32 流れの先に
32 流れの先に
平井紀子は具合の悪くなった生徒のことも気になり、滝の観光もそぞろに、最初に滝を出発する班であった南淵と替わって貰い宿舎へと戻ることにした。
「先生、早足ですね」
同じ班の竹清に言われて、自分が焦っているのだと理解する。
「河本君もいるし、もし何かあれば連絡ありますよ」
みゆきの補足にええ、と返し、それでも平井は班の先頭を歩いた。
宿泊施設が近づくと、河本の携帯へ連絡を入れる。
「今、小坂さんが部屋に様子を見に行っています」
河本が口にした「小坂さん」という生徒の名前、それはあの具合の悪くなったコと一緒にいた生徒だとは分かるが、なぜか苛立ちを感じた。
平井一行が宿泊施設につくと、ロビーで河本と遥と萌が向かえてくれた。
十人もの生徒がロビーに立ち止まるのはと、平井は班の生徒たちに喫茶ルームへ行くよう声掛けをする。
「お帰りなさい。成瀬さんの具合、もうだいぶ良いみたいです」
河本が平井の横を並んで歩きながら報告する。
「ホント? 良かった」
「バスに酔っちゃったみたいで。スイマセン、少し横になっていたら良くなりました」
河本の前を歩く萌も後ろを向き、明るく平井へ告げる。河本は後ろについて歩く竹清とみゆきの二人へ目礼をする。そんな河本に竹清は微笑み頷いて見せる。
「河本君と小坂さんも、付き添いありがとう」
平井は二人に感謝を口にする。
「いえ、自分はロビーで座ってただけで、小坂さんがほとんど」
河本は謙遜して遥にバトンを渡す。
「私も肩を貸したくらいで大したことはしてません」
萌と並び前を歩く遥も恐縮だけする。
萌の体調も戻ったこともあり、そのやり取りを聞いていた者たちはホっとする。
十八時の夕飯の時間までは自由である。まだ二時間近くあった。
平井が喫茶ルームに集まる生徒たちに、外出は禁止であるが、各自、部屋に戻ったり喫茶ルームで過ごしたり自由にしていて良いことを説明する。
理解した生徒たちを見ては、気を張り誘導してきた疲れを感じ、平井は少し落ち着こうと部屋へ戻った。
生徒たちは各々寛ぎの時間となった。
竹清は河本と向かい合い、喫茶ルームのテーブルに座った。
みゆきは一度部屋に戻ると言ってその場を離れている。
「河本君は滝が見れなくて残念だな」
「仕方ないです」
「見事だったよ。時間余裕あるし、今から行ってきたらどう?」
「今からですか?」
「三班目がここに戻ってきたら出発するといいよ。十七時までは展望台開いているから。あの滝は見ておいた方がいい」
「はい」
竹清に従うことしか知らない河本である。
「小坂さんだっけ、あのコも見ていないんだよな」
竹清は、少し離れた位置で萌といる遥に視線を送る。河本は遥が見たがっていたことを思い出した。
「はい、見たいと言ってました」
「回復したコにも聞いて、行きたいコと一緒に皆で見てきたらいい。平井先生にも河本君が居ないことはうまく言っておく。行ったことを攻める人間など絶対でないようオレが抑える。トンネル料と、そうだな、アイス代の領収書貰っておいて、後で会計に言って請求するんだ」
「ありがとうございます」
「部屋に戻ってる。うまくやるんだ」
「はい」
竹清の背中を見送り、少し間を取る。河本はこれから滝を見に行くという気持ちに切り替える。程なくして立ち上がり、遥と萌のそばへと行く。
二人の座っていた席からは外の流れる滝川が望めた。
「今から、滝を見に行く?」
「いいんですか? 行きたいです」
「うん。成瀬さんは体調次第だけど?」
「もう平気です。行けます」
二人が明るく答えてくれるので何も懸念はなくなる。
「よし、じゃ三人で行こう」
河本も元気良く二人に告げる。もう行くのは決まりである。
そうして、三人は南淵が率いた最後の班が戻ってくるとこっそり宿舎を抜け出した。
滝へ向かって歩きだすと、遥は河本、萌と話してはいるが、河本と萌は会話するのが初めてなので、自己紹介などをした。
「ちょっと高校入って頑張ってみようかな、とか思ってクラスの代表になったんですけど」
「そうなんだ。そういう風に思って実行するの偉いね。あ、遥さんも部活と代表で大変なのに偉いね」
河本は二人均等に重点を置こうとしたが、お構いなしに萌が続けた。
「なのになんでバス酔いになんて。救急講習の時ヤバかったですもん。座って聞いてるだけの時はまぁなんとかなったんですけど、実習の時、もどしそうで、もどしそうで」
この辺りから萌は止まらなくなる。
「なんか眠れなくて昨日。何か次の日予定あると中々眠れなかったりするんです私。それで寝不足なんです。で、あ、なんか朝方頃に熟睡しちゃって。ギリギリまで起きれなくて。遅刻しちゃマズいと思って、それで朝何も食べてないのがいけなかったんだと思うんです。そう思いません?」
萌は、自己分析しバス酔いの原因を二人へ話し、また同意を求める。
「あー、そうだよね。寝てなくて何も食べてなかったりだとね」
「うんうん。睡眠や朝食、大事ですよね」
河本と遥は投げかけにしっかり返した。
「大した事考えてた訳じゃないんですけど、あ、そうだ。前髪を切ろうか悩んでて。ぱっつんにしたくって。あ、切るって自分でって事ですよ? でも自分で切るとあとで美容室行った時に、いつもやってくれてる人に自分で切ったってバレるから。ま、バレてもいいんですけど、でもなんか信頼関係みたいなの崩したくないっていうか……」
その後も、萌は迷惑をかけた分を取り戻そうとしているのか、かなり話してくれた。
「成瀬さん、無理はしないでね。いつもそのくらい話す人?」
河本は少し確認した。
「え、無理してるように感じます? 確かにいつもはこんな自分じゃないかもしれないけど、こんな日だってあるから。平均すると至って普通ですって私。あれ、なんか気を使わせてますか?」
「あ、ゴメン、大丈夫、大丈夫。もうすぐトンネルだよ、もう着くよ」
「結構、近いですね。もうそんな歩いたんだ」
遥も、何か会話しないといけない空気を感じて感想を述べた。
河本がトンネルの通行料金を払い、うす暗くなったトンネル内を萌が過剰に恐がりながら通行するので、なんだか河本と遥は楽しいだけの気分になった。
トンネルの出口付近では滝の音が大きく聞こえだし、抜けた道の先には滝川流れる吊り橋が三人の前に現れた。
「あ、知ってるこれ! これ、あれですよ。吊り橋叩いて渡る理論ですよ」
萌が騒いで二人に言う。
「なにそれ」
遥が聞いた。
「うんと、その、男女で吊り橋渡る前にホントに渡って大丈夫か叩いて確認してからじゃないとこのはし渡るべからず。だから、端じゃなくて真ん中を渡るんです。分かりました。捕まえるんで、屏風から出して下さい」
「成瀬さんが面白いのはもうこっちに伝わってるから無理しなくていいよ。今のも面白かったよ、ね、遥さん」
「はい、一休さんでしょ最後、知ってる」
「最初に間違えて叩いてを入れちゃったからおかしくなっちゃたんです。途中で気付いたけど恥ずかしいから、最後まで言い切ったんです。ほんとは、簡単に言うと一緒に渡った人の事を好きになっちゃうっていう。河本先輩と渡ると好きになっちゃうから、遥さん、二人で一緒に行こう。河本先輩は一人で渡って下さい」
「へぇ、そうなんだ」
遥は半信半疑であっても、萌が促すので二人で渡り、その後ろを河本が一人で歩いた。
吊り橋の先にはもう展望台がすぐあり、まだ高く長い滝の全貌は見えない位置に居ながらも三人を興奮させた。
「キレイ。ライトアップされててカッコいい」
萌がはしゃぐ。
今来たこの三人は知らないが、十六時からは展望台から滝へと照明が当てられており、それが滝の流麗な雰囲気を際立させていた。
河本は、竹清が見事だと言っていたその言葉通り、その滝にひととき魅了された。
遥は滝を眺めつつも一度、そんな河本を見たが、滝を真剣に見つめたままの様子に自分も再度、滝を眺め直した。
「河本先輩、ソフトクリーム食べたくないですか?」
その真剣に観賞する空気の中、萌が河本に話しかける。展望台の付近ではアイス屋さんが営業しているのだ。
「あ、そうだ。食べようよ。料金は大丈夫だから」
「やった」
三人は、それぞれ好きな味を注文する。
「なんで河本先輩はバニラとかそんな無難なんですか。私、湯葉ですよ。湯葉。どんな味か想像できなくないですか? こういう所来たんだからそういうの頼まないと。遥さんは、りんご? りんごか。りんごおいしそう。まぁ良し」
萌はどこまでも元気なのである。
三人はそれぞれに受取り、ベンチに座って食べた。
「あ、良かった。おいしい。豆乳みたい。おいしいよ、一口食べてみて」
萌は選んだ事が間違いでなかった事に安心しつつ、それを二人にも食べさせる。
「ホントだ。おいしいね」
「うん」
遥は河本の後に食べたので、今のは間接キス、などとそんな事を思い浮かべてしまう。
「遥さんのりんごも食べたい。りんご。あ、ホントにりんごだ」
「このバニラも濃厚でおいしいよ」
それぞれのソフトクリームを一口ずつ食べ合うことになり、遥はいちいちそんな間接キスなどを気にしている暇もなくなる。
一通り、食べあって満足した萌である。
そんな萌のノリに押されてはいるが、おいしくソフトクリームを食べながら河本は滝を眺めていた。一息落ち着きもすれば、携帯にメールが着ている事に気づき、確認する。
『君さ、姿見えなくない? どこにいるの? 部屋?』
清水成美か、さっき返信するの忘れてたな、と河本は思った。
「あ、私携帯忘れた。河本先輩がいきなり行こうって部屋に戻らないまま来たから。河本さん、滝の写真、撮って下さいよ。それで後で送って下さい」
河本が携帯を操作する姿を見た萌がそう思いついたので、河本は何枚か撮った。近くに居た人に頼み、三人での写真も撮って貰った。
「なんか今日会ったのに、私たち超仲良しっぽい。友情に溢れてる感じする」
三人が滝をバックに写る画像を見た萌はそう言って笑った。
「一緒にソフトクリームも食べたしね……あ、時間だね。そろそろ戻ろっか」
河本は長居しても、と思い二人に言う。
「分かりました」
二人は素直に従い、三人で写真を撮った勢いで帰りの吊り橋は三人で手を繋いで渡った。
河本が真ん中なので、遥も河本と手を繋ぐ事になる。萌が何も気にしていない様子なので、遥も何でもないように振る舞うが、河本の手の暖かさにドキドキしてしまった。
トンネルを抜けた帰り道には、萌も静かになった。
「萌さん?具合大丈夫?」
遥が心配する。
「具合は大丈夫。テンション上げ過ぎて疲れた。ホントいうと普段ここまでなんて滅多ないです。学校で会っておとなしい私にびっくりしないでくださいね」
「きっと、ホントは、ここまでのテンションのコじゃないんだろうなって感じは最初からずっとしてるから平気だよ。楽しませようといっぱい話してくれて、ありがとう」
河本のその答えは優しいだけにしか思えなくて、萌は耐えられなくなった。
「ふええ。今日、なんか色々ありがとうございます。疲れました」
そういって泣く真似をした萌は自分の前を歩く河本の背中に頭をつけてもたれ掛かった。それを河本が気にすることはなくちょっとの間、歩いた。
遥はそんな萌を見ては、甘え上手なんだなこのコ、と少しさめてしまう。自分は男子にそんなことしないし、したくもない。と自分の意思を確認した。
宿舎を出てから小一時間程度で無事十七時前には宿舎に戻ってきた。
三人一緒に戻るのも、と言う事で先に遥と萌が戻り、少し遅らせて河本が戻った。
フロントを過ぎ、ロビーの前を通ると平井が一人で座っていた。河本に気づきソファーから立ち上がる。
さっきまでの萌のテンションも有り、明るく挨拶をしようかと河本は思った。
「河本君」
その呼び方は冷然としていた。
「はい」
平井の目つきで怒っていると河本は感じた。初めてみる表情である。
「竹清君から聞いたから、いいの。責めるつもりは、ないの。何をしていたかも、分かっているから。あの二人も戻ってきて、今、あなたも戻ってきた」
「はい」
平井は瞬きをせずに睨むように見ているから、河本も逸らせない。
「でもね」
「はい」
「あなたが私に直接、行く前に言うべきでしょ」
「はい……すいませんでした」
謝る言葉を口にし、河本は一度下を向いた。
「私は、あなたを、信頼しているの……だから……私には本当の事を言いなさい」
「はい」
河本が再び顔上げドキリとしたのは平井の目に涙があったからである。
「……それだけ」
平井はそう言うと、階段を上がっていった。
河本は一人、ソファーに腰掛け窓の外に目をやった。その位置からは滝川は見えない。ただ、夕暮れに染まる緑の木々が見えるだけである。
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