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micelle  作者: Hyro
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23 荻野の気掛かり

 23 荻野の気掛かり



 荻野靖貴、真倫高校一年生。

 荻野がこの真倫高校を受験し、合格し、そして、入学したのは、この高校に河本秀人がいるからとは言わない。そうは言わないが、河本がこの高校にいなかったら荻野もこの高校を選ぶことはなかったように荻野は自覚している。

 河本と同じ中学校出身なのである。

 河本を荻野が初めて見たのは、荻野が中学一年の夏休みの事である。

 巷でプテラノと呼ぶバスケットコートがいくつかあるその公園で、バスケ部には入ったものの、その練習に飽きを感じサボタージュするようになっていた荻野はふっとプテラノに立ち寄った。そこで自分と同じくらいの背格好の河本が一人バスケをするのを見つけたのである。見つけただけで、ろくすっぽ、その河本の動きに注意していなかった。

 思春期全開で、自分の可能性しか信じていなかった荻野は無言で河本の前に立ちふさがった。やろうぜ、くらいの目線を河本に送る。

 河本に一対一での勝負を挑んだのである。

 河本は受けてたった。

 荻野は相当自分の体力、運動神経に自信はあった。しかも相手は同じ歳くらいで同じような背格好である。まぁ多少の経験者ぐらいが暇つぶしか気晴らしでこのプテラノでちょっとやっているくらいにしか思っていなかったので、そこそこ勝負にはなるだろうと思っていた。

 しかし、まったく相手にならなかった。

 モノが違った。馬力が違った。完敗だった。それは荻野にも理解できた。

 翻弄され、容易く抜かれ、何回目かの河本の決めたシュートの後、荻野はボールを拾いに行かず、どっかの強い中学の強豪チームのそういうポジションにいるヤツなんだろうと思い込んで、負けを認め、会話はせず立ち去った。

 だから、夏休みが終わり、通う中学校で行われた体育祭の徒競走でぶっちぎりで一位を獲って生徒たちに歓声を沸かせている二年の生徒が見たことのある顔で、あのプテラノで自分がまったく相手にならなかった河本だと気づくと驚いた。

 最後に一番盛り上がるリレーに、当然河本が出ていて、荻野もその脚力でクラスの代表に選ばれていたので近づく事ができた。

「この間は、プテラノでバスケ、ありがとうございました」

「ん、ああ」

 河本が一学年上とわかっての敬語である。結局、その時の会話はそれだけであった。

 一年から走り、二年が走り、三年にとバトンを渡すリレーであるから、荻野も河本までとはいかずとも、そのリレーでは盛り上げる事はできた。

「お前ってさ、バスケ部辞めたの? 辞めてないなら部活、来いよな」

 部活の二年の先輩で、ほとんど行かなくなった荻野にたまに気に掛けてくれる生徒がいた。

「ちょっと訊きたいんですけど、河本先輩ってバスケ部じゃ……」

「ん? ああ。あいつは一年の時すぐ辞めちゃったよ」

 それ以上はその先輩も話したがっていなかったので、そこまでだった。

 けれど、それを聞いただけで充分であった荻野は退部届けを顧問に提出した。

 そして、それからはプテラノに通うようになり、河本と一緒にバスケをするようになる。

「またいいですか?」

「……うん」

 河本との会話はそれくらいであった。

 なんとなく自分と似ていると勝手に荻野は思っていた。バスケ部に入ったのにすぐ辞め、そして抜群の脚力に親近感が沸いていたのである。何度かプテラノに通う内に、河本が、そこに良く来る大学生のグループにもその腕を認められ、大会にも一緒にでたりしている事を知った。

 羨ましくなって、応援という形で自分も付いて見に行ったりもした。

 大会でも中学生ながら河本は存在感を示していた。自分の理想とするプレイを体現してくれていた。オレはこの人に憧れている、という実感を荻野はその時にした。

 それからの荻野はもう、河本と同じバッシュの色違いを履いたり、同じ色のリストバンドをしたりと顕著に心服をしている事を示した。

 そんな荻野は河本との関係を、いつしか、冗談を言い合うくらいの先輩後輩という間柄にした。

 それは河本がプテラノに通っていた三年の夏くらいまでの出来事である。

 河本は三年の夏休みにはもうプテラノに来なくなってしまった。

 荻野は高校受験を控えた河本が来なくなるのは残念だが仕方のない事だと思い、荻野もプテラノに通う足は遠のいた。

 そして、卒業の時期が近づき、河本が真倫高校に入学を決めた事を本人から聞く。

 それが、荻野の中の高校の選択のひとつになり、受験勉強のモチベーションにもなった。荻野も受験シーズンが近づき、やや厳しい状況であった為、私立専願で受験し合格をした。

 それらの行動は、河本がこの真倫高校にいるからだとは言わない。

 けれど河本がいなかったら、受験もしていなかったと思う荻野である。

 その辺りをはっきりとさせてしまうのは、いささかこわいのだ。

 まったく連絡も取り合っていなかった。だから、実際の所、本当に河本がこの真倫高校に通っているかどうかも確信している訳ではないのだ。

 それでも。

 河本先輩は高校に入ったらバスケ部に入ったのかな、と荻野はそんな事を良く想像していた。もしそうなら、自分もバスケ部に入り、一緒にまた、また一緒に。今度は部活で。

 一緒にバスケを。

 同じくらいの身長でポジションはかぶるが、一緒に、また。そんな事が荻野の受験勉強の原動力になっていた。

 高校に入学し、実際に河本を見つけた時は感激した。本当にこの高校に河本先輩は居たのだと。あの人は居てくれたのだと。そんな思いであった。

 しかも、生徒会として、舞台に立っていたのである。生徒会としては不必要だと思われるほどの、その類まれなクイックネスで河本は動きまわっていた。

 一刻も早く荻野は挨拶をしなくては、と思った。自分が入学したことを伝えなくては、と。河本と会話をしなければ自分のこの真倫高校での生活は始まらないとすら思っていた。

 時間が経てば経つ程、それはおかしくなる。だからすぐにでも挨拶を。

 そんな事を、入学し、授業が始まってからの荻野は考えていた。

 いまさら、電話やメールではいけない。直接お会いし伝えなくては、そんな思いで過ごしていた四月の中旬、もう今日会えなかったら、生徒会室か、二年の河本さんのクラスへ行き、ご挨拶をしようと決めていた。

 そんな放課後、一人、河本が歩くのを荻野は見つけた。

 訪れた千載一遇のチャンスを見逃す訳にはいかないと、荻野は、親しくなっていたクラスメイトに、「ゴメン、ちょっと用事ができた」と別れ、河本の後を追った。

 河本が図書室に入るのが見えたので、遅れて荻野も入る。

 荻野は図書室入り口から河本が図書室の奥へと消えたのを確認した。

 構わず、荻野もそこへ向かう。挨拶しないと何も始まらないのだ。

「あ、ゴメンね、今日ちょっとこの中、立ち入り禁止なんだよね」

 荻野に写真部二年の榎が声を掛ける。

「え?」

「部活見学でしょ? せっかく来てくれたのに今日無理なんだよね。ゴメンね。とりあえず、この用紙に名前、記入だけしてってよ」

「え? ……いや自分は」

「大丈夫。大丈夫。別に書いたからって、見学に来たって証拠なだけで入部って訳じゃないから安心して」

「は、はあ……」

 とりあえず、この先輩との話しを切り上げ、河本に集中したい荻野は自分の氏名を言われるままに記入し、中へ入れないのなら、出てくるまで待っている覚悟を決めていた。

 数分後、河本が出てくる。

 荻野に気づかずに通りすぎた河本を追う。

「河本さん、お久しぶりです」

 その背中に荻野は声をかける。

 河本は振り向いて自分を見てくれた。

「荻野です。荻野靖貴です」

「うん。久しぶり」

 河本が自分を確認してくれた。

 それだけで涙がでそうな荻野であった。



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