35 弾ませて
35 弾ませて
今日の任された務めを終えた平井紀子は宿泊する部屋に入ると、髪をほどき、メイクを落とした。顔をタオルで拭きつつ、洗面所とトイレも一緒になった浴室から出ると、その位置からは窓側のベッド脇でこちらには背を向けて立つ南淵明日香の後ろ姿が目に入る。
このツインルームに本日、この二人で泊まるのである。
「先、シャワーどうぞ」
メイクだけ先に落とさせてもらった平井は南淵に告げる。
「あ、私、後でも大丈夫です」
携帯でもいじっていたのか南淵は動作を止めて平井の方を振り向いて答える。
「いいの、先にどうぞ」
決まり事かのように遠慮した南淵に再度促す。
「……分かりました。すいません」
南淵はバックを開けてシャワーの用意を始める。
タオルを首に巻いた平井はベッドに倒れこむ。二人しかいないのだから、テレビも付けていないその部屋内は、どちらかが話さなければ沈黙が流れる。
平井はそんな沈黙を気に留めず天井を見ている。
「リーダー研修会という名目で、大型バスを借りて、こういった所に泊まりで行うなんて、なんだか仰々しいですね」
南淵は、平井との沈黙に耐えられなくて少し話題を出してみる。
「……私立だからね」
平井は答える。教師間で、務めるこの高校の疑問に浮かんだ事を愚痴のようにいうと、誰かが決まってそれを言う。決してその場で答えなど出ないし、出す気もない、無難に会話を済ませたい、そんな時の「私立だから」の使い勝手の良さ。それを平井は利用した。
「生徒会の顧問はどんな点が大変ですか?」
それでも南淵は違う話題に切り替える。
「……そうだな」
沈黙を嫌がる南淵の気持ちも分かる平井は何か答えをさがす。
考えてくれている様子の平井に南淵は安堵する。
「立候補する生徒がいないと、候補者集めに大変なんだろうけど、幸い、立候補する生徒が結構集まってくれて、選挙も行われて今の生徒会のコたちになったんだけど。決まっちゃえば後はその生徒たちがちゃんとやってくれてるか見てればいいだけだから」
「はい」
「今の生徒会のコたちは良くやってくれてるから、そんなに負担ではないよ」
「はい」
「まだ何か聞きたい?」
「すいません、大丈夫です。ありがとうございます」
タオルで顔を覆い出した平井の姿に、これ以上話をしてくれるな、というのを感じ取った南淵は浴室へ入る。
ザーというシャワーの音が聞こえ出せば、平井は頭の整理を始める。
河本秀人という生徒にキツい言い方をしてしまった。涙まで浮かべて。自分でもなぜだろうと思う。見逃してもおそらく問題はない。でもそれを許せなかった。なぜ許せないのか。勝手な事をしたから。勝手? 私が許可していないのに勝手に行動したから? 自分の思う通りに動いてくれないから? 自分の思い通りにならない。それで苛立つ私は未熟だ。未熟。未熟の上に、もしかしたら、私は嫉妬している。まさかと思う。けれど、女生徒二人と滝を見に行っていると言われ、先程の会議でも、座る席の周りを女生徒に囲まれ、会議が終わると女生徒と出て行ったあの河本君を見ていると心がザワザワする。苛立って仕方がない。とそこまで考え、まさかと思う。歳だって、いくつ離れているのか数える。七つも離れている。あのコを好きだとかそんな対象に思った事はない。ないが、それでも無性に心が落ち着かないから、自分が分からなくなる……。
「平井先生、平井先生」
いつか、まどろんでいた平井を、シャワーを終えた南淵が起こしてくれる。濡れた髪にロングのTシャツ姿である。
「あ、ごめん、寝ちゃってたのか」
と、平井は目を覚まし、南淵に起こされた事を把握する。
伸びをしようとした平井は、どのくらい経ったのか気になり時計を探すが、眼前にはそばにいる南淵の双丘が存在感を邪魔なほど発揮している。好奇心が湧き、近い方の手でその片方を掴んで見る。ブラをしていなかったそれは、掴まれた事に驚き体をビクリとさせるので、掴まれていない方が一度弾んだ。
「今、何時?」
ウブなリアクションをさせたくない平井は時間を問う。
「……十時半です」
そのままの状態で時計を見て南淵は答える。
「そっか。ありがと」
柔らかいが同性の平井はそれをなんとも思わない。むしろ、妙な苛立ちを覚え掴む手に力を込める。大きいそれは手に余る。
「こんだけおっきいとよく触られる?」
「……女の子の友達とかに」
「オトコは?」
「……彼氏とか居た時は」
「この胸で何人もの男をたぶらかせて来たんでしょ」
そういって平井がさらに力を込めると南淵が表情を歪ませるので、それを見て少し力を弱める。
「何人もじゃないです」
そういって南淵が平井から離れようとするので、逃がしたくない平井は体を起して両方の手で、両丘を掴む。
「大抵の男はいいなりだね、これに」
平井はゆっくり揉みしだきながら言う。向かい合う形になり恥ずかしくなった南淵は顔を下へやり、目をつぶる。その姿に唇を重ねたい衝動に駆られた平井が、顔を近づけようとした瞬間に、一度離した指がシャツの上から丘の先端に触れてしまい南淵が体をビクンとさせる。その反応が急に恐ろしくなり平井は両手を離した。
動きの止まった平井の様子に南淵は目を開ける。
「ごめん、でもそれ、人を狂わせるね」
平井が微笑んでそんな事を言う。
「狂わせるって……好きでこんな胸になったんじゃないです」
ずっと自分の前では無表情な平井に、いきなりそんなことをされた南淵は胸の前に手をやり平井から隠すようにする。
「胸が豊かなコは決まってそんなこと言うんだよね」
そういってベッドから降りた平井が南淵に後ろ姿を向ける。
「平井先生だって」
南淵はやり返したくなり、後ろを向いた平井の胸を抱くように触った。
「ちょっとやめて! やめてよ」
そういって払いのけた平井はうずくまる。
「ズルイですよ。そんなに嫌がると私がいじめてるみたい」
「ごめんなさい。もうしません」
平井はうずくまったまま姿勢で謝った。
「……許します。だから立ち上がって下さい」
「……うん、ありがとう」
言われた通りに平井は立ち上がり、シャワーを浴びる用意をすると浴室へと消える。南淵はその平井の一部始終を目で追っていた。南淵に申し訳なさそうに背を向けて浴室へ消えた平井を見ていると、好き放題されたのに、まるで自分が悪い気のする南淵であった。
室内はシャワー音だけとなる。
浴室内。
目を閉じてシャワーを顔に浴びる平井は、自分は一体何をしているのだろうと猛省していた。
七つも年下の男子生徒が女生徒と楽しくしている姿に嫉妬して、苛立ち、感情的になって、ふて寝して。起こしてくれた後輩の巨乳が誇らしげで苛立っては弄んで、やり返されれば、自分の胸を触られたくなくて拒絶して、したことを謝っている。まったく、自分は何なんだと悲しくなる。それでも、こうして、嫉妬していたと認めれば幾分気持ちは楽になる。明日からは気持ちを入れ替え、職務に徹すればいい。
平井から溢れ出た涙はシャワーが流してくれた
翌朝。
朝食を済ませた一向は高校へと戻ることになる。宿泊施設前にはバスが停車している。
平井がバスの乗車口前に立ち、乗る生徒をチェックする。
生徒会のメンバーが一足先に来て竹清とみゆきと洋介と綾が乗り込む。
昨日の綾の発言があったので、有紗と美咲は、密かに平井と河本のやり取りに注目していた。
「先生、それ手伝いましょうか」
順番が来た河本が平井に言う。
「ううん、大丈夫。大丈夫だから、早くバスに乗りなさい」
平井は表情も変えず、用紙の河本の欄にチェックをする。
「じゃ、先生の荷物持っていきます。席に、置いておきます」
河本は粘った。
平井は用紙に落としていた視線をあげ、河本を見据える。
後ろにいる有紗と美咲はその場の妙な空気に緊張する。
短い間。
「……ありがとう」
そう言って平井は肩に掛けていたバックを河本に渡す。
「先生と、席、隣りですもんね」
と河本が笑みを見せると、平井も少し笑みを返してまた用紙に目を落とした。
河本に続いて、表情を緩めた平井に何処かホッとした有紗と美咲もバスに乗り込む。
一向が乗り込み、走り出したバス内は、向かう時よりも空気が弛緩していた。生徒たちの談笑の声も、確実に大きく、にぎやかであった。
後部座席に陣取る、平井他、河本、有紗、美咲も談笑を楽しんでいた。
「先生、今日は、昨日の髪型じゃないんですね」
河本が平井のシュシュで一つに纏めた髪型を見て言う。
「時間なかったからね」
「昨日の髪型も素敵ですけど、今日のその感じも素敵です」
「河本君さ、ホントにそんな事思ってる? 取って付けてる感丸出しだよ?」
そう平井は返しつつも、この河本君も何かを思い、こうして何かを変えようとしてくれているのだと分かり、嬉しくもなる。
「先生の彼氏ってビシっとスーツ似合うイケメンっぽいイメージ」
「背もスラーっとしててね」
有紗と美咲が平井の彼氏の事に触れる。
「彼氏さんが羨ましいです。平井先生みたいな人と夢の国に泊まりでデートなんて」
「ねぇ、河本君、あなた本当にそんな事思ってる?」
「思ってます。思ってるから嫉妬してるんです」
「ホントに? ホントにあなた嫉妬なんかしてるの? 嘘ついてる事ないよね?」
平井が河本の方を向いて追及する姿は、乙女チックで普段とのギャップもあり可愛く映り、有紗と美咲は笑い合った。




