27 清濁の間で
27 清濁の間で
職員室内、コピー機の設置されたスペースに、河本秀人と里崎綾はいた。
透明度の高いガラスの引き戸を閉めれば、そこに二人しかいない事にはなる。が、職員室内の教師が、印刷をしようとコピー機を誰か使っているのか確認の為に覗こうと思えば、座っている席からでも見えない事もない。
「これ両面印刷するんだっけ?」
「ですよね」
「設定分からないから、とりあえず片面からしちゃっていい?」
「はい。そうしましょう」
コピー機の画面を河本と綾は見ている。その小さな画面を二人で覗き込んで見ているので距離は近い。綾が印刷をスタートさせるボタンを押すので、コピー機が作動音を発する。
その音を聞き、綾は河本の表情をみる。間近にある。
「四十部って時間かかるのかな」
間近で綾が自分の顔を見て話しているので、さすがに河本も綾を見る。
目が合うと綾は笑顔をみせる。その表情を可愛いとは思える。また近い距離だから漂う綾の香りにも異性を感じる河本であるが、その近すぎる距離に抵抗はあった。
今度の週末に各クラスの代表が参加をする集まりがある。そこで使う資料の印刷を、河本と綾は行っているのである。柳田美咲が生徒会室のパソコンで作成をしたので、同じ書記である綾が印刷をする流れになった。職員室内へ入ってのコピー機の扱い、と多少不安もあったので、一緒に河本にも付いて来てもらっている。そんな状況である。
綾が操作を分からないというので、河本がコピー機の画面を見ようとすると、綾はその場から離れないので、互いの腕が触れる程接近することになる。私が操作をするからと、綾は河本からアドバイスだけ求めるから、ややこしい。
綾のそのからかうような行為が、河本に態度を固くさせる。そんな事を綾は時々河本にする。河本は気付かない振りをする。その結果がどうなるか河本は知っている。
中学にあがった頃からだろうか、河本に、そんなことをするクラスメイトの女子がひとりふたりはいた。一見、勉強ができ真面目で朴訥な印象の河本の気を惹こうとしてなのか、時々、わざとか偶然なのか判断に難しい、ちょっかいのようなものを河本は女子生徒からされた。それらを無反応でやり過ごす河本に、接触を試みていた女子生徒は、いつの間にかそんな釣れない態度の河本を嫌いと思うようになる。最初のうちは河本君っていいよね、などと河本にまで聞こえるように言っていたのに、暗いだのむっつりスケベだの言われるようになっていたりした事もあった。そんな事を何度か経験する度に、河本は何か諦めのようなものを覚え、学年があがりクラス替えが行われ、新しいクラスとなっても、伏し目がちに過ごすのが通常となってしまい、今では教室で女子と目が合うことなどまったくなくなってしまった河本である。
クラスの中ではそれでやり過ごせる部分もあるのだろうが、今、コピー機の前で密着しているのは同じ生徒会の、学年がひとつ上の先輩である。気まずくなるのは避けたいと思う河本である。けれど、どう反応していいのか分からない。
「四十部印刷終わったね」
綾がそういい、コピー機からプリントされた用紙を取ろうと屈もうとするから、河本は少し腰を引こうとした。すると、距離が近い事もあって片方の綾の手が河本のお尻に触れた。
「あ、ごめん」
「あ、いえ」
真剣な綾の顔を見た河本は、それは嘘ではなく本当に偶然だと分かる。
「……あれだね、河本君のお尻、柔らかいね」
河本がまた綾を見ると少し顔が赤くなっている。
「そうですか?」
「うん、なんかそれでびっくりした」
さすがにそんな会話をすると二人は笑い合う事になる。
河本はそんな事を言われたのは初めての事なので、自分で触ってみるが良く分からなかった。
「この辺だよ」
と言って綾が触ってきた。
「柔らかさの中に弾力があるところが男子って感じ」
「そうですか」
綾に何度も触られて、なんだか恥ずかしくなる河本である。
「比べてみる?」
と綾が少しお尻をこちらに向けたので、河本は深く考えず、触ってみた。
自分と比べると柔らかさが違った。
「なんかふわふわですね」
「ふわふわ?」
「すっごい、柔らかい。すごい」
そういって河本は綾のお尻を撫で続けた。
「ちょっと、河本くん、触りすぎだから」
コピー機を挟んで職員室から見える位置にいる事が気になる綾である。
こんな風に河本君と話していると、だいたい平井先生が来るんだよな、と、ふと思い浮かんだので、綾は平井先生を探した。
平井先生は南淵先生と話をしていた。
「河本君、あれみて」
そういって、いい加減に動きを制しさせようと、河本の手をつかんだ。
「何ですか?」
「平井先生、南淵先生と話してるよ」
「あ、ホントですね」
「……南淵先生って胸おっきいよね。男子っておっきい胸好きでしょ?」
二人の先生が会話するのを見つつ、綾が河本に聞く。
河本は綾の顔から胸へと視線を落とした。
「なんで私の胸見るの?」
「綾さん胸大きいですか?」
「は?」
綾は、河本から少し距離を取った。
「綾さんの胸も触ってみたい」
「いや、ダメでしょ」
綾は胸に手をやり隠すようにしている。
攻めに出て、離れた綾に、何か攻略のヒントを得たような河本であった。
「冗談です、さ、コピー続けましょ」
「もう、冗談、やめてよ」
二人、片面の印刷が終わったものを用紙入れに向きを変えセットし、印刷を始める。
「これで両面になるね」
「ですね」
そう答えつつも、河本はまた近くまで来てくれた綾のお尻にまた触れてみた。
「この感触好きになっちゃいました」
「ふざけないで。先生が見たら変に思われるよ」
綾が河本の手を止める為に腕を組んできた。
「調子に乗りました。ごめんなさい」
綾が腕を組んだおかげで、綾の胸の感触が河本に思いがけずに伝わり、河本は動けなくなった。
綾がこんなやり取りをする事を望んで自分にモーションを掛けてきたとは思えないが、自分としてはもう、今、こうして近くにいる綾を抱きしめたいという気持ちになった。
「綾さん」
河本は名前を呼んでみた。
「なに?」
綾は腕を組んだままである。
「綾さん、すごい良い匂いがします」
「そう?」
綾が河本を見上げた。
見つめ合い、互いに唇を見合った。キスをする前の確認作業である。
「……ダメ……これ、皆に見せてくるね」
河本が顔を近づけようとした瞬間、綾はそういって何枚かプリントされた用紙を取り、綾はコピー室から出て行った。
ほら、結局、はぐらかされるんだよなぁと思う河本であった。
「ヤバかった。今のは」
生徒会室へ向かう綾は呟いた。さすがに、いきなりキスまでしちゃう覚悟はしていなかった。それでも悪い気はしていなかった。河本から感じた可愛げ、触られたカラダ、それらが綾をドキドキさせていた。その自分自身の胸の高鳴りが恐くなり、インターバルを取りたくなったのだ。
生徒会室前に竹清が一人で居た。
「あ、会長、これ、こんな感じで良いかな?」
そういって綾はプリントを見せた。
「うん、良い両面ぶりだ」
「じゃ、これ続けてるね」
それで、綾はまた職員室へ戻ろうとした。が、竹清に腕を掴まれた。
「どうかした?綾」
「ううん、別に」
綾は目を合わせない。
竹清は恰好が良い。見惚れるイケメンである。だが、今日は河本君の事を考えていたい。それは綾のまごころである。
「どうかしたでしょ?綾、ねぇ、こっちをみて」
それでも、そこまで竹清に言われれば綾は見るしかない。
見上げると、竹清は綾にキスをした。
生徒会室の中では談笑する声はするが、今のキスを見た者は誰もいない。
「……コピー続けてるから」
竹清を振り払うように離れる。
「河本君にもさ、終ったら皆でカフェでもって伝えといて」
「……うん」
自分が、竹清を避けたのを見透かされたようで恥ずかしい気持ちいっぱいで、綾は職員室のコピー室へ戻った。
コピー機の前には河本と平井先生がいた。
「用紙はね、こうやってセットしないと詰まりやすくなっちゃうんだよ」
「はい、すいません」
フフ、と平井が笑った所で綾は戻ってきた。
「あ、里崎さん、なんかね、見に来たら、コピー機詰まらせて河本君困ってたから、コピー機の使い方教えてたの」
「あ、はい。ありがとうございます」
さっきまで自分がそこにいて、河本君と作り上げた仄かな恋の予感する空間で、河本君と平井先生の二人が楽しそうに会話をしている姿に綾はショックを受けた。
平井先生って河本君と話していると笑顔なんだよな、それに、今、このコピー室には、平井先生のムスクか何かの香りが漂っていて、河本君がせっかく自分を良い匂いと言ってくれたのに、それもすべて否定されてしまったようで、ただ、悲しい気持ちだけになった綾は、ここから立ち去りたくなった。
お読みくださり、ありがとうございます。ご意見・ご感想をお聞かせください。今後の参考にさせていただきます。




