脇役二十三
手を着きながら勇が立ち上がろうとするが、全身を覆う大鎧とはいえ衝撃は完全に防ぎきることは無理であったため、その身体はふらついていた。
そのとき勇は焦っていた、晶が殺されそうなのだ当然だろう。
ふらつく身体に鞭打ち、すこしでも早く晶を守ろうと歩き出そうとするが直ぐに膝を着く。
(くそ! 早く、早くしないと晶が……アイツはただ巻き込まれただけなんだ。なし崩し的に旅に同行することになったけど嬉しかったんだ。いつも俺を手助けしてくれて、二人でやれば大概の事はこなせる確信があったんだ。こういう時に俺が守らないで何時守れっていうんだ!)
心の中で己に叱咤し気合と共に立ち上がったとき視界の隅で光るものがあった。
自分が手をついているモノに視線を向けるとそれは台形の石碑で文字があり、その直ぐ上に水晶の球が埋め込まれている。
勇は文字を理解でき、その文字のとおり勢いよく水晶に触れると勇は眩い光に包まれるのだった。
「おやおや、邪魔する気か?」
口角を上げ、フランベルクを構えるヴァンパイヤの前にはマリアが晶を守ろうと立っていた。
「では貴様から死んで――」
ヴァンパイヤが突如全てを白く塗り替えそうなほどの閃光に包まれる。
光が収まると其処にはヴァンパイヤの姿は無い、よく見るといままで殆ど無傷であった氷の床が削り取られていた。
表面は罅一つ無く、綺麗に一筋の半円状になっている辺りどれぐらいの威力か窺える。
「い、いまのは?」
マリアと共に晶も光が来た方へ視線を向けると其処には神秘的な生き物がいた。
蛇の様に長く曲がりくねっており、巨大な身体はは白い鱗に覆われ、瞳は金に輝き、口には全てを噛み砕く牙が生え揃っていた。
「なんでこんな所に龍が?」
「龍?」
あまりの驚きに、一時的な腕の喪失の恐怖も吹き飛んだ晶の口から漏らした言葉に、マリアは問いかけてきた。
「オレ達の世界では伝説上の生き物だな、色々いるが総じて能力は凄まじく、時に優しく人々の願いを叶え、時には全てを消し飛ばすほど暴れ回る、その姿から川などの自然の象徴とされていたりする」
晶が説明している時に龍は晶達に近づいて来るが恐怖に駆られることは無かった。
龍の瞳に殺意等の害をなす意識が見受けられず、むしろ慈愛に満ちている。
『晶、マリア、大丈夫か?』
晶達は直接頭の中に響く声に驚く、その声は聞きなれた声であったからだ。
「も、もしかして勇なのか!?」
驚きに震える指先で龍を差す晶は顎が外れそうになり、隣にいるマリアも目を見開いている。
「ああ、そうだ」
勇が人の姿に戻り答える。
「勇殿?」
声に振りむく勇、其処にはユナ、メイ、ジャースが集まっていた、全員驚きに染まっていた。
「ああ、此処はどうやら二つ目の封印の鍵がある場所だったんだ。さっきアイツに吹き飛ばされた先に宝玉があった、それを使ったらあんな姿になったんだ」
「なんという幸運だよ」
勇の説明に呆れる晶だったが、勇自身も同感なのだろう肩をすくめていた。
「さて、ヴァンパイヤも跡形も無く消し飛んだが、流石に死んだだろう」
晶の意見に同意する一同だがその時何かが着地する音がした。
「ふむ、魔王様との約束を違えてしまったな……」
声の先には無傷のヴァンパイヤが立っていた。
「そんな……完全に消えたはず……それに……魔王!?」
メイを筆頭に全員戦闘態勢に入る。
「正直ワタシ自身も驚きだよ、魔王様に作られてからここをお守りしてきたが、此処までされたのは初めてだ、流石に駄目かと思ったのだがね、時間が多少掛かったが全て繋げて元通りだ」
蒸発したがそれでも小さいながら触手で繋ぎ合わせ元に戻ったのだ。
驚異的な再生能力である、そして又も見せ付けるように立つヴァンパイヤは余裕の表れなのだろう。
「守ってきただと!?」
勇の驚きに自身の不死性の高さに気分を良くしたヴァンパイヤは余裕を持って答えた。
「当然だろう、勇者の封印の場所だ、守るのが当然であろう、町全体にこの場所に関することを忘れる魔術をかけてたどり着けないようにしたが……ちょっとした暇つぶしで勇者をおびき寄せてしまったのが失敗であったな」
「町を襲ったのが暇つぶしだと!」
「まあな」
ユナが激昂するがヴァンパイヤは何処吹く風と肩をすくませ肯定する。
「さて、続きと行こうではないか?」
ゆっくりとニヤつきながらヴァンパイヤは近づいてくる。
「あれだけのやっても死なない奴、どのようにすればいいのだ!?」
思わず弱音を吐いてしまうユナだが消し飛んでも復活する相手でしかたあるまい、そのとき晶は片手を上げる。
「すこし相談する時間くれ」
「ふん、そんな無駄な時間を与えるとでも?」
ヴァンパイヤは晶を睨みつける、先ほどの戦闘で杭やら銀のナイフやらを使ったことはどうにも腹立たしいようである
「ほほう、不老不死であるヴァンパイヤ殿にはそんな余裕はないと? 優雅さが足りないな」
「なに?」
晶の意見にヴァンパイヤ片眉をあげる。
(やはり、格好から貴族とか優雅とかその辺りに妙な括りがあるみたいだな)
自分の考えが当たっていそうな事に晶はほくそえみながらもなおも交渉する。
「だからお前は貴族なのだろう? 貴族はもっと余裕をもって、優雅にかつ華麗に対処する? 違うか? 相手の策をすべて打ち破り感服させるのが貴族というものだろう?」
「ふん、たしかに一理あるな、よかろう、其処まで言うならしばし時間をやろう、せいぜい足掻くのだな」
晶の言葉に多少納得したのかヴァンパイヤは少し下がり腕を組んで待機し、その様子を見届けた勇達は円陣を組む。
「で、どうするつもりだ?」
ジャースが晶に視線を向ける。
「その前に勇、貴方は龍になったとき皆を乗せて空を飛べるか?」
「ああ、飛べるぞ」
勇の返答に晶は頷く。
「よし、さっき思い出したんだが、勇、昔と暇つぶしに考えていた不老不死対策覚えているか?」
「もういいのかね?」
晶達が円陣をとき構える姿を見たヴァンパイヤは壁にもたれながら問う。
先ほどは杭やら銀製品などふざけた物で痛手を負ったが、もはやそのような道具も無いようである。
自身を殺すとは完全に不可能と知らしめ、万策尽きたところで殺してやろうとヴァンパイヤは内心笑う。
「ああ、いいぞ」
晶が答えた瞬間斬りかかるユナ、ヴァンパイヤはそれを確認しつつも無防備に左腕を切り落とされる、直後気配を消していたジャースが背後から右手を切断する。
――ウインドエッジ――
間髪いれずにメイが首を切り飛ばした、その頭部をジャースは掴み取った。
『乗れ!』
龍の姿の勇が叫ぶ、その声に追従するように全員駆け込み乗る。
『いくぞ!』
勇が全員乗ったことを確認し天井へ向かった、そして口から閃光を放ち穴を開け空へと飛び立っていく。
「ふははは、離しても無駄だ、時間は掛かるが必ず元に戻る、残念だったな」
どれほど離そうと無限に触手は伸び続け、最終的には繋がり元へ戻っていくのだ、たとえ現在のように傷口を魔術で焼き続けて繋げられないようにしても、永遠に続けるのは不可能である。
首だけのヴァンパイヤが無駄なことだとあざけ笑う。
「ふふん、これだけで終わりじゃないさ」
「なに?」
見向きもしない晶にヴァンパイヤは訝しげな視線を送る。
『この辺りでいいだろう』
頭部を掴まれ見せられたのは見た足す限りの海原であった。
僅かな時間で此処まで飛んできた勇の速度はかなり速い。
「これかお前を海に沈める」
「ふん、海に落としてもいつかは陸にたどり着くぞ」
海を漂いながらも触手は伸ばせるのだ、無駄だと言外に含ませる。
「ふふふ」
晶含み笑いをしながらロープを取り出し外れないようにヴァンパイヤに結びつけ、その際口に猿轡をするようにしたためヴァンパイヤは喋れなくなる。
ロープの先には丈夫な布袋がありそこに晶が何処からとも無く大きめの石を出しては詰め込んでいる。
ちなみにその石は晶が何時の間にか居た茶色い少女に出してもらっているのだが、色の少女のことは知らないヴァンパイヤには虚空から取り出しているようにしか見えない。
「海に沈める」
沈める、を晶は強調した。
「深海の奥底へ貴方を沈める、光の届かない真の闇、無音の世界、何よりも凄まじい水圧に頭部は元より繋がろうとする触手は押しつぶされるだろうな、何も聴こえず、何も見えず、押しつぶされて原型を留めていない、そんな状況に貴方の精神は耐えきれるかな?」
晶の説明に元よりヴァンパイヤの元から青い顔がますます青くなる。
不老であるが故かこの身体の頑丈さは人間と変わらないため当然の如くあっさり潰れたりもする、どんな状況に成ろうとも再生してきたので気にはしなかったが、ずっと潰され続けるという状況は初めてであり、想像も付かなかった。
『老化とは別の言い方をすると成長すること、成長に中には環境に適応することも入る、不老ゆえに環境に適応できず、また不死ゆえに死ぬことも許されない、脱出する方法は天変地異で海が無くなるぐらいしかないだろうな、一体何百年、何千年先のことか……』
ヴァンパイヤには心当たりがあった。
魔王に作られたときには完成された状態であり、新たな魔術を覚えようとか身体を鍛えようとかしたが全く変わらなかった、そのときは気まぐれの様なもので別に気にしなかったが、今にいて思えばそれが不変である不老不死の一つかもしれなかった。
勇の言葉にヴァンパイヤが止めろと叫ぶが口が塞がれ喋れず、石の入った布袋を持つ晶を睨みつけたが、そんな様子を晶は見て笑っていた、その笑顔は正に邪悪である。
「では……さようなら」
大量の石が入った布袋を海へと落とす晶、その重りに引っ張られヴァンパイヤの頭部も海へと落ちていくのであった。
「さて次は胴体のほうだな」
沈む様子を見届けた晶は勇に頼んでもとの場所へと戻る。
「しかし良くこんな方法思いついたな」
ジャースが話しながら隣に座った。
「実は一度勇と話したことあったんだよ」
『ああ、たしか本に不死身の敵役が出てきてどうすれば倒せるか、なんて話し合ったことあったな』
晶と勇が笑いあう、暇つぶしに考え合った事が実際に使われることになるとは思っても見なかった二人である。
『実はこの方法にも大分穴がある、切っても離れないほどの再生力があったり、切り離した所が新しく生えてきたり、頑丈なほうで不死身だったりするとお手上げだったからな』
「それにアイツは不死身に胡坐かいて防御を全くしなかったからな、その辺りも結構幸運だったな」
勇の言葉に続けて説明する晶に一同は感心しているようだった。
『うお! 結構気持ち悪いな』
晶たちが戻ってくるとそこには頭部を求めて触手を伸ばしまくっている、ヴァンパイヤの胴体があった。
「勇、すまないが運んでくれるか?」
触りたくも無い物を触らせるのに晶は申し訳なさそうに頼むが勇は了承し片手で掴み上げる。
飛んで行った先は近くの休火山の火口であった。
「これもさっき言っていた不死身の対策か?」
ユナが勇に問いかける。
『その通りだ、深海の高水圧で動けなくする、もう一つは溶岩の中に落とす』
答えながら勇は火口の中へ入っていく、そこには真っ赤な溶岩が流れていた。
「溶岩の中なら全身焼け続けるし、温度が下がって固まった溶岩に包まれることも期待できまる」
『ただこちらは噴火して外に跳び出る可能性が高い、海が無くなるよりも噴火の方が起きやすいからな』
晶の説明に勇は補足しながらヴァンパイヤの身体を中溶岩へ落としていた。
細い触手は高熱に焼かれ、全身に火が回る、そしてそのまま火口の奥へ流されていくのであった。
「ここまで……やっておけば……大丈夫……」
『だろうな』
メイの意見に勇は同意する、正直これだけやっても戻ってくるのならもはや手立ては無い。
「それでは一旦町に戻って倒したことを報告しましょう」
マリアの意見に賛同し、皆は町へと戻るのであった。
その日は一日お祭り騒ぎとなる、ヴァンパイヤが倒されたことに安堵した住民がはしゃぎ始めたのだ、しかもそれを行ったのは勇者一行なのである、嬉しくないわけが無い、住民のはしゃぎ振りをみた町長は抑えきれないと判断し今日一日だけの祭りとしたのである。
「さあ勇者様、こちらへどうぞ」
町長が勇を促した先にあるのは多種多様な食べ物、飲み物がある主賓席であった、椅子の周りには着飾った女性達が待ち構えている。
「い、いや、俺は遠慮しておくよ!」
恥ずかしいのか勇は断ろうとするがぐいぐいと町長が引っ張って行く、、無理に引き剥がすと酔っ払っているせいで倒れてしまいそうで無理であった。
結局座ってしまう勇に飲み物を注ごうとした町の女性達だが何かに脅え躊躇している。
その視線を辿るとそこにはマリア、ユナ、メイ、三人がその場所は譲らないといわんばかりに睨んでいた。
そそくさ席を譲る女性達、いまのマリア達にかなうものは居ない。
「……」
そんな様子を遠くから一瞥し隠れるように壁にもたれる晶の姿があった、右腕をぼんやりと眺める、その表情は沈鬱なものであった。
「晶」
ジャースの声に気が付いた晶は笑顔になるが、上手く出来たか自信が無い。
「いやー、ついに勇が全員落としたな、これから先もっと楽しめそうだ」
「……」
笑顔で話す晶に無言で答えるジャースの態度に晶は顔を覗き込む。
「どうした? ジャースさん?」
突然晶はだきしめられた。
「どうしたじゃない、泣くのなら泣け」
「な、なんの……事だ……」
図星をつかれ、胸を締め付けられる感覚の晶だったが無視を決め込む、しかし強く抱きしめられた。
「……」
「……」
次第に晶の身体が振るえ、おずおずと抱きしめ返す。
「す……すまん……弱音……吐きそう……だ……」
「ああ、いいさ」
ジャースの言葉が耳に入ると同時に震えながら縋るように晶は抱きつく。
「こ……怖い……腕が無くなって……本当に死にそうになって……いまでも……思い出すと……震えが止まらない……」
直ぐに戻ったとはいえ、一時的に腕が無くなり、そのうえ今までにないほど死の予感を感じていたのだ、恐れるのも無理は無い。
勇が竜の姿になったことによる驚きに今まで忘れていたが、お祭り騒ぎで気が抜けた瞬間思い出し、隅っこで震えて居たのである。
ジャースに抱きしめてもらいながら、晶は震えながら弱音を吐きだすのであった。
暫く抱き合っていた二人が離れる、晶の目は泣いたせいで赤く充血していた。
「ありがとう」
「気にするな」
泣いて大分気持ちが軽くなった晶は無理なく笑うことが出来ていた。
「ところでよく自分が落ち込んでいたのが分かったな?」
「まあ、最初はわかんなかったけどな、さっきの落ち込んだ顔つきを見て……な」
頬を掻くジャースは若干申し訳なさそうであり、そんな態度に晶は首をかしげる。
「すまん、見るまでわからなかった」
ジャースの続けた言葉に晶は笑い出した。
「何がおかしい」
ジャースの眉間に皺がよる、謝っているのに笑われるのだ、当然だろう。
「すまん、自分もそれ程察しが言いわけじゃないからな、自分が出来ないことをそんなにも要求するつもりは無いよ、気にしすぎだ」
「何時までも笑うな! それよりもオレに隠するんじゃねえよ!」
「う、ごめん」
激昂するジャースの迫力についつい晶は頭を下げる。
「じゃあお詫びとお礼に何かしたいが、なにかあるか?」
「お礼か……」
しばし考え込んだジャースはニタリと笑うとこう告げる。
「キスしろ」
予想以上の返答に晶は思わず硬直する、そんな姿が狙いどおりだったのかジャースは笑う。
「なんてな、冗談さ」
「じょ、冗談!?」
「ん? 本気にしたか?」
「べ、別に、本気なんか……」
顔が熱くなるのを自覚しながらもそっぽを向いてごまかすが、ジャースは今だ笑っているのだ、ごまかしきれてないのがわかる。
「さて、勇者達の所へ戻るか?」
「そうだな」
気を取り直したジャースが手を差しだした、それを晶は握り締め二人並んで歩いて行くのであった。