19 二年目の職員室
19 二年目の職員室
お昼休みである。
「お茶です、どーぞ」
職員室で休憩をする先生方にお茶を配っているのは平井紀子ではなく、この春から真倫高校の教師となった南淵明日香である。
大学出たての新卒。年齢は平井のひとつ下になる。
平井は自分の席に居たので、去年は自分が良く担当していたお茶配りをする南淵明日香を目で追っていた。
南淵は給湯室に向かう前にジャケットを脱いでいるので、腕まくりをしたブラウス姿である。そのブラウスの透け度は強く、下に同色のキャミとブラを着ているという事が分かる。多分、あの目立つその巨乳だとその着用が正しいのだろうと、平井は思う。そんなに胸の無い私では分かりませんよねなどと一人拗ねてみる。さぞあの胸で学生時代はチヤホヤされてきたのだろうなとも想像をさせる大きさであった。
チヤホヤされた経験からかどうかはさて置き、南淵は分かりやすく話しかけやすい隙を作って見せている。その隙があるから、お茶を配ってもらった男性教諭は軽口をたたける。その対応も愛想がいい。おそらくひとつも面白くない冗談にも声を出して笑っている。その誰とも構わずアピールする笑い声が平井にも届けは舌打ちしたくもなる。
「わー、いいんですか? ありがとうございます!」
南淵は男性教諭に、一口大のお煎餅を貰うと、一度トレイを置いてから、胸の前で手を合わせ一度少し跳ねるようにして感謝を口にした。もちろん胸も揺れる。
過ぎているね。仕上がり過ぎてるね、あのコのキャラクターが。ああいうのに男どもは弱いんだよな、と平井は冷めて見ている。
南淵の持物にも目が行く。自分の飲み物の入っているタンブラーはピンクがかり、ペンケースもピンク。手帳もピンクのカバー。携帯も控えめながらもキラキラとデコレーションがしてある。徹底している。可愛い持ち物を持つ可愛い私ってヤツですねと平井は自分の何も施されていない真っ黒な携帯と見比べても見る。
「まったく過ぎてるよ。学生気分が過ぎてるよ」と平井はさすがに、土曜の夜の彼氏との食事の最中にその南淵明日香という新任女教師について愚痴っていた。聞いていた彼から「嫉妬でもしてるの? まったく女はさ、自分が中心じゃないと満足できない生き物なんだよな」なんて言われれば頭にもきた。「違う」と即否定をする。
「そういうコがいるから、気が付ける事もあるんじゃない? 反面教師ってこともないだろうけど、イライラせずにさ」などと彼が続けて諭すような事を言うのでいつまでも話題にしていたくもないので納得した振りをした平井であった。
確かにと、思う所が無いわけではない。
自分の愛想笑いは見透かされているのか、男性教諭と話す時など相手のその表情は強張っているようにみえた。別にそれで何が悪いのかという思いもある。
加え、自分は放課後に生徒と楽しそうに談笑を繰り広げたりの経験もない。そんな事に時間を使いたい訳でもないがと、これもすぐ反論も浮かぶ。
平井は自身の行動が周りに緊張を強いているというのは感じる。生徒たちも距離を取りたい私に気づいているから一定の距離以上近づいてこないのだ。そう、内心、クールに若い美人教師を気取っている。と奢りがない訳でもない。
そんな自分で平井はこの一年、過ごしてきた。
居心地がよくなってきたとまでは言わずとも、周りも平井がそういう教師だって扱ってくれるので居場所は確立していたのだ。だが、ああいう南淵明日香のような分かりやすいのが登場するとさ、自分の居場所がなくなる不安に駆られてしまんだ、と平井はすべてを新任の巨乳教師のせいにした。
でもだからといって急に私がキャラクターを変えても周りが困惑するだけだろうと平井は結論づけた。自分のスタイルを保つのも大事なんだよ、と。
「平井先生」
自分の席で自分の世界に浸っていた平井に南淵明日香が声をかけた。
「質問良いですか? 」
「はい、どうぞ」
同じ国語科教師なのである。加えて年齢も席も近い平井は南淵にとって頼りにすべき存在なのである。
国語科教師同士が集まって歓迎も兼ねて飲み会もした。南淵に彼氏がいないと分かると飲み会の席ともあって三十代前半の独身教諭は鼻息を荒くしているのも平井は見ている。去年の自分は大学時代から付き合っている彼氏がいると正直に言っている。それも関係あるのかな、と思うがそんなことで嘘ついて得るものがあるとも思えない。
「その表現でも間違いはないのでしょうけれど、前項に述べた方がより生徒を納得させられると思います。もしあれでしたら初芝先生にもお聞きになられた方がよろしいかと思います」
と平井は、今は席を外している飲み会で盛り上がっていた国語科の男性教諭の名前を挙げた。
「あ、いえ、スイマセン。ありがとうございます!」
一礼してからの南淵の言い方は平井にも仰々しくキャラクターを守ってきた。
まったく、そんな甘えた声で授業もしているのかなと疑問に思う平井である。
「お取り込み中の所、失礼します」
平井と南淵が会話をしている所に河本が来た。
「キャ」
と南淵は驚いて一度跳ねて体の向きを河本の方にする。その体の動きにボヨンと胸がついていく。
口には出さないが「うわ、今の見た?」と平井は思わず河本に確認したくなる衝動にかられる。
河本はその平井の剣のある表情の一瞬を見逃さない。
「あ、スイマセン、驚かせてしまいました」
それでも平井と話していた教師である南淵に謝りはする。
「ううん、ゴメンね。いきなりだったから驚いちゃった」
平井は、河本に話しかける南淵が不愉快にしか思えなくなり、それ以上この新任女教師と河本が話をしてほしくなくなった。
「河本君、来てくれてありがとう。用事頼んでゴメンね、一緒に持っていってほしい資料があって。教科室に取りに行こう」
平井のその言いに、いつもとは違う甘さが含まれているのを河本は感じた。
「じゃ、また後で」と平井は南淵に言いつつも、この河本を随伴させていいのは私なんだよという表情を一瞬向けて職員室を河本とでていく、
平井は二年生になった河本のクラスの現文の授業を受け持っているのである。
「さっき私と話した先生いたでしょ? 河本君はさ、ああいう女の人好き?」
資料を持って教室へと向かう最中、平井は河本に質問をする。それは本来、教師が生徒にするような質問ではない。
「ああいう?」
「そう。ああいう」
「……そうですね」
「……ウン」
「……ボクは、ああいう方より、平井先生のような女性の方が……」
「ホント?」
「……はい」
「ありがとう」
そういって平井は自分の肩を、並んで歩く河本の肩へとぶつけた。このコはお世辞も言えるのかと嬉しくもなる。そんな河本のお世辞でも、この数日のイライラがすべて解消されたようで、きっと手が空いていれば河本君の頭を撫で撫でしていただろうと平井は思った。
平井が喜んでくれているので正解を選べたのだな、と河本はホッとした。




