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脇役  作者: 柑橘ルイ
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脇役八

 平身低頭でなんとか許しを得た晶は改めて前方を見ると砂ばかりの砂漠に何か動くものを捉えた、それは巨大な黄色い猪姿の魔物であった、それを見た瞬間晶の胃が動き空腹感が増す。


「チッやっぱり……グレートボアじゃねえか、一旦此処で待機だ、やり過ごすぞ」


 その魔物は厄介なのだろう、ジャースの声には苛立ちが含まれていたが、晶は返答しなかった、というよりも出来なかった、すでに空腹がかなり酷かったが食べ物を見つけついに限界に達したのである。


「晶?」


 晶の様子がおかしいと感じたのだろう、再度ジャースが呼びかけるが集中している晶は全く反応しなかった。


「く……」


「は?」


 うまく聞き取れなかったのかジャースは聞き返す。


「肉、豚肉、いやボタンか、ボタン鍋、または焼肉、乾燥して保存食、うまくいけばホルモン焼きとか、出汁に豚骨もいけそう」


 ボソボソと口早にやばい言葉を発する晶は涎を拭く、デザートボアの見た目は黄色い体長三メートルほどの大きさとはいえイノシシであり、晶から見たそれはとても美味そうであった。


「ボタンナベってなんだ? いやいや、そうじゃなくて、あれは魔物だぞ」


 ゆっくりとデザートボアに近づく晶の言葉を、一部理解したようすのジャースは止めに入るが晶には関係なかった、いかに気付かれずに近づくか、いかに一撃で仕留めるか、飢えが限界に達した晶はこれを逃すともう食い物にありつけないと最高の集中を見せる。


 刃物はジャースから素早く拝借し足音を立てないようにゆっくりと移動する、その際出来るだけ風下から近づき極限まで心を冷たく無心にした。


「嘘だろ!?」


 得物があった場所に手をやるジャースを眼の端で捉えたが晶は無視した、静かにだが素早く近づいた晶の目の前にはグレートボアの頭部がある、餌を取っているのか砂に鼻先を突っ込んでいるが耳がせわしなく動いて警戒している、しかし目の間に前にいる晶には気が付いていないようである。


 ゆっくりと左手のダマスカスナイフを振り上げ体重をのせ振り下ろす、分厚い頭蓋骨を貫通する感触が伝わると同時に、晶は駄目押しとばかりに右手のダマスカスナイフで首を掻っ切った。


 重々しい音と共に倒れこんだデザートボアの身体が痙攣する、しかし数秒後には微動すらしなくなるのだった。


 人間命に関わるととんでもない能力を発揮するものである、ジャースの視界から消えて刃物を気づかぬうちに盗み、物音立てずに魔物背後に忍び寄る、そして的確に急所を切り裂いたのである


 実はこのとき使用した暗殺技術は少し違っていた、ジャースの猛特訓を受けていた晶だったが多少は技術が身についた程度だった。


 まだまだ実戦には使えなかったがそれもそのはずで、ジャースから教えた貰った暗殺技術は基本的に魔技術を使用したものなのであった。


 魔力を全身に覆い周囲に溶け込むのだが晶は魔力を扱う才能が全く無い故に、全ては自分の存在感の無さを最大限に発揮した暗殺技術だったのだ。


 もっとも本人は空腹と食料に集中して気づくことなく、もう一度やれと言われたら命が掛かった極限状態にならないと出来ないだろう。


「フンフフン~ラリラリラ~」


 久々の食い物に嬉しい晶は陽気に鼻歌を歌う、しかしやっている事は結構グロテスクであった。


 周囲は血まみれ、イノシシの解剖図が広がっていた、食えるように解体中である。


「なあ、本当に食うのか?」


 ジャースは嫌そうな顔をしていた、野生のイノシシならともかく魔物である抵抗感は物凄いのだろう。


「ん? 無理にとは言いわないさ、でもオレは我慢で出来そうにないな」


 晶は首をかしげる、その姿は顔についた血糊や血まみれの両手を動かしており、かなり残虐な人間に見えるだろう。


「そ、そうか……」


 引き気味なジャースの頭に汗が流れる、そうこうしている内に解体終了、晶は火を焚こうと燃えるものを探すが砂ばかりの砂漠である、それといって燃えるものが無かったが晶は止まらなかった。


 周囲を見回し目に留まったのは先ほど狩ったデザートボアだった、そして毛を剃ってかき集めたのである、あっという間に燃え尽きるかもしれないが大量にあるため、継ぎ足しながら燃やそうという魂胆であった、その場限りだが二、三人分は焼けるだろう。


 晶は火をつけようと赤い少女を探すが足元に赤い少女が一人覗き込んでおり、物凄い期待に満ちた顔をしている。


「ああ、点けてくれるか?」


 晶が頼むと嬉々として火種をだし魔物の毛が点火する、串にさした肉に塩を振り、火を点けた赤い少女を優しく撫でながらしっかりと焼く、すると美味しそうな肉の焼ける匂いが漂いはじめ、ポタポタと脂が滴り、脂肪や肉が焼ける音が食欲を誘う。


「上手に焼けましたー」


 お腹を鳴らしながら晶は焼肉を掲げた、それはもう目を輝かせとても嬉しそうであり、もはや食うことしか頭に無い晶は遠慮なくかぶりつくのだった。






「いける!」


 そう叫ぶと晶は猛然と食べ始めた、そんな様子をジャースは見つめていた、なんだかんだ言いながらもジャースもやはり空腹でなのである。


 肉の焼けるいい匂いが刺激となり空腹感がさらに増す、目の前で美味しそうに食べられると流石に自身も食べてみたいと思うものである。


(美味そう、魔物食うなんて考えもしなかった、食えるのか? 食うか? いやしかし魔物だぞ、どうする? どうする!?)


 しかし食べているのは野生の動物とは違う魔物である、いままで魔物を食うということを思いもしなかったジャースは心の中で物凄く葛藤していた。


 口の中に涎が出て飲み込む、その音が聞こえたのだろう晶が振り向いた。


「どうぞ」


 晶が串にさした焼肉を差し出した、空腹状態に目の前に肉汁が溢れる焼けた肉である、ジャースは手を出したり引っ込めたりと繰り返したが、やはり食欲にかなわないものである、そのうえ晶が実際に食べているのである。


「貰うぞ」


 我慢出来なかった、気合と共に手を伸ばし思いっきりかぶりつく、その瞬間口に広がる美味しさに驚き眼を見開いて一気に食べ始めた。


「美味いな!」


「だよな!」


 同じ感想が嬉しいのか晶は目じりを下げていた、二人して次々肉を消化していく、晶は嬉しそうにしながら甲斐甲斐しく自分も食べながら肉を焼いていった。


 「しかし魔物を食うなんて発想は無かったな」


 満たされたお腹を擦りながらジャースは驚いていた、野生の動物とは違い魔力に侵された異常な動物である魔物を食す、という発想は初めてだった。


「この魔物がイノシシ姿だったのが幸いだったな、サソリとか昆虫型だったら食おうとも思わないよ」


 腹が膨れて落ち着いてきたのか晶の顔は綻んでいる、しかしジャースは懸念することがあった。


「このことは周りには黙っていたほうがいいかもしれないな」


「そうなのか?」


 真面目に話すジャースをみて真面目な話と理解したのか晶は姿勢をただす。


「魔物を食べるなんて誰も考えない、考えもしない、そんなものを食ったなんて言ったら、何されるかわからないぞ」


「あー、確かにそうかもしれないな、オレも他に食うものあったら食おうとも思わなかったからな、勇達に合流したら密かに処分しておこう」


 晶は焼肉以外にも保存用として干し肉用の肉も用意していた、砂漠なのであっという間に乾燥するだろう。


「あ、ああそうだな」


(そうだよな、こいつはあいつ等のところに戻るんだよな……)


 ジャースの心に言いようの無い寂しさのようなものが浮かぶ。


「ジャースさん? どうかしたのか?」


 ジャースの返事は若干返事が弱いことを感じ取ったのか晶は心配そうである。


「ん? なにがだ?」


 そしらぬ顔で返すジャースは気のせいだとするのだった。






 晶の目の前に砂の壁が立ちはだかっていた、その正体は砂嵐なのだが規模が巨大である、上を見上げれば途轍もなく高く舞い、左右を見渡せば地平線に消えるのかと思うほどに広がっている。


「これは、凄いな……」


 凄まじい光景に晶は呆然とするばかりである、遠くで見つけた時は砂煙のようなものだったが、近づくにつれ壮大さがよく分かった。


「だろう、この中心に祭壇がある」


「中心……」


 晶が視線を向けた先は砂嵐の中心らしき場所である、大量に舞う砂によって満月の光がさえぎられ暗くなっていた。


「其処を拠点にしていたんだ、だれも好き好んで砂嵐のなかに入ろうとする奴はいないからな、襲われなくて丁度いい場所だったさ」


 この砂嵐は防御という点に関してはかなり有効だろう、黒い牙達の後を着け入り込んだ者も居るだろうが慣れていないと嵐の中で迷ってお陀仏の可能性が高そうである。


「行くぞ!」


「こ、心の準備が――」


 あまりの光景に物怖じする晶だったが、ジャースが強引に手を引っ張られ砂嵐へと引きずられるのであった。


 叩きつけられる砂と飛ばされそうな強風が晶を襲う、視界が悪く風音しか聞こえない状況を二人は進んでいた、この中で方向を見失えば生きて帰ることは非常に困難だろう、過酷な状況に晶は時間の感覚も狂いどれほど時間が経ったか把握できないでいる、しかし永遠と勘違いしそうな砂嵐も唐突におわりをつげた、突如風が止み視界も正常に戻ったのだ。


「抜けたぞ」


 ジャースの言葉が聞こえ晶は周囲を見回す、其処には何かの遺跡らしき建造物があった、遺跡を中心に平穏な砂漠があるが、途中から先は壁の如く聳え立つ砂嵐が存在している。


「なんだこれ?」


 呆気に取られた晶だったがそれもそうだろう、砂嵐がくっきりと境界線から遺跡側へ入ってこないのである、円を描くように渦を巻き、真上の丸い空の中心には満月が一つあるのみ、まるで竜巻の中心に居るかのような様相を呈していた。



「ほら、ぼさっとしてないで行くぞ」


「わ、わかった」


 引っ張られ自分を取り戻した晶は後を着いていく。


「しかし勇達はまだたどり着いていないみたいだな」


「そうなのか?」


 眉を顰める晶はまだ砂嵐があったことから予測をたてていた、勇がたどり着いていれば砂嵐が晴れているはずだが未だ発生しているのである。


「それなら、多分着ているな」


 晶の説明を聞いたジャースは砂嵐を見ながら反論した、なんで分かるのかと晶は視線で問うとジャースいわく大分砂嵐が弱っている、勇者が来て砂嵐が止むというのなら、既にたどり着いて徐々に消えているのだろうということであった。


「あの強さで大分弱まっているとか……」


 ゲンナリする晶だったがふと疑問がわく、猛風に飛ばされる砂は思った以上に危険である、晶も砂嵐の中では顔に砂が当たりかなり痛かった、大分弱ってそれなのだ、弱っていないなら傷もつくだろう、ジャースは細いから布で身体を覆るがタウロ達は筋骨隆々で完璧に覆そうにないのである。


「タウロ達は少しでも砂で傷つかないように身体に油を塗ってすべりを良くするんだ」


「あの気持ち悪いテカリにそんな意味もあったのか!」




 昔からある祭壇といわれているだけに、いかにも遺跡といった構造の廊下を二人は歩く。


「なあ」


「なに?」


「普通、出てくる魔物を倒しながら進むんじゃないのか?」


「はっはっは、無視できるモノは無視でいく、戦うだけ無駄だな」


 やり方が違うとはいえ二人とも気配が消せるのだ、出てくる魔物は殆ど二人に気づかないのである、たまに気配に敏感な者には気づかれることもあるが、素早くジャースが始末して事なきをえていた。


「しかし誰も居ないな」


「いつものなら巡回している奴が誰か居るはずだが……」


「もしかしたら勇達が対処に追われているかもしれん」


 勇達も歩きで祭壇にきているだろう、しかし晶がまだ人質に取られていると思っているはずである、そうなると早くたどり着くために足早に移動してきた可能性が高い。


「おい、誰か来たぞ」


 その時ジャースはなにか捉えたのか晶に注意を促す、二人は音も立てずに近くの小部屋へ隠れた。


「なんだ?」


 ジャースは眉をひそめ困惑しているようであった、なにがあったのかと晶疑問に思うが直ぐ理解した、足音が聞こえたのだが軽く間隔が狭いのである、あまり体重の無い、歩幅の小さな足音、まるで子供のような足音であった。


 こんな魔物と盗賊がいる場所に子供が居るわけが無のだ、しかし足音が大分近づき晶にも目視で判断できるようになった。


「なんでこんな所に!?」


 晶が驚くもの無理は無い、居ないと思っていた小さな子供が居たのである、しかも何かに追われているのだろう、たまに後ろを振り返りながら必死に走っていた。遠くにはサソリ型の魔物が数匹見える。


「あれは……チッ仕方ないな」


「あ、おい!」


 晶は子供に駆け寄る、後ろからジャースは止めようとしていたが無視した、たしかにこんな物騒な場所に子供である、何かが変装しているか罠の類の可能性が高かった、しかし晶には理由があった。


 晶は子供を素早く抱きかかえ再度小部屋へと隠れるが子供を追いかけていた魔物も晶が隠れた部屋に入ってくる、しかし晶には気が付かないようであった、部屋を見まわしていたが突如力が抜けたように次々と倒れこむ。


「晶! いきなり何してんだよ!」


 立ち上がりながらジャースは晶を睨みつける、晶を追ってきた所を後ろからジャースが殺したのだ。


「ご、ごめんなさい」


 牙を剥くジャースの迫力に晶は縮こまって謝る、ちなみに子供は突然のことで呆然としたのか大人しくなっていた。


「実はこの子供を何処かで見た気がしたんだよ」


 その子供は七~八歳で長く赤い髪を無造作にたらし無垢な赤い瞳を二人に向けていた。




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