33 解いて結んで
33 解いて結んで
十八時になり、喫茶ルームは夕食の時間となる。
河本秀人は生徒会のメンバーと食事を取りつつも、他の教師たちとの一緒の卓にいる平井の様子を気にすることになる。
滝の見学から戻った河本は平井とのやり取りの後、ロビーで考え事をした。
ただのお行儀の「良い生徒」であろうとしていた河本に、平井は感情的になりぶつかってきた。
もちろん、黙って滝へと行ったことはいけないと思う。それは反省すべき点である。しかし、見逃してくれとは言わないが、なぜ、注意に際し、語気を荒げ、涙を浮かべていたのだと考えずにはいられない。
平井は河本が副会長を務める生徒会の顧問である。それを踏まえ、用事を言いつけられれば疑問にも思うことなく河本は素直に従い、河本のなりに平井のその美貌もスタイルも、平井に喜んで貰えるよう、時々、高校生らしい純朴さで褒めたりもした。また、平井のからかいも笑ってやり過ごしてきた。それは良い生徒という範疇からはみ出ない程度のものである。ただ、黙ってやり過ごすよりも、顧問と生徒との関係をより良く円滑なものにする為にはという方に意識をして行っていた、ともいえる。そのまま、昨日今日明日と日々を過ごせば、一教師、一生徒として、互いに何も感じずにいられると思っていたのである。
けれど、少なくとも、昨日までの関係には、あの涙をうまくやりすごさなければ戻れないという事は分かっていた。もう一度、「良い生徒」をしていればいいだけの輪の中に入るには、河本が何かしら行動をしなくてはならない。平井の涙は感情的になり浮かんでものだとしても、生徒の前で見せてしまったのだから、無視したままではいけない、と思う部分もある。
もう一度謝るのが正しいのなら、それを行える河本であるが、それは平井が望んでいないようにも思え、むしろ自分の顔をみたくない、などという姿勢と取られたら辛いな、とも思う河本である。
考えはまとまらないまま、こうして夕食を取っている、
河本はトントンと右肩を叩かれた。
右隣りには有紗が座っていたので、何か用事かとその方を向く。すると、自分には用などないように美咲や綾と楽しく会話をしている有紗であった。怪訝に思うと、河本の左隣りにいる竹清が笑った。
「オレだよ、今の」
「あ、そうだったんですか。引っかかりました」
竹清に微笑を向けられると、すべて見透かされているかのような気にもなり、河本も照れ笑いを浮かべる。
「この後に使う会議室、ほんとうは十九時からなんだけど、十八時過ぎたら、もう開けていいってここの人に確認したから、先に一緒に準備に行こうか」
「はい」
河本は、竹清の指示が嬉しかった。河本は竹清のサポートをしたいが為に生徒会に入った。それは間違いない。
「みゆき、じゃ、先に準備に行ってるから、五分前くらい前に、皆、メンバー揃ってくれたらいいよ」
「うん」
準セルフ式の夕食なので、一人前が乗った盆を持ち竹清が立ち上がるので、河本も倣う。
返却口へ向かった二人に気づいた成瀬萌は自分も同じことをしようと立ち上がる。
「あ、先生にも伝えとくから、先に会議室行ってて。これカギね」
「はい」
河本は竹清からカギを受け取り足早に出入り口へ向かう。
「河本先輩、どこ行くんですか」
河本が喫茶ルームを出ると萌がすぐに付いてきた。
「あ、会議室へこの後の用意にね」
「じゃ、手伝いますよ、それ。滝一緒に行った仲じゃないですか」
萌は元気である。それが河本には嬉しい。
「ありがとう」
「遥さん、遥さん、行こう」
萌は喫茶内へ声を掛け、遥も呼ぶ。
竹清が平井と話しているのは分かるが、そちらへ目線を送ると平井と目が合いそうな気がするので、河本が中へ視線を送ることはなく、萌、遥と会議室へ向かった。
会議室内へ入ると、竹清を待つ間に滝で撮った画像を萌や遥の携帯へ送ったりした。
「構ってほしいときメール送るんでちゃんと返信してくださいね」
「うん、分かった。メール待ってる」
萌の笑顔は今の沈みがちな河本を助けてもくれた。
遥は、「河本秀人」とそのまま登録するのはバレー部の不文律に抵触する気がしたのでK先輩と名前を変えておいた。
「あれ、女の子。しかも二人も。河本君、手が早いな」
入ってきた竹清が河本以外に二人の女生徒がいる状況をからかってくれた。
「手伝ってくれるとの事で」
「はい、手伝います」
萌は竹清にも元気に答えた。
「それはありがとう」
準備といっても、ほとんど会議用に並んでいる室内の長机とイスを数え、これから行う為にはまだ足りない分だけのテーブルとイスを、折りたたんで端に置いてあるのから四人で並べるだけなのですぐに終わった。
「じゃ、資料持ってこよっか」
「自分が行きます」
河本が答える。
「あ、私も行く」
河本が部屋を出ようとすると、萌がそう言って付いてきてくれた。
「あー、竹清会長がイケメンすぎて緊張する。河本先輩くらいが気が楽です」
二人で歩いている最中に萌はそんな事を言う。
「くらいとか、失礼極めてるね、君」
「うそうそ、先輩の事もそこそこ男前って思う人もいると思いますよ」
そう言い、萌はポンと河本の肩を叩いた。萌の人懐っこさが暖かかった。
部屋に残されてしまった遥は、竹清と二人になってしまった気まずさもあり、外に目をやり、もう夜となった景色を見ていた。ふと、換気したくなり、窓を開けてみようとしたが、その開け方が分からなかった。
「これは、内側へこうするみたい。部屋のをさっき開けたんだ」
そういって竹清が遥の手を取って窓を開けた。
「あ、すいません」
遥は、急に竹清に握られ、ドキっとさせられたが、同時に手にひんやりとしたものを感じた。滝のつり橋で感じた河本と比べて、である。男の人でも温度の違いあるんだなと冷静に分析もできた。自分の手にも、竹清の香水が付いてしまうのではないかというような強烈な香りもした。
「まだ、お礼言ってなかったね。河本君と、あのコの介抱してくれてありがとう」
「あ、それは全然もう。成瀬さんもあのように元気になったので」
竹清は、久しぶりに見知らぬコと話しているな、と思った。さっき洗顔でもしたような、化粧っけのないその遥の顔を触れてもみたくはなったが、自重した。
「二人っきりだね」
窓側で外の景色を眺めながら竹清は言う。
「え、あ、はい」
リアクションに困った遥は、一度竹清を見る。その端正さに息を飲む。
見られているので、竹清も遥を見る。
「いけない、いけない。この距離だと君にキスしてしまいそうだ」
「え……」
遥が固まる姿に笑って竹清はホワイトボード前まで移動した。
「このくらい離れていれば人に見られても誤解されなくて済むね」
「あ、はい」
遥もどこか安堵した。
「滝はどうだった?」
「すごくライトアップもされていて綺麗でした」
「ライトアップ? あ、そうか夕方だからね。良いね。河本君はちゃんとエスコートしてくれた?」
「はい、優しかったです」
そう答え、遥は手を繋いで吊り橋を渡った事を思い出す。
「……好きになっちゃう?」
「いや、それはないですけど……」
遥は同じソフトクリームを食べた事を思い出す。
「失礼します」
そこで河本がドアを開け、萌と戻ってきた。
「お帰り。それ配っておこうか」
資料をテーブルに並べ終わる頃には、生徒たちも入って来てにぎやかになった。
竹清とみゆきは、前に出て話す役目がある。
平井も入って来て軽く打合せをする。
河本は一番前に座り、何を言われてもいいようにした。顔を向けはしないが平井を視界に入れておいた。その能力はバスケで培ったものともいえる。
「さすが、河本先輩、一番前に座るとかやる気ありますね」
通路を挟み隣りのテーブルに座った萌が言う。その隣りに遥が座る。
「河本君ここにいるよ、じゃここにしとこっか。隣り大丈夫?」
「はい、どうぞ」
有紗に聞かれ返答する河本である。
「じゃ、洋介君と私は後にいる」
そう綾が言い、洋介と一番後ろへと行く。
美咲が有紗の真後ろに座るので河本の後ろは空いている。
そんなやり取りの最中も視界に平井を入れている河本である。不自然な程、河本の方は見ずに、竹清達と打合せを終えると、ずらりと座る河本の居ない方の生徒たちの様子を見たりしていた。
その姿に、今までなら、一度くらい自分の方へ来て何か話し掛けてくれた平井先生のはず、と思う河本である。
その時。
「痛っ」
パンパンと強めに肩を叩かれた河本は思わず声を出してしまう。萌や有紗も気にして河本を見る。
後ろを向くと清水成美が座っている。
「あ、スイマセン。ここの席、空いてるよね」
周りの目を気にした質問を成美がする。
「あ、うん。空いてる」
本当は別の事を言いたげな清水成美の顔見て、そう言えばこのコにメール返してないなと思い出す河本であった。




