私と彼だけの大事な日…
まだ昼過ぎだというのに今日はやけに空が暗く、じめっとしていた。しかし、それは私だけが思っているだけなのかもしれない。今日、それは毎年、私にとってとても大事な日だからだ。今も、そしてこれからもこれは変わらないだろう。
――二年前、私が高校二年生のとき、私の彼、幼馴染で同い年だった彼が亡くなった。やっとお互い気持ちを伝え合い、付き合い始めた矢先のことだった。あの時のことを思い出すと今でも涙が溢れ出す。案の定、今も私は目にいっぱいの涙をこらえながら出かける準備をしていた。身支度を済ませ、小さく部屋を見渡し、アパートの自室を出て鍵を閉めた。
「行って来ます……」
私は誰もいるはずのない、一人暮らしの自室にむかって小さく言った。たいした意味のない、しかし今日に限ってはとても大事な儀式のようなものだった。外にでると目の前にある通りに一台のタクシーが止まっていた。あらかじめ私が呼んでおいたものだ。フロントガラスを覗き込むと運転手が携帯電話をさわっていた。ふっくらとした、白髪交じりのおじさんだった。ふと、目が合いおじさんは優しい笑顔で軽く会釈をした。私も釣られて、涙をこらえたまま、会釈をした。おじさんが運転席を弄ると後ろの客席のドアがひとりでに開いた。
後ろに乗り込み、大きく深呼吸をした。そうしなければ、今にも泣き出してしまいそうだった。
「どちらまで?」
おじさんがやわらかい声でそう言った。しかし、私は声を出すことができなかった。今、口を開くと嗚咽を漏らしそうだったからだ。
「……お客さん? どちらまででしょうか?」
おじさんは涙目の私に気を遣ってくれたのか、少し待って、また優しく聞いてくれた。
「……三崎遊園地まで…」
小さくそう言うのがやっとだった。ちゃんと聞こえただろうか? 私は少し心配になったが、おじさんはまた、やさしく、「はい」と返事をしてくれた。
車窓に映る風景がゆっくりと変わり始めた。私は窓に寄りかかり、外を呆然と眺めていた。彼とはたった一度だけ、デートをしたことがあった。彼から誘ってくれたものだった。うれしそうに遊園地のチケットを持って私に言ってくれた。
「今度の週末に三崎遊園地に遊びにいかない?」
――私達が住んでいた場所から三駅離れた場所にある小さな遊園地だった。それでもアトラクションはしっかりしていて、休日には割と家族連れのお客さんが来ているようだった。デート当日の朝、私は寝坊して少し待ち合わせ場所に遅れたのをよく覚えている。家自体はすぐ近くなのに、どこか気恥ずかしかったのか、家から少し遠くで待ち合わせしていたのをよく覚えている。あの日の事は二年経った今でも鮮明に覚えていた。待ち合わせ場所には、先に彼が到着していた。彼に「ごめんね」と謝ると、「俺も今来たところだよ」と笑顔で答えてくれた。少し彼は落ち着かない様子だった。電車に乗って話をしながら遊園地にむかった。ただそれだけの事だったけど私はそれすらも嬉しく感じていた。今思うと昔からずっと好きだったのがよく解った。
ぽつん ぽつん ぱらぱらぱらぱら――
気づくと窓の外は一段と暗くなった気がした。車体を強く雨が叩いている。それに釣られるように今まで堪えていたものが一筋だけ、頬に流れていた。
「今年も降ったね」
誰に言うわけでもなく、自分だけに聞こえるように言った。おじさんにはエンジン音と雨音がかき消して聞こえなかったようだ。
「……もうそろそろ着きますよ。」
しかしさっきの言葉に答えるようにバックミラーを見ながらおじさんは優しく言ってくれた。私は急いで頬を拭った。
遊園地の前にゆっくりとタクシーは止まった。料金メーターを見て財布を取り出そうとして運賃を精算した。またひとりでにドアが開いた。
「お客さん、傘は持っていますか?」
おじさんは心配そうに私にそう聞いた。私は、「いいえ、でも大丈夫です」と精一杯の笑顔を作って答えを返した。
ゆっくりと外に出て遊園地を見た。雨のせいか空気が重かった。雨が次第に私の髪と服と心を濡らしていく。私は入場券を一枚買って中に入っていった。
「あの時のまま…」
去年も言ったであろう台詞を口にした。そう、去年も悲しみに暮れながらここを訪れた。しかし、今は去年ほど悲しみに包まれてはいなかった。それでもまた、時を重ねる毎にこの思いは風化していくのかと感じ、悲しみを呼んだ。
すでに六時を廻っていた。辺りはいよいよ暗さを増していた。それでも私は彼との約束の場所へとむかった。
――遊園地に着いた私と彼は少し途方に暮れていた。私は絶叫系の乗り物には乗れなかったのだ。案の定、さしてやる事のなくなった私達は遊園地の真ん中にある大きな噴水にいた。噴水の前には白い椅子とテーブルが並んでいて私達はそこに座っていた。私があまり楽しくなさそうに見えたのか、彼はしきりにごめんねと言ってくれていた。私は彼と一緒にいれるだけでよかったが、彼にとってこのデートは失敗だったようだった。時間も過ぎていき、いつの間にやら辺りは暗くなっていた。そして
ぽつ ぽつ ぱらぱらぱらぱら――
間の悪いことに急に雨が降ってきてしまった。私は席を立ちどこか屋根のある場所に行こうとしたが、彼も一緒に席を立ったが、しばらく噴水のほうを見て動かなかった。
「どうしたの?」
私が聞くと、彼は少し遅れて
「ここの噴水さ、俺の思い出いっぱいあるんだ。家族で来たときとか、友達と遊びに来たときとかさ。……だから、君ともここでの思い出、何かほしいと思ってここにきたんだけど……」
そう言って彼は濡れた頭を掻いていた。そのとき、私は彼のためにプレゼントを買ったのを思い出した。それを上着のポケットから取り出して言った。
「じゃあ私からプレゼント。今日はありがとうね。」
そう言って彼の手をとって手のひらにひとつの銀色の指輪をのせた。彼は嬉しそうにぎゅっと指輪を握り締めて、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ありがとう。」
彼は耳元でそう呟いてくれた。
「また来年もここに来よう。この噴水の前に。きっと、来年も二人のいい思い出ができそうだ」
彼はそう言ったあとに、そっと唇を重ねた。
自分の唇を指でなぞりながらあの時のことを思い出した。私は今、雨に紛れて大泣きしているだろう。雨が地面を叩く音に嗚咽が混じっていた。
――カツン カツン……
私の後ろから誰かの足音が聞こえた。でもきっと今の私はひどい顔してるだろうから後ろを振り向くことはなかった。
「そんなに雨に濡れちゃ風邪ひくよ?」
懐かしい声が聞こえた気がした……。ゆっくり後ろを振り向くと同じくらいの歳の見知らぬ男の人が傘も差さずに立っていた。左手の中指には見覚えのある銀色の指輪をしていた。
「どうしたの? そんなに泣いて…何か悲しいことでもあったの?」
男の人は懐かしい声で、彼とよく似た口調で、私に優しく話しかけた。
「待った? 去年の約束の日からずいぶん時間経っちゃったけど――」
私はぽろぽろと頬を濡らしながら彼を見ていた。やっとの想いで
「……今来たとこ…。」
と言った。それを聞いて、彼は私の肩をぎゅっと抱いた。「ありがとう。」っと耳元で囁いてくれた。
「また来年もここに来よう。この噴水の前に。きっと来年も二人のいい思い出になりそうだ。」
彼はあの時と同じように、同じ台詞を言った。あの時に戻ったようで私は泣きながら彼を抱きしめていた。ふと、あの時とは違う台詞を一言つけたした。
「今度は笑顔でね」
彼は笑顔でそう言ってくれた。
私はとびきりの笑顔で答えてあげた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。今回はちょっと不思議な? 切ない? 恋物語? なのかな?
を書いたつもりです。
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