40 オレンジフレーバー
40 オレンジフレーバー
「あれ、サッカーって何人でやるんだっけ?」
成瀬萌は、自分の教室の教卓の位置で用紙を見ながら確認を行っていった。中間試験は本日の二限目ですべて終わり、その後のショートホームルームにて、来週に行われるクラス対抗の球技大会の出場するメンバーを決めたのである。
クラスのリーダーである成瀬萌が仕切り役を務め、クラスの生徒たちの各々が、出場する球技を希望も踏まえ、話し合って振り分けたのである。お開きとなった後、時間が余った萌は見直していた表のサッカーのメンバーが足りない気がしたのである。
「何人だろ。あ、清田君、サッカーって何人でやるか知ってる?」
そばに居た、仲の良いクラスメイトの寺本利沙が近くに居た男子に聞いてくれた。
「サッカーはひとチーム、十一人。イレブンって言うっしょ」
「あ、そっか。ありがとう。あれ、メンバー十人しかいないや」
萌が用紙に記入した生徒の数を見て言う。
「あれ、そうなの」
清田が二人のいる教卓まで来てくれるので、萌は用紙を見せる。
「ホントだ。もう一人誰か出ないと」
と清田が教室にまだ残っている生徒を見渡す。
「あ、オギー、オギー」
教室のほぼ中央辺りの自分の席の前に立ち、教室を出る前に携帯の確認をしていた、という感じの荻野靖貴は呼ばれたので教卓の方を見る。その荻野を清田が手招きするので、荻野は三人のいる教卓まで来る。
「オギーさ、何出るの?」
「二日目のバスケ」
萌は用紙を見て、バスケットに荻野の名前があるのを確認する。
「初日は何も出る予定無し?」
清田が聞く。
「うん、まあ」
「じゃ、サッカーのとこに記載しといて問題ないね」
「あんまし、サッカー得意じゃないけど」
「いいよ、いいよ」
と荻野と清田が話を決めてくれたので、萌はサッカーの欄に荻野の名前を記載した。
「この後、バイキングからのカラオケ行くの?」
清田が荻野に聞く。
「あ、ごめん、オレこの後用事あって」
「用事? テスト終わりで用事って何よ?」
「ほら、球技大会出るからバスケの練習しないと」
「お、練習すんのか。期待できそうだな。誰とやるの?」
「先輩と」
「ふうん。で、二人はテストの打ち上げに来る?」
と、そこで清田は萌と利沙に話を振る。
「え、それ他に女子来るの?」
利沙が確認する。
「いや、多分男子メンツのみ」
「じゃー、遠慮する」
「えー、じゃ成瀬さんも来ない?」
「ゴメンね」
萌は小声で返答する。
それで、清田はまた今度の機会に、と言って荻野の肩を抱くように、二人は教室を出ていった。
もう教室には教卓にいる萌と利沙だけになる。
「今、私が断った感じになったけど、萌は行っても良かった?」
「え? あ、ううん。私もこの後用事あって」
「あ、そうだったんだ」
二人も、自分の荷物をそれぞれに持つと教室を出る。
「私、この間リーダー研修会の時に」
廊下を歩きながら、萌は話し始める。
「うん。クラスから一人、代表が参加したやつだよね」
「そう。その時、私、バス酔いしちゃって」
「大変」
「うん。それでその時、助けてくれた人が居て」
「うん」
「生徒会の人とエータ組の小坂遥さんてコなんだけど。この後、お礼しようと思って」
「そうなんだ」
萌は利沙をクラスで一番仲の良い友達だと思っているから、そういう事は話しておこうと思ったのだ。
「生徒会の人ってあのカッコいい生徒会長?」
「まさか、違う違う。副会長の河本さん」
「あー、あの、うーん。男の人だ」
利沙は咄嗟に表現ができなかった。
「そ、正解。その人。可も不可もない感じの人」
「助けてくれたんだ」
「うん」
そんな話をしつつ、二人は昇降口まで来る。
「利沙、今日はありがとう。最後まで付き合ってくれて」
「ううん、いいよ」
利沙に手を振り、一人になった萌は自販機でペットボトルの飲料を三本買うと視聴覚室へと向かう。
その頃。
一年エータ組ではテストが終わり、行われたショートホームルームにて、出席番号順からの席を戻す際に、担任の佐藤先生は生徒が望んでいるだろうと空気を読み、どうせならと言う事で、席替えをし終えたばかりであった。
加藤翔大は、礒多香子と親しくなれないまま、席が離れてしまう事は残念と思わないでもなかったが、今は陸上部に入り、走りこんだり、筋トレをしたりを真剣に取り組んでいたので、席替えをすんなりと受け入れることはできた。
窓側から廊下側の前から三番目の席へと移動した加藤の前の席にいるのは小坂遥であった。加藤は、そういえばこのコにもそれなりにオレは興味を持っていたな、と思い出してもみた。「気を付けて帰るように」と先生が締めの挨拶をして教室を後にして、クラスの生徒は放課後の雰囲気となる。加藤は、前にいる遥に何か声を掛けようかとも思ったが、遥が携帯を開きだすので、今はその時ではないと悟ると、テスト明けの久しぶりの部活へと気持ちを向かわせ、教室を出た。
遥も、長身の加藤を最初は気にもなっていたが、礒多香子に気を向かわせているような加藤に次第に自分の気持ちは薄れていた。
『いきなりだけど、今日、テスト終ったら視聴覚室に来て』
遥が開いたメッセージは萌から八時半に来たものだった。テスト中というのもあり、学校に来てからは携帯のチェックをしていなかった。
驚きもしたが、席替えで時間を費やしている気がする遥は、急いで視聴覚室へと向かった。
「遥さん」
視聴覚室前にいた萌は遥の姿を目視すると手を振る。
「ごめん、メール気付くの遅くなっちゃった」
遥は駆け寄って言う。
「ううん。こっちこそ突然でゴメン。来てくれてありがとう」
「で、視聴覚室で何があるの?」
「今、河本先輩も来るから。三人でお菓子食べよう。二年生は三限まであるって言ってたから河本さんが来るの十一時半頃になると思う。あ、時間大丈夫?」
「うん」
とりあえず、二人は視聴覚室のそばにある、後は屋上に行くだけの、生徒はまず通らない階段に座った。
遥は急に言われた状況なので、同じ部活の梓という友達とお昼を食べようと約束していたので、メールで十二時頃に部室でと伝えた。
その後、萌と遥は今日まで行われたテストの内容について話したりして河本を待った。
萌は、遥と話しているだけでも、クラスの自分とは違うと既に感じていた。誰もなりたがらないクラスの代表に萌はなったことで、逆に一歩引いてクラスを俯瞰して見ているようなそんな状態になっているのである。けれど、それは萌にとっては悪いことではなく、ややもすればクラスから浮いてしまうようなきらいがあると自覚する萌は、自分を抑えられる今の立場が好ましいと言えた。
「ひとつ聞いていい? 河本先輩って視聴覚室開けられるの?」
遥が、ふと疑問に思ったことを口にする。
「うん。三人でどこかで話せるところないかメールで聞いたら生徒会パワーで視聴覚室ならって返ってきた」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、下から階段を上がってくる足音がするので、二人が注目すると河本であった。
「あ、河本さん、久しぶり」
「久しぶりです」
萌は元気に挨拶するので遥も続く。
「お待たせ。って二人パンツ見えそうだよ」
視聴覚室前からはそうみえるのでそのままを伝える河本である。
「河本さんのエロ。遥さんいこ」
二人は立ち上がって視聴覚室前の河本の所に行く。
「はやく開けてよ、はやくはやく」
そういって過剰に催促する萌に応え、河本がカードキーをかざすとセキュリティは解除されドアは開いた。
それに萌は感嘆しつつも、得意気な河本のドヤ顔を指摘し、三人は中へと入った。
視聴覚室は性質上、席が斜めになっている構造なので、ドアからすぐの一番後ろに並んで座った。
「結構あれから時間経ってるけど、滝の見学の時に助けてもらったお礼にお菓子持ってきました」
と、萌はバックからお菓子を出し、ビニール袋に入れていたさっき買った紅茶も出した。
「ありがとう。でもわざわざお菓子とかいいのに。ねぇ、遥さん」
「はい」
「なんか気が済まなくて。マドレーヌ、食べましょ。これも飲んで下さい」
そうして、三人は萌が持ってきたマドレーヌ食べながら紅茶を飲んだ。
「オレンジの味がする。おいしい。しかも大きいからお腹いっぱいになりそう」
遥がそう感想を述べ、
「うん、ふんわり且つしっとりとしてておいしい」
河本も違う視点でそのお菓子を褒めた。
「ふふ」
二人が喜んでくれるので萌は満足であった。
「ありがとう、萌さん」
河本がもう一度感謝を伝える。
「河本さんは先輩なんだからさん付けじゃなくてメグミって呼び捨てでいいですよ。遥さんも私をメグミって呼んで」
「じゃ私にもさん付けなくていいよ」
と遥は笑って言う。
「あ、そっか。じゃはるかって呼ぶ」
「うん。はるかって呼ぶ」
河本が真似する。
「名前で呼びあうと友達って感じする。あれ、河本さんは下の名前なんでしたっけ?」
ふと萌が質問する。
「ひでと」
「ひでとか。じゃあ、河本さんは、学年もひとつ上だし、生徒会の副会長もしてるから……敬う意味でも……かわもとでいっか。そのまま名字でいっか」
そんなこと萌は自分で言って笑う。遥もつられて笑う。
「お菓子がおいしいからつっこむのよすね」
そう言いつつ、河本も笑う。
「もう、河本さんの良い返し期待したのに」
視聴覚室には三人の楽しい笑い声が響いた。
「そういえば、はるか、の女子バレー部のさ、人数もう落ち着いたでしょ?」
まだ呼び捨てすることに慣れてはいない河本はどこか芝居がかってしまう。
「はい」
「じゃ、各学年何人っていう内訳を生徒会に報告してほしいんだよね。キャプテンに伝えておいて」
「わかりました。あ」
「あ? はるかが何かに気付いたよ」
聞いていた萌が反応する。
「マズいかもしれないです。一年の私が生徒会の人から言われましたっていうと、生徒会の誰から? とか変に勘繰られるかもしれないんで」
「ん? そうなの?」
河本は疑問に思う。
「男女交際禁止なんです。だからって、ちょっと話したくらいでどうってことはないんでしょうけど、深読みとかされるのこわいんで、キャプテンに直接言ってもらっていいですか?」
「そっか。わかった」
「そういうの、なんか大変」
聞いていた萌はしみじみと思う。
「あ、この前さ、体育館で女子バレーが練習してるとこ通ったんだけど、そんとき、声掛けそうだったんだけど、そういうのも駄目なの?」
「ダメなの?」
萌が河本の言葉尻りをマネする。
「メグミは大丈夫だよ」
その萌がおかしくて笑いつつ遥は答える。
「オレは駄目なのか。じゃ、人前じゃはるかとか呼べないね」
「まぁ、そうなりますね」
「この三人で会うの楽しいから、また集まればいいんじゃない?」
萌は本当にそう思うから提案する。
「そうだね」
河本がそういい、遥も頷いた。
少し、しんみりした所で、時間が来てしまい、遥は友達を待たせているから、と視聴覚室を出て行った。
「メグミさ」
「なに?」
「そのぱっつん、似合ってるよ」
「もう、二人きりになるとそんなこと言って」
それでも、褒められて嬉しいから、その表情を見られるのが恥ずかしくなって河本の胸に顔をうずめてしまう。
普段のクラスで過ごす自分は抑圧しているから、その溜まったフラストレーションを今の時間のおしゃべりで思うままに出した気がする萌は、遥に悪い気もしつつも、受け止めてくれる河本に甘える。
「河本さん、良い匂いする」
「そうなんだよね、この香水の匂い評判良くて」
「この匂いで女のコ惑わして。エロだ。河本じゃなくてエロ本だ」
「なにそれ」
「階段でパンツもみたでしょ? エロ本だ。エロモトエロトだ」
萌のテンションのおかしさは、きっとこのコも何か思うことがあるんだと分かるから、河本は何も言わず、自分の胸にある萌の頭をそっと撫でてあげた。
「……ありがとう」
萌のその言葉に、それ以上は何もしない河本であった。
二人は少し姿勢のままでいた。
「河本さん、この後なにか用事あるんですか?」
落ち着いた萌は顔をあげて聞く。
「今日、バスケするんだよね」
「バスケ? 誰とやるんですか?」
「後輩と」
「後輩?」
萌はクラスメイトの荻野がバスケを先輩とすると言っていたことを思い出す。
「そう。あ、荻野靖貴って知ってる?」
「オギー。クラス一緒ですよ。荻野君と知り合いなんですね。すごい偶然」
「オギーってあだ名なんだ。彼ねぇ、中学からの後輩なんだよ」
「へぇそうなんだ。河本さんと同じ中学の。今度なんか聞いてみよっと」
「なんもないよ」
「河本さんとどっか行きたかったですけど、オギーだったら仕方ない。じゃ、そろそろ帰りますか」
「また今度行こうよ」
二人は後片付けをし、視聴覚室を出た。
「私、トイレ寄って行きます、先に行ってください。普段のテンションに戻さないと」
と真顔で萌は言うので察知した河本は、
「お菓子おいしかったよ、ありがとう」
マドレーヌのお礼をもう一度言って、萌と別れた。
トイレの個室に入った萌はそのまま便座に座ると、遥に何かメールを打とうと思ったが、何も浮かばず、三人のやり取りの中で自分に間違いはなかったか思い返すのであった。
お読みくださり、ありがとうございます。ご意見・ご感想をお聞かせください。今後の参考にさせていただきます。




