12 お茶の時間
12 お茶の時間
お昼休みが終わり、五限の授業の開始を知らせるチャイムが鳴っている。
平井紀子はその曜日の五限は空き時間であるから、職員室で自分の席に座っていられるのである。
二月に入り、三年生が自由登校となり空き時間のできた教諭も増えたこともあり、職員室の一角に設けられた談話所では雑談の声も、それまでの週と違って平井の耳にも届くが、決して気に障るほどではない。
昼休み後ということもあり、職員室の雰囲気が若干弛緩しているようにも感じとれるが、そういった時間もあって良いことだと平井は思う。むしろ、生徒四十人を相手にしていたテンションを落ち着かせる時間はリラックスして過ごすべきであろう。中には、昼休みに用事があったのか、今昼食のお弁当を食べている者もいる。「お茶でも」と浮かんだ平井は給湯所に行き、お茶を煎れる用意をする。
「今期の生徒会は中々やりますね。あの三年生を送る会の劇、エンターテイメント性に富んでましたね、いやあ、面白かった」
お茶を配っているときに声をかけられたりする。
「ええ、ホントよくやってくれます」
平井は返答する。
生徒会の顧問について悪く言われることはなかった。確かに何も問題が起きているわけではないのだから、それで当たり前なのかもしれない。生徒会は生徒か主催して行っているものであるから、功績があればそれは生徒の頑張りなのである。ただし、何か問題が起きたら、それは顧問の責任ともなるのだから、因果な役目を担っているともいえる。周りの先生方はそんな立場にいる私を気遣ってか、優しい言葉を掛けてくれるのかもしれない、とも云えよう。
それは今は置いておき、今日のお茶を配する平井には目的があった。
ある教諭にお伺いたいことがあった。目的の教諭の前にお茶を置くと、その四十台半ばの男性教諭は「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
「河本秀人君って、クラスではどんな生徒さん何ですか?」
急な質問に山本という河本のクラスの担任先生は一瞬、迷った表情を浮かべた。
「え?あ、ああ河本君ね…」
「はい」
「いい生徒だよ。真面目で成績も良いし、うん。クラスでは控えめで目立つとは言えないけど、生徒会役員になって頑張ってるよね」
「そうですよね。良く働いてくれています」
そう平井は言うとその場を離れ、給湯所にトレイを戻した。
自分の席につくと、そこで平井は考える。
私は何が知りたいのか?と。
河本が良い成績だというのは、教師なら見れる個人データで充分もう知っている。勉強だけでなく体育の成績だって、スポーツテスト一級獲得というもの目に止まる。ということは、成績も良く運動神経も抜群。控え目で目立つとはいかないが、話しかければ受け答えもしっかりしている優等生。
でも、それだけではない、とそのように感じる。何か引っかかる。それで、担任に何か知っていることはないのかと聞きたくもなったのである。けれど山本先生は若い女教師の突然の相手で幾分緊張してくれたからなのか、私の望むようなことは言ってくれなかった。
望むこと。それはなんだろう。
河本君が人よりも突出した能力があるのなら、それを補うように控えめで過ごしているのかもしれない。でも、それではこうも疑問は沸くことはない。なぜなら、そんな生徒は河本君だけではない。
生徒の個性は勉強の成績だけで判断されるようになってしまった時代があった。生徒の優劣を極力競うことを避けたことが、逆に、唯一計る学力の成績だけをピックアップさせるようになってしまったからである。だから、勉強ができる子はその他の分野で目立つことを極力避けるのである。不都合な標的になるから。私も学生時代にそういうのを見たり自身も多少嫌な思いもしてきたから、と平井は考える。
けれど、河本君のそれは一概に判断しかねる部分がある。生徒会で接する時だけではわからないのである。まだ、よく話し合う機会を持ったことがないからなのかもしれない。
「ホント何を知りたいのだろう」
その平井の小さな呟きは誰にも聞かれることはなかった。
その後には、来期度の授業を受け持つクラスの中に河本のいるクラスが含まれていればいいなぁと思い耽った。




