25 美咲の妄想
25 美咲の妄想
先のスポーツジムのプールで、柳田美咲が同じ高校の生徒会のメンバーである竹清慶治と高橋みゆきと出会ったのは、竹清とみゆきは偶然だったように思っているが、実際は偶然ではないのである。
美咲は、良く妄想する。
授業中、ちょっと良いな、と思っているクラスメイトの男子がこの後、突然、話しかけてきて、「柳田さんの事……好きなんだ」などと告白されるまでをバリエーションを変えて良くシミュレーションしたりする。そして、そんな他愛のないことを、昔からファーストフード店やドリンバーのあるお店で友達と話し合って楽しんでいた。
美咲は、私は妄想で恋愛は済ませているから、と、そんな風なことで思春期の雑念を断ち切ってきた。自分に対しても。周りに対しても。
美意識は強く、ルックスもスタイルも、良いと思った事を取り入れて努力もそれなりにしていたので、鏡の前で、笑ったりの表情を作ったりしては、私はただの妄想ヲタク少女ではない。いつでも、その気になりさえすれば、その妄想を実現できるんだと自分自身の気持ちを確かめる事もしていた。
しかし、それも。
最近、少しずつ気持ちに変化があらわれた。
もう、高校三年生なんだと、頭をよぎる。
こんな夜があった。
入浴後、自分の部屋のベッドの上で化粧水や乳液を順番に肌に塗っている際に、ふと姿見の鏡に映っている自分と目が合った。衝動的に、思わずベッドから立ちあがって、鏡の前に立っていた。着ていたものを脱ぎ、裸になって確認する。
この美白の肌に、誰も触れていない。
若い、そんなのは分かっている。けれど、それも今だけ。その若い私の肌は誰にも触れられることもなく、キレイだと褒められる事もなく、何の経験もないまま、このまま誕生日を迎え、十八になり、そしてそのまま、何も無いまま高校を卒業してしまうのか、とそんな不安のような思いが込み上げてもくる。
家で、マンガやアニメを見たり、ゲームをするのは楽しいが、それだけでは、私はただの地味でヲタクな少女、そのものではないか、と。
生徒会の書記に立候補し、当選し、なっては見たものの、パソコンでカタカタと議事録の作成なんて、まるで地味で、それは何年後かにどこかのオフィスで事務仕事をする未来の自分のようで嫌だとすら思えた。
オフィスではきっと、課長なんかがそんな私にセクハラ気味に声を掛けてくるんだ。お尻も軽く触られても、その課長がダンディズムに溢れ、悪い気のしない私はその課長と、とことん不倫しちゃうんだ、と妄想してゲンナリしていた。
せっかく、あんな竹清会長みたいな超絶イケメンが近くにいるのに、なんで彼女も一緒なんだ。しかも綺麗でスタイル抜群で。
『美咲の方がホントはみゆきもよりも可愛いよ』
『みゆきと付き合っていなかったら……美咲と付き合ってたのに』
そんな事を妄想の中で竹清には言わせてみても、妄想の中で二人にケンカさせ、別れさせようとも試みても、なんだか空しさだけが残った。
他の男子役員の堀洋介は同じ役員の西野有紗と会話するのを聴いていても隠せていないチャラさがなんか生理的に嫌であり、もう一人の河本秀人は歳がひとつ下で、そういう年下属性がそもそも自分にはないと、妄想の対象外であった。
だから、いつも、美咲は、竹清との関係を夢見て空しい妄想を続けていた。
チャンスらしきものが来たのは四月中旬になろうかというある日であった。
放課後の生徒会のちょっとしたミーティングが終わり、パソコンでその議事録を作成していた美咲は、帰り支度をしながら、みゆきがメンバーである有紗に、「土曜にけいじと泳ぎに行くんだ」と話しているのを耳にした。「プールだよね?ジム?」という有紗の問いに「イワトビっていうスポーツジム」とみゆきが返せば、美咲はパソコンでイワトビとタイピングし、頭に記憶してからデリートキーを押した。
美咲は帰宅しイワトビについて検索した。まあ、自宅から行けない距離でもなく、その土曜に会員になればヨガやフィットネス体操などが無料体験できることを見つけると、それをダシに母親に話し一緒に行く事を決めさせた。
中学の時に水泳部であった美咲は部活を辞めようかと思っている時期に、迷いつつも購入してほとんど着ていない競泳水着があったので、これを着てやろうと決めていた。中々これをジムのプールで女子高生が着るのは珍しいだろうが、あの竹清にこの肌を見せつけてやろうと、そう決心していたのだ。
その日、そのイワトビスポーツジムのプールへ行くと、案の定、竹清とみゆきがベンチに座っているのが見えた。美咲はゆっくりとフォームを確認するように何本か泳ぎ、コーナーでゴーグルを外した。耳から水抜きをするかのように顔を振って偶然のように竹清の方をみる。当然、竹清と目が合い、二人が、美咲に気がつき声を掛けてくれる。それで、美咲はもう一本見せつけるように泳ぎ、二人の傍へと行く。
美咲が近づく前に、みゆきは竹清に重ねていた手を離している。美咲にはそれもなんか癪に障った。
ベンチでは、ほとんど竹清は黙ったままで、それでも何度か目は合い、私を見てくれはしたと美咲は思った。濡れた髪の竹清の色気は抜群で、ずっと見惚れていたかった美咲であった。名残惜しくはあったが、それでもと、美咲は立ち上がり、堂々と、竹清に自分の競泳水着の後姿を誇示するかのように、プールへと戻った。
美咲は泳ぎ出す前に、ジャグジーでイチャつく竹清とみゆきを見ては、さびしい気持ちにもなったが、それでも、この競泳水着姿をあの竹清に見せられてことで少しの満足をした気持ちにはなっていた。
その土曜日が終わり、週も明け、月曜日の一限終わりの休み時間のことである。
「美咲、美咲」
そう、教室にいた美咲は声を掛けられた。
声の方を振り向くと、教室の外にいたのは竹清であった。こっちへ来てと呼ぶ、その身振り手振りする竹清は、恰好が良く、とても様になっており、そんな竹清が自分を呼んでくれていると、美咲は嬉しい気持ちいっぱいで駆け寄った。
あの竹清が来たというだけで女子生徒たちはややざわついているが、呼ぶ相手の美咲が生徒会の人間であるから、その用事だろうと推測できるから、誰もそこまで変には思わない。
竹清は、美咲を歩いてすぐの階段下の、周りから人の目がつかなくなる所へ誘導した。
美咲はもうそれだけで妄想の世界の自分のようになり、ドキドキした。
「今日も、放課後、打合せあるから。生徒会室、来て」
「……はい」
なんだ、そんなことかと思う。けど、なんでそんな事を直接言いに来たのかとも思う。
「昨日の美咲の水着姿がさ、目に焼き付いて離れないんだよね」
「……エ?」
美咲が竹清を見上げる。
竹清は微笑んで、美咲にキスをしてきた。
美咲は拒む事もなく、受け入れる。妄想では何度もしている竹清とのキスである。
嬉しくて、涙が一瞬で溢れ出す。
「あ、ゴメン。美咲が可愛くて思わず」
顔を離した竹清が指で拭ってくれた。
「ううん」
と美咲は笑顔をみせた。
「……今の、みゆきには内緒にしといて」
「うん、分かってる」
自分の教室へと戻る竹清の背中を見送り、美咲はもいちど自分で涙を拭いた。
この後、妄想の中でなんて自分が呟いていたのかを思い出す。
「……ズルい人なんだ」
妄想の自分はこんなこと思っていたはず。でも今の実際の私は竹清をズルい人などとは思いもしていない。
やっぱり妄想の世界では分からない、実際に経験してみないと分からないという事もあると思い、少しだけでも竹清の気持ちをみゆきから奪えた事に満足していた。
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