24 四月の水の中
24 四月の水の中
そのジムのプールの水温は幾分、足を入れた時に冷たいと思わせてくれるものに設定されている。それは高橋みゆきにとって好みの水温である。入った瞬間の緊張感、体が引き締まる感覚。さあ、泳ぐぞという気持ちにさせてくれる。二十五メートルを二本も泳げば、もう適温になっている。
泳いでいる最中、水の中に意識が溶け出したような気にもなる。
最初は意識をして、水をかく腕、蹴る足、そして空気を必要として息継ぎをする。普段は歩く事も呼吸も意識などせずに当然、行っている。それが水中では違う。泳ぐ為に意識するのだ。
その意識は何本が泳いでいる内には薄れていき、溶け出したようになる。自然にスムーズに泳いでいるような感覚に包まれる。その瞬間が、みゆきの泳いでいる自分が楽しいと感じる時だ。疲れはするがリラックスもできる。泳ぐのは気持ちがいい、そう思えた。
三十分で二十五メートルを五十回くらい行き来し休憩し、また三十本同じことをする。泳ぎ方はクロールから平泳ぎに背泳ぎにと変えたりもする。
ターンをして五十メートルを泳ぎ切る、一緒に来た竹清慶治を見ては、男の子だな、と微笑ましい気持ちになる。
そんな風に泳いでいると、プールに人が増えてもきたので、竹清とみゆきはプールサイドのベンチに腰かけ休憩をとる。
「泳ぎ、速かったけど、バテた?」
呼吸の荒い竹清にみゆきが聞く。
「確かにバテた。……でも気持ちいい」
まだ二人は水中から出たばかりで、ぼんやりしている。
そばにある竹清の左手にみゆきは自分の右手を重ねてみる。
「ね。泳ぐの、いいよね」
ぼんやりとしたまま二人は泳ぐ他の人たちをみていた。
竹清はゆったりと優雅に泳ぐ女性が目に付いたので、そのまま注目を続けてみた。
その女性はみゆきの様なフィットネス用の足まで隠すような水着でなく、競泳水着であった。竹清はゆっくりとした背泳ぎを見た時にそのふとももに目が行ったのである。
コーナーの端でゴーグルを外したその顔は同じ生徒会である書記の柳田美咲であった。
「あ、美咲じゃん」
竹清は思わず声に出した。
「え、あ、ホントだ」
美咲、とみゆきが声を掛け、美咲も気づいて手を振った。
美咲はゴーグルを掛け直し、もう一本泳ぐとプールから上がり、二人のいるベンチの所へ来た。
「ここ座りなよ」
と、みゆきが隣りを開ける。
「ありがと」
「美咲は誰と来てるの?」
「ママと。今、上でヨガしてる」
「へー、そうなんだ。よくここに利用してる?」
「私は初めて。ママが会員なんだけど。ほら、ここ今日家族が会員なら無料の日でしょ」
「あ、だからこの混み具合なのか。ってかその水着姿さ、美咲って経験者?」
「んー、水泳は子供の頃から教室に通ってて、中学の時に部活でもやってたけど、一年半くらいで辞めちゃった」
「泳ぎ方キレイだったよ、ね、けいじ?」
「……あ、うん」
「え、見られてたんだ。恥ずかしい。最近、家でヲタ活メインだったから、泳ぐの久しぶりなんだ」
「泳ぐの、いいよね」
竹清はほとんど無口で、二人の会話を聞いていた。みゆきがいなければいくらでも美咲のその競泳水着だから分かる体のライン、ふとももの良さを褒めてあげたがったが、そんな事をしたら後が怖いので黙っていた。
美咲は美咲で、そばかすが目立つ自分と違い、みゆきのすっぴんでも綺麗な肌。なにもしなくてもぱっちりな二重瞼を見事だと思ったし、その隣りに座る竹清の競泳帽子を取って濡れた髪をオールバックにする、見慣れないその髪型に色気を感じて、ずっと眺めていたいと思った。さらには、休日にこうして一緒に水泳なんかをする二人のその関係が、ただ、羨ましかった。
「あ、そういえば、細谷君、ちゃんと生徒会室来た?」
「うん、来たよ。秀人と、あ、河本君と三人で話して、もう、ほとんど解決済み」
ふふふ、とみゆきが笑った。
みゆきが笑えば竹清はホッとする。
「じゃ、私、もう少し泳いでくね」
美咲は立ち上がりプールへ向かう。
「じゃ、また」
答えつつも、美咲のその後ろ姿をつい竹清は見てしまう。
「あ、けいじ、ジャグジー空いてる。行こう」
竹清はみゆきに手を引っ張られるその力強さに嫌な予感がした。
「あんな競泳用の水着で恥ずかしくないのかな」
ジャグジーで二人になるとそんな事をみゆきは言いだす。
「似合ってたよ」とはとても口に出せる空気ではないので竹清は黙っている。
「けいじもさ、美咲の事、エロ目線でみてなかった?」
ほら来たよ、と思う竹清である。
「そんなことないよ」
「絶対見てた」
そういうとみゆきは竹清に抱きついて水の中へ沈めようとする。
「ごめんごめん」
と竹清はみゆきの機嫌が直るよう謝るしかなかった。
とりあえず謝って済まそうとする竹清に、余計に腹が立ったみゆきは竹清に抱きついたまま、一緒にジャグジーの浅い水の中へ頭まで浸かっていった。
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