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疑惑の勝者

「クソッ!何で俺が負けなんだよ!」


俺は宮本ボクシングジム史上最強の期待の新人として世界の第一線で戦う男と試合を組んでもらえることになった。


相手は鳥居浩二。テレビに出ることもあるような有名で実力もあるボクサーである。この試合のこともテレビで宣伝していた。


下馬評では鳥居の圧勝と思われた試合だが、一年前に怪我をした鳥居の復帰戦ということもあり、この試合が組まれた。


「よーするに、最初っから負けは決まってたわけじゃんか。気にすんなよゲン。」


試合が始まると、俺は鳥居の変化を身をもって感じた。それは些細なものであるが…


「おいマサ、馬鹿かおめえは?テレビで八百長決められてそうですか。なんて言ってられるほど俺はお人好しじゃねえんだよ!あ?」


やつのパンチはボクシングのそれじゃない。動きこそ見事なパンチに仕上がっているが、入ったところで素人のそれと効き目は変わらぬ程だろうと感じた。


あくまで個人の見解であり、想像の範疇なのだが、裏工作があったように感じずにはいられない動きを試合中感じていた。


判定までもつれた、いや、もつれさせられた挙句俺は負けさせられた。そんでもって、鳥居劇団の復帰パフォーマンスは成功し、野郎は連日テレビに出やがっているって状況だ。


「しかもだ!デビュー以来無敗の俺が唯一負けたのがこいつだってのが腹立つんだよ!クッソ!もう一本開けんぞ。」


テレビのチャンネルを変えてもう何本目かの缶ビールをいっきに飲みほした。


「ゲン飲み過ぎ。まあ、実力はお前のがちびっと上だったんだろうけどさ。はるかに鳥居の防衛力が上だったてことだろ。それはボクシングに留まらず…てな!」


「…マサ、喧嘩売ってんのか?殺っちまうぞ。」


「ん?プロとは思えんなお前。」


雅也とは高校時代の同級生で、早々に中退した俺の数少ないダチだ。こうやってたまに愚痴を聞いてくれるいい奴。


こないだ結婚したばっかで今は奥さんと暮らしている。そんで今日は久々に練習終わりに愚痴を聞いてもらってるところだ。


「マジで。んでマサァー、火とって。」


「あれ、タバコ止めたんじゃなかったっけ?」


「いい。今日だけ規制緩和だバカヤロウ!」


「んん。やっぱプロじゃねぇなお前。」


しかし、久々のタバコに火を着けようとしたタイミングで雅也の携帯が鳴った。


「おっと、じゃあそろそろお開きで。奥さんの迎え行かなきゃだから。」


「女子会だっけか。偉いね〜文句も言わず酒飲まず待機して迎え行ってやんだからな。かっこ良すぎて何か焦ってくるわ。」


雅也の奥さんは妊娠してて、俺は奥さんのお迎えの時間までの暇つぶしに家にお招きされたという訳だ。


「じゃあな。頑張れよゲン。」


「おめえも幸せにな。」


そう言ってマサの乗ったワゴンを見送り、割と暗めな夜道をふらつきながら暫く歩く。


駅に向かう途中、信号待ちで先ほど吸いそびれたタバコを思い出し火をつける。


久々の自分からでる白煙を目で追っていると、後ろの方でジムの仲間の声がした。


「やべっ!」


ぼーっとして気付くのが遅れた。


そしてとっさに足元にタバコを落とすとヤニクラか、酔ってたせいか、上げた足が車道に出ていった。


刹那タイヤの擦れる音とともに俺の身体は宙を舞った。


「…?」


そして体がアスファルトを滑り終わると、激痛と共に何とも言い難い浮遊感を味わう。


「そっか…そっか。」


最後に目に映った月はまるで負けたまま終わるのは悔しいかと尋ねてくるかのように見えた。


「おい鳥居…ズルしたくせに笑ってんじゃねえよタコ…」


俺は、遠くに消えていく光にそんな言葉を吐き捨てた。
















…気がつくと役所の待合室のような空間の腰掛けに俺は背中を丸めて座っていた。


「…ここどこ?」


頭はまだ働かないがとりあえず身体は何ともない。それは感覚で分かる。何となく。


「死亡確認でお待ちのひかべげんさーー?あ、くさかべ!日下部元さまー!」


急に奥の方のカウンターから大声で若い女の子が叫ぶと、最初からいたのであろう周りの人たちがクスクス笑いだした。


俺はと言うと、よく分からないが名前を呼ばれた体は立ち上がり、奥の窓口に座る女性の方に歩んでいく。



…意識ははっきりしているが、ぼんやりともしている。



「じゃあ、お掛けください。」


言われるがままに椅子に座ると彼女は申し訳なさそうに小声で言った。


「担当者の長田梨華と申します。単刀直入に言うと…こちらのミスなんです。申し訳ありません。」


俺は何がなんだかと目で彼女のネームプレートを見ながら聞いてると彼女は続けて、


「最初の事故は間違いで、本当は生きているはずだったんですが、さらに私の確認ミスで、生き返るはずだったのに、死んじゃったというか、そのー、ごめんなさい!」


声がだんだん大きくなるに連れ周りがざわつくが、そんなことより俺は言いたいことがある。


「…じゃーさ、取り敢えず全部もう一回言ってくれる?最初から分かりやすく。」


彼女は頭を下げた勢いで飛んで行ったネームプレートをつけ直しながらコクコク頷いている。


日下部元。交通事故によりたぶん死亡。享年21歳。

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