音という扱いになることを気にせずに、窓を開けてピアノを弾いても、特に昼間は問題などなかった。
みゆきが家でピアノの練習だけの日は、竹清も用事がなければ付き添い、当然二人でこうして過ごした。そのまま泊まるということもあった。
今日は中間試験終わりで、二人は地元で評判の洋食屋さんでオムライスを食べてから、みゆきの家に帰宅した。まだ日中ということもあり、普段よりも長めにピアノの練習時間を取っている。そのみゆきの真剣が伝わるので、竹清は邪魔することなく、ただ傍にいるのである。
みゆきはこの夏のコンクールに出場することで、ピアノに一区切り付けようと内心思っている。
幼少の頃から当たり前のようにピアノを弾いてきたのは、娘にはピアノを、と抱いていた両親の希望である。立派なピアノを購入し、それだけの部屋を用意した親の期待を、みゆきはピアノの発表会はもとより、小学校や中学校の保護者も見学に来た合唱会などでクラスの曲目のピアノの伴奏を弾くことで喜ばせてきた。何か思う年頃にもなれば、ピアノは親がまだ判断のつかない子供に習わせるものだとも考え、やらされている、と思ったこともないとは言えなかったが、それでも、ピアノをやって得たことの方が多かったとも思うし、娘の弾くピアノをなんともいえない表情でみている父親などをみていると、家族の幸せを感じられたし、そんな家庭に生まれた自分でよかったとも思った。
親が望んだピアノを弾く娘、としてできることは実現したように思うみゆきは、そろそろ解放したいのだ。そのためにも毎年参加し、今回が最後と決めて挑むこの夏のコンクールも予選を通って、ぜひまた本選まで出たい、と思っている。
予選でも弾こうと思う曲目を終え、みゆきは、改めて自分の考えを自分の体に納得させるかのように一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「お疲れ様」
竹清は、みゆきが今日の練習を終えたと分かるから声を掛け、拍手を送った。
「ありがとう」
みゆきは、そんな竹清という自分の練習を黙って付き合ってくれる彼の存在が嬉しかった。
「みゆきがそうやって頑張る姿をさ、いつも傍で見れて自分はとても幸せ者なんだと実感してるよ」
そう言い、みゆきの肩にそっと手を置いた。
優しさの伝わる竹清の手をみゆきも一度掴むと立ち上がりソファーに二人座った。みゆきは竹清に体を預け、顔を見合う。
「あのさ、思い出したんだけど」
いつもはキスをするタイミングで竹清は何かを言おうとする。
「どうしたの?」
「まだ言ってなかったんだけど……こないだ、こないだっていっても結構前だけど……河本君の前で初めてひでとって呼んだんだ。ちょっと思い切ってみたんだよ」
「そうなんだ。どんな反応だった?」
みゆきがどんなことかと思えばそんな事である。
「すごく自然だった。これから、ちょくちょく呼んでみる」
「良かったね」
拍子抜けしつつも、竹清に微笑を見せるみゆきである。
今日のみゆきの機嫌が良いと思う竹清はもうひとつ言おうと思う。
「あとさ」
「うん?」
まだ、ほのぼのエピソードがあるのかと思うみゆきである。
「……吹奏楽部の定期演奏会に出席要請があって」
「ん?」
分かりやすいほどみゆきの顔色は一変する。
「生徒会長だから出席して挨拶くれないかっていう」
「で、出るの?」
「望まれたのなら出席するのが生徒会長の務めだとオレは思ってる。みゆきもどう?」
「ふーん。そういえば掲示板に貼ってあったね。いつだっけ?」
「六月八日、土曜日」
「あ、その日、ダメだ」
「ダメ?」
「水泳の日だもん。イワトビジムで泳ぐ日」
「そっか……じゃ、オレ、河本君と行くよ」
「ちょっと待って」
「ん?」
「私、水泳ひとりで行くの?」
「ご両親は?」
「その日、用事あるって」
「そっか。二週間くらいまだあるけど、もうはっきり分かってるんだ?」
「うん、そう。どうする?」
「あ、美咲と行けば? ほら一回ジムで会ったじゃん、偶然」
「無理。あのコと二人きりだと何も話すことないし」
こういう状態のみゆきは手が付けられない。折れる気はないだろうというのを竹清は当然、知っている。
「じゃ、どうしよっかなぁ……河本君の話しだと、ぜひ生徒会長にっていう話らしくってさ……河本君もさ、一生懸命練習している吹奏楽部にほだされたのか、定期演奏会に参加して、ぜひご挨拶を、とか言っててさ……」
「わかった。けいじ一人で行きなよ。私のエスコートは河本君にしてもらうから。ひでと君にさ」
「え?」
「それで決まりね」
自分がいなくても、河本と行ければ満足そうな竹清が妬ましく思えたみゆきはそんな意地悪を言うと、飼い犬の散歩に行くと出て行った。
その頃。
河本秀人は久しぶりにプテラノというバスケットコートのある公園に訪れた。
一人シュート練習をしていた荻野靖貴は、自転車に乗ってやってきた、その河本の姿を見つけると、本当にまたここに来てくれたことに感動すらしていた。
「ホント来てくれたんですね。あ、河本さん、そのバッシュあれじゃないですか、レアで今プレミア価格になってる」
早速、荻野は河本が履くメタリックレッドのバッシュが気になる。
「そう? でも、発売直後に店行ったら普通に買えたよ」
「そうなんですか。その辺りのさすがですね」
今度出る、そのバッシュ色違いのメタリックネイビーのものを是が非でも買おうと心に決めた荻野であった。
「やろうやろうって言ってたのに、用事できたりして中々合わなくてごめんね」
「いえいえ、生徒会活動でお忙しそうで」
河本がストレッチをするのに合わせ、荻野ももう一度ストレッチをしながら、そんな話をした。そのストレッチをする姿も中学時代に見たそのままなのにいちいち感激してしまう荻野であった。
「一対一の勝負の前にちょっと練習させて」
「はい」
そういって荻野は持っていたバスケットボールを河本にパスすると、確かめるように河本はドリブルをし出す。
目の前で河本がドリブルをしている。河本のやる動きひとつひとつに今日は懐かしさ、そして嬉しさがこみ上げてしまい、勝負どころではないな、荻野は思う。
ドリブルし、ゴールリングに向かう河本のスピードはとんでもなかった。が、そのままのスピードで突っ込んだレイアップシュートは入らなかった。もう一度中央くらいまで戻り、同じ事をするが、また入らなかった。
「河本さん、手があの、もうちょっと早めの方が」
見ていた荻野は思わずアドバイスを送る。が、そのアドバイスに反応して荻野を見返す河本の目には剣しかなかった。
あ、中学時代の河本さんの鋭い目だと実感し、余計なことを言ってしまったと荻野は肩をすくめる。
「……ありがとう、オギー」
「えッ? なんでオレのクラスでのあだ名知ってるんですか?」
「ふふふ」
狼狽する荻野に不敵に笑う河本であった。
その後は、河本は中学時代の自分を思い出すかのようにプレイし、荻野と一緒に汗を流した。
練習を終えると、二人でラーメン屋さんに寄った。
「写真部はどう?」
「はい……実を言うとあんまし行ってないんですけど、細谷さんはいい人だと思います」
二人はラーメンを食べつつ会話する。
「球技大会でさ、広報として写真撮ってもらうんだけど細谷さんに注意といて」
「……わかりました」
河本に言われ自分が写真部だと思い出したといってもいい荻野は、来週の球技大会の前に一度部室へ顔を出そうと決めたのであった。
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