表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脇役  作者: 柑橘ルイ
4/26

脇役四

「ついでだ、魔技術まぎじゅつも説明しておこう」


 勇の唸っている姿を見ながら思案顔のユナが提案した。


「魔技術? さっき俺が吹き飛ばされたやつか?」


「そうだ、本来は鍛錬を繰り返し、自分の中にある魔力を感じ操るのだが……」


 安全のためかユナが答えながら、晶達から少し離れた位置で説明する。


「あの……御免、魔力を感じるってどうやるんだ?」


 申し訳なさげに手を挙げる晶に、全員の視線が何をしていたと鋭く突き刺さる。


「さっき……説明した……」


「すみません、聞いてなかったです」


 少女達の実験をしている時に説明されていたのだろう、晶は素直に頭を下げる。


「だったら知らなくて良いのでは?」


 マリアの侮蔑の視線が痛い晶は申し訳なさで縮こまるばかりである。


「そう言うなって、晶にも教えてやってくれないか?」


「わかりました!」


 勇の一声で明るく返答するマリアだったが、晶に振り返った時には打って変わって、あきらかに面倒くさいと言いたげな顔であった。


「ハア……これはグロウアの腕輪です」


 ため息をしながらマリアが渋々といった感じで手を出す。


 掌の上には金色で装飾が一切無い簡素な腕輪があった。


「それは術者見習いが着けるもので最初の段階、魔力を認識するための物です。魔力とは……簡単に言うと空気中や体内にある、不思議な力が込められた小さな粒と思って結構です、では着けて下さい」


 魔力を操る才能が有ったとしても見えないものを認識するのは難しいもので、主に視界を中心に補助し認識するための道具がグロウアの腕輪であった。


「空気中や人などから発せられる魔力を見ることが出来ますが、わたしやメイの周りに何か見えますか? ユナは少し違って見えると思います」


 マリアに言われて腕輪を付け、目を凝らすが晶には何も見えない、続いてユナにも目を移すがやはり何も見えず、相変わらず小さな少女達が漂っていたり、座っていたり散歩していたりしているだけである。


「何も見えませんね」


「そうなのですか? だとしたら才能がまったくありませんね」


「ぐふ!」


 抉り込むような容赦の無いマリアの言葉に、晶は胸を押さえ地面に両手をついた。


「少しでもあれば……神官や魔術師などの周囲に、撒き散らす霧のように……騎士や戦士などは立ちのぼる陽炎のように……薄っすらと見える」


 落ち込んでいる晶に視線を合わせるためだろう、メイはしゃがみ込んで補足する。


「たぶん……オレ達のいた世界には魔術は無かったからな……そのせいだとおもう」


 礼を述べながらよろよろと晶は立ち上がり予想を立てる、それが一番の納得できる理由でもあった。


「勇者様はありましたけどね」


「どれだけ優秀なんだアイツ」


 勇の才能にうっとりとするマリアだったが、反対に晶は異世界に来てまで新たな才能が発見される勇の完璧ぶりに呆れるほか無い。


「では技の続きを説明するぞ」


 説明が終わり魔技術の講義をユナが再開する。


「まず内にある魔力を感じ、それを体の何処か、又は武器に送り込み」


 木刀をゆっくり上段へもっていき、頭上で停止すると青白く光始める。


「刃についた水滴を飛ばすように……放つ!」


 一気に振り下ろすと、切っ先から青白い衝撃波が撃ちだされるのを晶は見た。


 しかし先ほどの模擬戦と比べ大分小さいものだった。


「今のは分かりやすくゆっくりとやったが、実戦では素早く使用できないと話しにならないからな」


 一息つき構えを解くユナは先ほど勇に放ったときとは違い、それほど疲労が無いようだった。


「横に薙いだり、突いたりとか他にないのか?」


 勇が疑問を口にする、同じ事を晶も考えていた。


 上段のみだとすれば動きを見ていれば比較的避け易いだろう、もちろんフェイントをなど分かりにくくしたり、かなり速度で振ったりなど創意工夫されているのが当たり前だろう。


「いや、突きや横薙ぎもある。他にも身体纏わせて一時的に身体能力を上げることも出来る。聞いた話だと全身に魔力を回し気配を消すことも可能だそうだ」


 ユナの説明になるほどとばかりに二人が納得しながら頷く。


「魔力を感じ」


 早速実行し始めたのか勇は目を閉じ、レイピアを持つ左手、左半身を前に出した構えを取る。


「送り」


 レイピアを前方に向け胸元に持っていく、するとゆっくりとだが刀身が光りだした。


「打ち出す!」


 瞳を開くと同時に突き出す、その瞬間、先端から弾丸のように、細く鋭い青白い衝撃波が撃ちだされた。


 ガッツポーズをとる勇は結構嬉しそうであったが少し息が荒くなっている。


「しかし意外と疲れるもんだな?」


 感想を述べる勇に晶は呆れ顔であった、魔力を知ったばかりなのに使用したのである、フェンシングをやり込んでいるとはいえ直ぐさま実行出来ることに驚きを通り越し呆れるほか無い、この世界でも驚異的なのだろうメイとユナは呆気にとられ、マリアは目を輝かせていた。


「あ、ああ、手加減無しで放ったからだ」


 正気を取り戻したユナは説明を続ける。


「魔技術はこれ以外にも色々とあるが一つ扱えるまでが苦労する。だから基本一人一つなのが多いな」


「魔力を感じることは出来るなら、魔術と技は同時に使えないのか?」


 レイピアを手で遊ばせながら勇は疑問を口にする。


「はい、体内の魔力を感じるのは同じですが、それをどう操るかはまったく違うのです。頭で理解し法則を覚える、それらを書物などから学んでいく方法が魔術、魔力を込められるまで一つの動作を体になじむまで行いうのが魔技術です」


 マリアが熱のこもった声で答えながら、潤んだ瞳の視線が実行した勇に注がれている。


「魔術が理論などの学術的なものに対し、魔技術は体に覚えさせる武術的なものといったところか?」


「そう……そして魔術は詠唱する分発動が遅い……けど遠くまで届く……魔技術は直接発動するから……素早く打ち出せる……でも射程が短い……」


「一長一短がしっかりとあるんだな」


 メイの補足を聞き、世の中上手く出来ているよなと晶は頷きながら感心するのだった。


「そうだな、だから魔術師が一方的だったりはしないし、逆に騎士達が優位と言うわけではない、お互いに協力し合うことが大事だな」


 ユナが指を立て晶の意見に同意するように頷いていた。


「フ……根本的な魔力が認識できない自分は役立たず……足手まといは避けたいな……」


 気落ちする晶は気持ちを和ませるため、足元を通りかかった茶色い少女をなでくりまわすのだった。







「勇者様と晶さんはこちらをお使いください」


 元々一泊させるつもりだったのだろう出発は明日となった。


 晶と勇が通された部屋は豪華な作りになっており、金、銀、そして宝石が散りばめられているが派手さは無く、意匠は必要最低限に留められている。


 椅子やベッドは上質な物を使用しているのが晶は感触で分かった。


「私は隣の部屋にいますので、何かご入用でしたら遠慮なく言ってください」


 失礼しますと笑顔を勇にだけ向けてマリアは退出した。


「やっと落ち着けたような気がするな」


 勇がベッドに横になりながら言う、その意見に同意しながら晶は椅子に腰掛一息ついていた。


「まあ、召喚されてから謁見、選定、そして模擬戦と立て続けだったからな」


 感じている以上に疲労が大きかったらしく、ため息と共に漏らす晶だった。


「本当に現実なんだよな」


 夢物語のような現象だからだろう、ベットで横になっている勇は天井へ手を伸ばし、握ったり開いたりして夢ではない事を確認しているようだった。


「かなり非現実的だけど、痛みはもとより五感がしっかりあるからな」


 晶も椅子に座り、自身の掌を見ながら同意する。

 

「実は感覚もある夢で、一旦寝たら何事も無く元の世界に戻っていたりしてな」


 笑う勇だったが本当はこれが現実だと認めているのを、晶は言葉から感じ取っていた。


「というか俺たち普通に戻れるって思っているが、本当に戻れるのか?」


「確かにそうだな……念のため聞いてくる」


 マリアにその辺りを聞こうと椅子から立ち上がり、晶は部屋から出ていった。


「たしか隣の部屋だったな」


 晶達が通された部屋は角にであった、そのため隣は一つしかなく其処へ向かい扉を軽く叩く。


「マリアさん、少しいいか?」


 暫く待つが全く返事が無い、首をかしげる晶は再度強めに叩く、しかしそれでも何も反応が無かった。


「マリアさん?」


 失礼と思いつつも晶はドアノブに手をかけると何の抵抗も無くすんなりと扉が開く、鍵は掛かっていなかったのだ。


 晶はそっと覗き込むとその部屋は明かり一つ灯っておらず、暗闇に閉ざされていたため訝しげに思いながらも目を凝らす。


「……」


 廊下から光が差し越す部屋を照らし出し、晶は見に入ってきた状況に何とも言えず沈黙するほか無かった。


 真っ暗な部屋の中マリアは居たがその姿が異様なのである。


 ベッドに正座し、壁に向かい微動すらせず凝視していたのだ、しかも向いている方向は先ほど晶が居た部屋である。


 晶はいままでに自身に向けられた暗い瞳を思い出し、寒気に身を振るわせる。


「見なかったことにしよう」


 触らぬ神に祟り無しと静かに扉を閉め、晶は部屋に戻った。


「どうだった?」


「あー、今は居ないみたいだった」


 晶は室内を見たことを無かったことするため、ドアを叩いたが反応が無かったと説明する。


「そうなのか? 隣にいるって言っていたよな?」


 口にしながら勇はさっさと部屋を出て行き、その後ろを晶はついて行く、晶は今までマリアの態度から勇が相手なら出てくるのでは? と後ろを歩きながら少し期待をしていた。


「マリア、居るか?」


 マリアがいる部屋の扉を勇は叩く。


「ハイ、どうしました?」


 扉に張り付いていたと晶が勘ぐるほどに顔を出すマリアの対応は早かった、振り返る勇は居るじゃないかと言いたげだったが晶は当然無視する、正直なところ勇だから出てきたと言いたかったのだ。


「少し聞きたいんだけど、俺達って元の世界に戻れるよな?」


「え!?」


 勇の質問がかなり衝撃を受けたようで、マリアの顔から一気に血の気が引いていく。


「この世界を……わ、私を……捨てるの……ですか?」


「うお! ちょ、ちょっと待て! 泣かないでくれ」


 身体を震わして涙目になるマリアに勇はあわてる。


「安心しろって! ちゃんと魔王を倒すから、な!」


 勇はなんとか慰めて聞き出している様子を晶は見ながら疑問が浮かぶ。


(マリアさんの態度は何だかやばいな……こう……病んでいるような……だとしたら勇の修羅場で出血ざた!?)


 晶から見ても物凄く言いたくないといった感じであり、戻れると口にだした時も俯いた状態でボソボソと辛うじて聞こえるような声であった。


 勇の後ろから見ていたので俯いた時、あの暗い瞳になっていたのが晶には見えたのである。


「なるほど、色々と手順が必要なうえ魔力も大量にいるのか……おいそれと使う訳にはいかないのか……ありがとうな」


「……」


 マリアが俯きながらかろうじて頷き、勇が扉を閉めるまで顔を上げることは無かった。


「なあ勇、マリアさんはどうしてあんな病んでいるんだろうな?」


 マリアに聞かれたくないため、泊まる部屋の前で話しかける。


「病んでる? なんの事だ?」


 お互いに言っていることが一瞬理解できず黙り込んだ。


「あのな勇、マリアさんの態度、分かっているよな?」


 訝しむ晶は確認をとってみるが相変わらず勇は首を傾げるだけである。


「本当に分からないのか? お前が勇者をやると決めた時のマリアさんだぞ!」


「決めた時……わからんな」


 この時晶は勇の様子が変だと気付き、よく観察すると目の焦点が合っておらず、虚空を見つめヘラヘラと笑っている。


「勇! 目を覚ませ!」


 晶は襟元を掴み全力で揺さぶる、それがこうをそうしたのか勇の瞳に生気が戻ってきた。


「あれ? 何の話ししていたっけ?」


「余程怖かったんだな……何でもない、何でもないんだ……」


 肩を叩き慰める晶はホロリと涙を拭うのだった。


 部屋に戻った二人は明日から大変だろうと、早々に寝ることにしたが、新たな問題が発生していた。


「どうする?」


 勇が悩みながらあるものを見ていた、同じく晶も注視する、そこには部屋の中にあるたった一つのベッドである。


 元々一人しか召喚されないはずであったからだろう、ゆえに部屋は一人用である。


 勇者が就寝する部屋なのでかなり上質で広いが、家具は一つしかなく二人が泊まれるようにはできていない。


「同衾なんぞ考えただけでもおぞましいな」


「やめてくれよ……」


 それなりに大きなベッドであったが、掛け布団及び枕は勿論一つである。


 晶は勇と一緒に寝ている姿を想像し、あまりの光景に身を振るわせた、その姿はまさに同性愛者そのものであり、同じ想像したのか勇も顔を顰める。


「とにかく! 一人はそっちに寝ることになるな!」


 想像を吹き飛ばすためだろう、気合と共に荒げる勇が指差す物を晶が見ると、そこには2人掛けの椅子があった。


 椅子としては大きめだが、元から寝るためのものではない、寝返りを打つとあっさり椅子から落ちたりとかなり寝苦しいことが想像できる。


 そのとき晶に電撃が走るかのごとく名案が浮かび上がった。


 勇を気絶させて自分がベッドを占領すれば、心地よい眠りが約束されるのでは? 真正面からやれば当然負けるが不意を突けば勝つこともあるかもしれない、晶はそう考えた。


 勇に気付かれる前に迅速に行動するため、殴れる手近なもの求め、素早く室内に視線を回した瞬間、とんでもない物が視界に入る。


「勇……おまえ……」


 そこには宝玉を開放した完全武装の勇がいた。


「なに、気絶するのも寝るのも同じようなものさ」


「貴様!」


「お前だって同じ事考えただろう!」


 ドタバタと音が鳴っていたが暫く後には静かになり、部屋の明かりが消えるのであった。






 王都トキは小高い丘の上に作られた街である。

 丘の頂点に王城を建設、その周囲に貴族達の豪邸が立ち並び、さらに周辺には一般市民の住宅が立ち並んでいる。


 丘に沿って都市が形成されており、そのため平地が殆ど無い、大きな通りは緩やかな坂になっているが、道は基本的に階段が張り巡らされていた。


「これまた複雑に入り組んでいるな」


 王城を出て貴族が住む高級住宅街を抜けた晶は、面倒くさいと後ろを振り返った。


 豪邸が立ち並ぶ地区は多少大きめに道が整備されているが、それでも何度も折れ曲がり複数の道が交わる交差路を通ってきたのである。


 迷わないよう先行していたユナとメイの後ろを歩き、やっと一般住宅街へ入り一息ついたところである。


 ちなみに晶達の服装は詰襟の学生服ではない、流石にあの詰襟学生服は目立ちすぎるのだ、二人が目を覚ました時にマリアが服を持ってきたのである。


 晶には厚手の生地を使用した質素で地味であり、頑丈さを求めたこの世界の一般人が着る茶色っぽい服であったが、勇はかなり良い素材ゆえだろう、薄手ながらも丈夫さと動きやすさを兼ね備え、小さな装飾が僅かに入っている白を基本にした一点ものと思わせる高級な衣服であった。


 普通なら服装の差に不快感を示すものだが、目立ちたくない晶には地味である方が都合がいいため特に不満は無い。


「此処まで降りてくるまでマリア達の案内が無かったら、盛大に迷っていただろうな」


 同じく後ろを振り返りながら歩く勇と同意見の晶は道順をなんとか思い出していたが、細かい所が思い浮かばず途中であきらめた。


 慣れれば迷わないかもしれないが、まだ来たはかりの場所なうえにこれといった目印も無いのだ、一発で覚えるのは無理な話だろう。


「攻め込まれた時はこの複雑な路地が敵の進行を遅らせるからな、これも防衛のためだ」


 晶が前へと視線を案内のためにユナが先頭を歩きながら説明する姿は、親が子供言い聞かせるような口ぶりだった、二人が年相応の子供っぽさを見た所為か優しい視線で微笑んでいた。


「勇者様、危ないですよ」


 最後尾にいたマリアが注意を促す、その声が聞こえた瞬間に小さく悲鳴があがった。


 晶が見ると其処にはバランスを崩した女性の姿であった、余所見をしていた勇が女性とぶつかったのだろう。


 女性が抱きかかえていた雑貨が散らばり階段を転がり落ち、晶の足元にも転がったのでとっさに足で止めたあと拾い上げる。


 晶は女性は大丈夫かと一瞥すると勇が手を伸ばし抱きとめていたため女性は無傷のようだった。


「すまん、大丈夫か?」


 よそ見をして女性を危険に晒したのだ、勇の声は申し訳ない気持ちで一杯であった。


「あらあら、ありがとうございます」


 雑貨を拾い集めながら晶は階段を上り勇達を見ると、抱きかかえられた女性は現状を時間が掛かったのか少し呆然としたあとやや遅れて礼を述べ、頬に手をあて柔らかな笑みを浮かべていた。


 その人はマリア達に負けず劣らず美人であった。


 二十代後半ぐらいで大人びており、深緑は真っ直ぐに足元まで伸ばされている、髪と同じ色の瞳で柔らかな笑みを浮かべている姿は、あらあらうふふ、と全て済ましそうであった。


 一般市民なのだろう、厚めの茶色を基調とした生地のワンピースに腰辺りに細い簡素なベルトをしている。


 煌びやかさよりも丈夫さに重点を置いた質素な服装を着ているが、服に包まれた体はとても魅力的であった、女性達三人が自身の体と見比べて悔しげになるほどである。


「ところで……勇者様」


 マリアが勇に近づき声をかけるがその声は酷く暗い。


「ど、どうした?」


 睨まれているのだろう、勇が緊張しているのが晶にはとてもよく分かった。


「いつまで抱きしめているのです?」


 言葉が脳に達したのか勇は抱えている状況に気が付き素早く離れ、恥ずかしげに頭を掻きながらすまんと一言あやまるが女性は気にしていないのか相変わらず微笑んでいるだけである。


「すいません、無事なものがこれぐらいしか残らなかった」


 運悪く落ちたものが殆ど丸い果物や根野菜といったものだったので、晶達は雑貨を少量しか拾えないでいた。 


 不運なことに長々と続く階段を転がり落ち、無事だったものは急いで止めたものや細長い物しかなかったのである。


「まあ、困ったわね?」


 本当に困っているのだろうかと晶が疑問に思うほどに、女性はかわらず微笑みを浮かべているのだった。


「なら俺達と一緒に買い集めるか? もちろん費用は俺達が出す」


「私達に非があるからな、当然だろう」


 勇の意見にユナは同意し、晶も特に反対する理由も無かった。


「こっちも余所見していたし、申し訳ないわよ」


「気にするなって、お詫びだから」


 自然に行うのかはたまた狙っているのか、遠慮する女性に笑顔を振りまきながら勇は手を差し伸べる。


「ふふ、じゃあお願いしようかしら」


 女性はにこやかに笑いながら優しく手を重ねた。


「お嬢様、お名前を窺ってよろしいかな?」


「あら? 名前を聞くときは先に名乗るのが礼儀じゃないかしら」


「これは失礼、私は日乃下勇です、勇とおよび下さい、以後お見知りおきを」


「私はマーガレット、マーガレット・デイ・シーです、よろしく」


「こちらこそよろしく」


 二人は互いに紳士淑女な芝居がかったやり取りをするが、演じる人物は美男美女である、行う様子は非常にきまっていた。


「そういえばどれ位資金があるんだ?」


「そうだな……国庫並みか?」


 金額を思い出しているのかユナが顎に手を当てて首をかしげ、途轍もない返答に一瞬何を言われたのか晶と勇は視線をあわせる。


「国王が……要求すれば……いくらでも出す……」


「「本当に!?」」


 メイのとんでもない答えに晶と勇は目を見開く。


「はい、本当です。現在所持している金額で足りなければ此方で用意すると王様が言われました。このように渡された金額も多いです」


 マリアは小さな袋を懐から取り出していた。


 見た目は小さいが入っている金額は、かなりのものであろうと晶は想像するほか無かった。


「現状は思ったよりも切羽詰っているみたいだな」


「ああ、ゲームとかだと、大概国王からもらったものと言えば非金属製の武器と防具、それと安い傷薬数個買ったらスッカラカンな資金だけだからな」


 向かい合って現状を再度認識する二人であった。






 都市に入る城門の前に広がる大きな通りは非常に賑やかで、左右に足り並ぶ露店から威勢のいい呼び声が響き、小さな子供が元気に走り回り、親子が仲良く散歩している活気溢れた場所である。


「へ~、違う町から来ていたのか」


「ええ、ちょっとした用事でこの王都にきたのよ。もう終わったけどね、後は帰る準備しているところだったんだけど……」


「その時にぶつかったのか」


 勇とマーガレットは和気藹々と話をしながら品物を物色している姿は、晶から見てもなかなか良い雰囲気である。


「勇者様! 無駄話はしないでさっさと終わらせましょう!」


「おっと、引っ張るなって」


 不機嫌なマリアが強引に勇の腕を抱えて引っ張り、マーガレットから引き離していく、強く引かれて体勢を崩した勇は躓きながらも後ろを着いて行くが困惑しており、マリアの機嫌が悪くなった原因は分かっていないのだろう。


「マーガレットさん、勇のこと気に入りました?」


「ふふ、そうね、彼カッコイイし優しいわ、嫌いではないわよ」


 仲良く買い物していたマーガレットが勇に気があるのか晶は探りをいれる。


 惚れたのなら勇のハーレムに入れて楽しもうと画策していたのだが、残念ながらマーガレットの表情が笑顔だけなので判断が難しい。


「私に興味があるのかしら?」


「まったく無いとはいいませんよ」


 今後の勇との関係がね、晶は心の中で付け加える。


「さて、マリアさんが引っ張っていきましたが、マーガレットさんが買うものが分からないでしょうに……」


 表情から読み取ろうと観察するが、これ以上は探れないと晶は諦めた。


 どこかで会うか、はたまたこのまま会わずじまいか分からなかったが、これだけの美人である、覚えて置こうと保留する。


「マリア! 何処行くつもりだ!?」


「どこでもいいです!」


 ユナの呼びかけるが、その場に勇を居させたく無のだろう、マリアは強く反発する。


「ちょっと待て、流石にそれは失礼すぎるぞ!」


 あまりの態度に勇も顔をしかめ注意する。


「ご、ごめんな……さい」


 勇に叱られた事がよほど堪えたのだろう、この世の終わりだと言わんばかりに真っ青になっていた。


「メイさん、彼女のあの異常な姿はどういう事かわかる?」


「それは……」


 晶は前から気になっていた事を質問するが、メイの態度から軽々しく答られ無いと理解できた。


「ふむ……今回はいいさ、まだ出会って間もないからな」


「ありがとう」


 メイと話をしている間に勇が慰めたのか、マリアの顔色も幾分戻ったため晶は一つ提案する


「資金が豊富にあるといっても何が有るか分からないからな、節約していこうか」


「あくまで軍資金……個人の買い物には……そうそう使えない……」


 王に資金を送ってもらうにしても、遠くに行けば届くまでに時間がかかるものである。


 手元にある資金が大いに越したことはないので、晶の意見にメイも頷いていた。


「旅の準備だけど、なにぶん始めてだからな……何を買ってよいのやら」


 マタギの技術に野宿の仕方も教わっていたが、異世界という特殊な場所なうえ、当然魔物も多くいる危険地帯である。


 野性動物に襲われ難い前の世界での山の中と同じ感覚でいくと、危険と判断するのは当然であった。


「実は一通りの物はそろえて門の詰め所に用意してあるが、晶殿の分が足りなくてな、その分を買い足さないといけない」


「ごめんなさい」


 ユナの指摘に節約と言ったてまえ自分自身が負担かけているのだ、晶は申し訳なく謝るしかなかった。







「どうもありがとうございました」


 頭を下げるマーガレットの両手には荷物が抱えられており、色々と歩き回り全て買い終えていた。


「こっちが悪かったからな、本当にすまなかった」


 勇も頭を下げる。その後晶達は軽く手を振り歩いていくマーガレットを見送った。


「名残惜しいか?」


 晶は勇の隣に立ち話す。


「そんなこと無いさ」


「本当ですか?」


 勇の答えに疑いの眼差しを向けるマリアである。


 晶は勇が嘘をついていると見抜いていた、ムッツリスケベの勇があのマーガレットの魅力的な身体に、興味を抱かないわけが無いと晶は確信していたのだ。


「本当だって、それよりも俺たちも行こうぜ!」


「そうだな」


 そんなことを微塵も感じさせず勇は先へ進もうと促す、女性の目の前では紳士に振舞う勇が正直に言うわけがないと追及はせず晶は同意する。


「ああ、こっちだ」


 ユナが先導を切り門を潜ると、眼前には一見のどかな草原が広がっているのが見えたが、見えないだけで少し進めば魔物が跳梁跋扈する魔窟であろう、危険だが魔王を討ち取るためには行かねばならない、こうして勇者一向の旅が始まったのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ