とある殺し屋の一日
ビルの屋上に腹這いになって、俺は標的の心臓にライフルの銃口を合わせた。
殺し屋を始めて3年、収入はそこそこ。未だ世間を騒がせるような仕事はした事がないが、まぁする気も無かったりする。
今回の依頼は、ある国の政府の重役につきまとう女を殺せとのこと。女一人殺してその国がどう動くのかは聞かされなかったし、聞く気もなかった。写真は渡されたが、名前も知らない。知らなくても良い。ただ依頼を迅速、かつ慎重に全うするということだけだ。強いて言うなら、可愛くもない女一人死んだところで何が変わるのだと言いたい。
あらかじめ女のスケジュールを把握し、人気の少ない場所に行く時間帯を狙ってそこを狙撃しやすいようなビルを探し、そこの鍵の在処もつきとめておく。鍵が無い屋上で突然誰かに開けられるかもなどと考えていては殺せるものも殺せない。鍵はギリギリまで盗まずにいる。騒ぎになって万一警察でも来ればここまでの俺の計画は全てパァになるからだ。勿論鍵を盗むなんて初歩の初歩であるから失敗したりはせずに、今俺は満を持してこの場にいる。周りにはこのビルより高い建物はなく、人目に付くのは99,9%ないといっても過言ではないだろう。都会のくせにここら一帯はあまり開発が進んでいないのか、さほど高くないビルだったので標的を外すことはないはずだ。視力は両目とも2,0以上とかなり良いから今も霞む事無く標的が見えている。
しっかし…
「ブサイク…」
まぁ絶世の美女なら殺せなくなるよな、とか思いつつ、引き金を引こうとしたその刹那。
「あら、最近のキューピッドは進化してるのね、でも弓矢の方がお似合いよ」
背中に冷たい銃口が突き付けられる感覚と、それと同時に聞こえた冷たい女の声。
目下の女は友人らしき奴とお喋りに興じているから後ろの女とは別人なはずだ。
「つーことは、雇われたのか。あれに」
「えぇ、まぁね」
カシャン、と俺はライフルを手放し、お手上げと言うように手を上げて、特に動じはせずに後ろを振り替える事無く女に尋ねると短い返事。
「そんな金持ってたのか…」
「安月給よ、嫌になっちゃうわ。まぁあんたみたいな奴のおかげで暇潰しはできるから助かるけどね」
俺を嘲笑うかのようにそう言うと、女は少し銃口を押しつける力を強めた。
嗚呼、これだから馬鹿な女は嫌いなんだ。聞いてもいないのに無駄口叩きやがって。
心の中で舌打ちしていると、女は「最後に何か言うことある?」と聞いてきた。
「あー、じゃぁ、1つ」そう言うと、俺は素早く横に転がり1発目の銃弾を避け、ついでに足を使って女の銃を叩き落としてコートの裏にある胸ポケットから小型の銃を取り出し、女に向けて構えた。
「無駄口は叩かない方……が」
少しびっくりしたような女は、まとまりのある綺麗な髪を垂らし、ぱっちりした目、ニキビ一つない美しい肌。
そして、ナイスバディ…ショートパンツから覗く長く細い足は女でも羨ましがりそうな程なのに、男の俺がどうして反応しないでいられようか。
「ストライク」
「は?」
本当に最近のキューピッドは進化していたようだ。