18 加藤の試練
18 加藤の試練
「礒多香子です。……振り返った時に充実した三年間であったと、……そう思えるような高校生活にしたいと思っています。……よろしくお願いします」
そう、自己紹介で話す多香子の姿をクラス中の生徒が遠慮なく注目した。切れ長の大きな瞳に長いまつげ。透明感のある白い肌。肩にかかる綺麗な黒髪。やや緊張の面持ちで話すその立ち姿は美少女と形容する以外のなにものでもなかった。
加藤翔大もそんな教壇の多香子を見つめられるだけ見つめていた。
入学式の日。
新一年生のクラス分けが張り出されている掲示板の前で、自分の名前を見つけた加藤はふと隣にいた多香子に目を奪われた。その多香子の視線が自分と同じクラスを見ているようなのを確認すると、とびきり嬉しくなった。
この真輪高校に入学が決まり、色々と思いめぐらす中で、加藤も人並みに高校に入ったら彼女くらい作りたいなんてことも当然考えていた。ただ、誰でも良いわけではない。本当に可愛くて好きだと思えるコじゃなきゃ駄目だ、と加藤は決心して臨んでいた。だから、別に焦るつもりもなく、同じ年齢や同じ学校である必要もないし、まぁ自然に出会いの中で知り合えたら、などと思っていたのだが、入学初日、いきなり間近に気になるコを見つけたのである。
出席番号順に並ぶ入学式。加藤と同じクラスの女子の列、前から二番目にそのコを見つけるとやはり同じクラスなのだと分かり、嬉しさは安堵感にもなった。
しかし、加藤は自分を疑った。一目惚れした自分を、である。
「小坂遥です。……バレー部に入部を考えています。よろしくお願いします」
このコも可愛い。胸だって中々あるんじゃないか。実は密かにクラスの男子から人気を得るタイプだ。が、自分はやっぱり礒多香子だ。あのコなんだ。加藤は自分を俗物と承知の上で、多香子と自己紹介をするコを比べたりしていた。
疑ってみても礒多香子に夢中な自分を再確認しただけであった。
佐藤というクラスの担任の教師は生徒全員の自己紹介が終わると、生徒が望んでいるだろと、席替えをくじで行った。
まさかの加藤の隣の席は多香子であった。
窓際の一番後ろが加藤であり、その隣の席が多香子なのである。
「よろしく」
思わず、隣になった多香子に声をかけずにはいられない加藤であった。
「あ、……よろしく」
一瞬のとまどった様子も、すぐに笑顔も見せて返してくれる多香子に性格の良さも感じた。
そんな多香子に加藤は、マジか、と何かを悟った。
これはあれだ。麻雀で例えるなら親で大物手がドラ含みで期待できる手配で、よっしゃと思ったら、いきなり三巡目くらいでリーチを切られて。こっちはまだ字牌の処理も終わってない状態なのに。キツイっていうね。いや麻雀オレよくわからなかった。つまりあれだ。洞窟入ったらいきなり宝箱見つけて。開けたらとんでもなく大変な事になる罠か。罠なのか。それとも冒険を豊かにしてくれる剣でも中には入っているのか。いやオレ最近パズルゲームくらいしかやってないし。いや、違う。だから、あれだよ、ゆったり構えていたのに、いきなり勝負かけなきゃならないっていうか。本当は一カ月くらいかけて、クラスのグループなんかもできて、それからでも。オレ身長もそこそこあるし。すでに183はあるし。もっと伸びそうだし。中学の時とか結構カッコいいとか言われたし、バレンタインにはチョコとかお返しに困るくらい女子にもらったし、だからイケてる部類になると思うし、うまくいけば絶対仲良くなれるとは思うが、まだ早えぇええ。これは試されているんだよ、すぐに勝負しろってことなんだよ、仕掛けが遅いとたぶんこれうまく行かないパターンなんだよ。はぁぁぁあ。などと不明瞭な程、加藤の頭の中はパニックになった。
学校を終え、帰宅の途中も家でも加藤はそんな事をずっと考えていた。
「アドレス教えてよ? アドレス交換しない? 交換しよ? アカウント名は?」
入浴の最中、明日の練習をする自分に「オレこんなにキモかったんだ」と不快さも感じた。
「おはよう」
翌日、先に登校し、席に座る多香子の後を通る時に挨拶は自然に言えた。
「おはよう」
多香子も優しく返してくれる。
朝、クラスメイトに挨拶をするオレ、クリアとホッとして加藤は席につく。
まだ一年生は通常授業には入らず、午前中は新入生歓迎会などが行われ、午後の時間にはクラス内の委員会決めが行われた。
中学時には委員会などは適当にスルーを決めていた加藤であったが、これは多香子と同じ委員会に入ったら楽しい事になるのではないかと思えた。
「黒板に委員会名を書くので、やってもいいと思っている人は前に出て記入して下さい。重複するようなら話し合いやじゃんけんで決めてみましょう」
担任である佐藤先生は板書をしながら伝えた。
その決め方は手を挙げるパターンを想定していた加藤を一気に悩ませた。
「じゃぁどうぞ皆さん、前へ」
書き終えた佐藤が促した。
加藤は多香子の出方を伺っている。
早くもやる気のある生徒たちが前に出て自分の名前を委員会名の横に記入している。大変そうというよりは無難な印象の委員会か羅埋まっている。
多香子もそんな様子を見ていたが、何かに決めたように席を立った。それは当然、加藤も立ちあがって黒板へ向かわざるを得ない。
多香子は文化祭実行委員の横へ記入しようとした。「うわ、面倒なのを選ぶなぁ」と加藤は思ったが、自分もその委員会をやると瞬時に決めた。
「お、加藤、お前クラスの代表やらないか? 誰もやりたがってないから」
「え、代表ですか? いや自分は……」
佐藤先生の無茶な問いかけが加藤を困惑させた。
加藤はとりあえず、文化祭実行委員の多香子の横に名前を書いてしまおうと思ったら、小坂遥という生徒も書こうとしていておかしな事態になる。
「あ、キミも文化祭実行委員? 男女一名が基本じゃない?」
といいつつ、加藤は譲る気はなく書いているので小坂遥はキョトンとする。
「いや手伝う人は後から増やすけど文化祭実行委員はクラスから一名」
佐藤が補足した。
「あ、じゃ、どうぞ」
横にいる多香子に譲られ、加藤はなんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいである。
「あ、いや、礒さんどうぞ」
それだけ言って、もうふて寝したい加藤であった。
「代表やらないか、加藤?」
「いえ、大丈夫です」
そう言って席に戻ってしまう加藤であった。
結局、小坂遥がクラスの代表となった。




