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脇役  作者: 柑橘ルイ
21/26

脇役二十一

「とりあえず――」


「こちらへどうぞ」


 勇の言葉を受け継ぐかたちでユナはマーガレットを隣に座らせる、四角いテーブルの隅に勇が座り向かにマリアが、勇の隣にユナが座るようになっていた。


 風呂からでたあと勇の意識が戻ったため、酒場のテーブルで雑談を始める所である。


「また話とか聞いて回っているのかしら?」


「そうなんだけどな……何もないんだ」


 まるっきり成果がでない勇はため息交じりに口にしていた、あらあらと口元に手を当てるマーガレットだが、何時もどおりに笑顔である。


「前みたいに……何かしらない……?」


「そうねー」


 眉を顰め、腕を組むマーガレットだがその腕には果実が乗っており、勇は思わずといった感じで凝視している。


「勇者様?」


「勇殿?」


 強烈な視線と共にマリアとユナの両名から威圧的な声がかかり、勇は素早く視線を外し何事も無かったように姿勢を正が後の祭りだろう。


「んー……だめね、何も思い出せないわ」


 首を振るマーガレットの返答に一同はうなだれてしまう、そんな時店の外が騒がしくなってきた、何事かと見合わせる。


「私が見てこよう」


 ユナが席を立つ、騒動がやたらと不穏な感じがするのだろう、いつでも抜けるようバスタード・ソードの柄に手を添えながら表に出ていった。


「な! なんだあれは!?」


 驚愕する声を聞いた勇は素早く飛び出すと晶達も続いて店を出た、晶の視界には異様な光景が広がっていた。


 店の位置は町の北側にある、中央広場へと繋がっている通りに面している。


 中央広場から東西南北に大きな通りが外へと繋がる門がある、その北側の門から大量に人が歩いてきているのだ、いや正確には人間ではい、左右に身体を揺らし、着ている服はボロボロ、片腕の無い者や足が無く足首で立っているもの、髪の毛は数本残し、目は白濁、頬が削げ落ち、皮はめくれ筋繊維がみえる、それでも血は一滴も垂れていない、その全てにおいて生気がまったく感じられなかった、正に生ける屍のゾンビである。


「いくぞ!」


 掛け声と同時に勇が駆け出し同時に宝玉を開放して装着する、ゾンビがすでに町に入り込んでおり、一般人を襲っているのだった。


 町の警備兵なのか幾人の兵と勇達が奮闘するも多勢に無勢で逃れたゾンビが進む、それをみた晶には奇妙なものが目に入った、なにかゾンビの頭上に黒いものが浮かんでいたのである、よく目を凝らしてみるとそこには黒い少女が居た。


 しかもその手から黒い糸を垂らしゾンビを楽しそうに操っているようだった、グロテスクな腐乱死体を小さな少女がマリオネットの如く操る、なんとも異様な風景である。


 そんな姿をみた晶は船上の実験と同じ事を試みようと、勇達が取り逃がしたゾンビへ近づいていく。


「晶! 下がっていろ!」


 ジャースは下がらせようとするが、晶は聞かずジッとゾンビを見据えると突然一体のゾンビが倒れこむ、まるで重力に耐え切れず崩れるようであった、その後一塊の灰となって散っていく。


 晶が呼ぶと黒い少女は振り向き近づいてきたのだが、その時先ほどゾンビを動かしていた糸を消したためゾンビはその場で放棄されたため倒れこんだのだ。


「晶がやったのか?」


「ああ、こいつ等魔物じゃないんだな」


「なに?」


「オレには少女が行使しているようにみえる、つまりこのゾンビも誰かの魔術、ということなんだろうな」


 これほどの大規模な魔術を行使する者に不安を隠せない晶であった。






 勇達がゾンビを掃討し、遠くから取りこぼしを始末していた晶達であったが、それでも延々と後続のゾンビが襲ってくるため町には結構な被害が及んでいた。


 しかし倒せなかったゾンビは太陽が出ると日の光を浴び、煙と共に灰へと変わり、町に静寂が戻ってきた。


 晶達が中央広場に戻って来ると一般人が外に出ており、怪我人は治療し易いよう集められていたその間を縫ってアリアや神官達が走って手当てをしている。


「晶! 大丈夫みたいだな」


 勇が駆け寄り声をかけてきた、晶に目立った外傷は無いので一目見無傷と安心したようである。


「フン、俺が守っているんだ、当然だろ」


 ジャースは不機嫌のようだ、自分の能力を疑われていることが不満らしい。


「まあまあ、ところでメイさんはどうしたんだ?」


 晶の視線には壁に張り付くようにうずくまるメイが居た、ユナが傍に付き添っているが様子がどうもおかしいのだ。


「ああ、メイがゾンビを見たら震えだして動けなくなったんだ」


「動けなくなった?」


 勇の言葉にどういうことかと晶は聞き返す。


「俺達が戦っている時にいつもの援護が無くてな、奴らが撤退したあと探したらすでにこんな状態だった」


 普段から考えられないメイの様子に勇は心配そうであった。


「なにか毒物とか呪いとかに掛かったとか?」


「いや、マリアに見てもらったらそういった類も掛かっていない」


「ではどうして?」


「うん、メイはああいったホラー関係駄目らしい」


 一瞬何を言っているのか理解できなかった晶は疑問符を浮かべる、勇はメイを親指で指差し様子を見てこいと促す、晶とジャースが近づいてみるとボソボソと何かを言っていた。


「なんであんなにも気持ち悪いの驚かそうと行き成り出てきたり窓壊してきたりするの引っかかて来られないくせに腐敗しているから異臭は放つは蛆沸いているは変に柔らかいは眼球白いは死んだら動くなこのやろう」


 間が空いた独特の喋り方が微塵も感じられない早口である、メイのとんがり帽の鍔を掴み、目に涙をためプルプルとふるえている姿は子猫のようである、小柄な体格と相まってなんとも可愛いものである。


「つまり怖くて動けなかったんだな?」


 呆れ顔でジャースは言い放ち、瞬間メイが睨むが晶が見ても涙目では迫力は皆無であった。


「そういえばマーガレットさん見なかったか?」


 勇が晶に尋ねる。


「マーガレットさん? いや見かけなかったが……」


「そうか……実はゾンビを追い払ったあと、放っておいたのを思い出して宿に戻ったが、見当たらなくてな」


 周囲を見回す勇はやたらと心配していたマーガレットさんも一般人なのだから心配するのも無理は無かった。


 晶も周囲を見回し探してみるが一向に見つかることは無かった。


(まえにもこんなことがあったような?)


 疑問に思う晶だったが、だんだんおぼろげになり、まあ大丈夫か、などと根拠のない安堵と共に深く探すことは無かった。







 かなり精神的に参っていたのだろうメイが落ち着き、普段のように戻ったときには日が沈んでいた、そのとき何処からか大音量で笑い声が聞こえてくる。


「諸君昨晩は如何だったかな?」


 晶達が外へ飛び出すと空には巨大な映像が浮かび、その映像には男性の胸より上が写し出されている。


 くすんだ金髪、彫りの深い顔は青白く死者のようである、短い髪は後ろへ流し僅かに見える襟元から何処かの貴族を髣髴とさせた。


「お初にお目にかかる、私の名はヴァンパイヤ、貴様達に恐怖を与えるものだ、よく覚えておくがよい、ゾンビ共を襲わせたのはこのワタシだ、なかなか楽しかったであろう、早々に全滅などしないでくれたまえ、私も詰まらないからな、短いが今回は挨拶程度、これぐらいにしておこう、又後日うかがわせて貰うよ、ではまた」


 虚空に消える映像、それを射殺さんとばかりに勇は睨みつけていた。


「あの似非貴族、大勢の人を傷つけて楽しいかだと!?」


 どうやら勇者としての心に怒りの炎を灯したらしい。


「まったくだ!」


 ユナも怒り心頭のようである。


「あんなものを操る……アイツは……この世から……居なくなるべき……」


 何処と無くメイが怒る方向が違うのは気のせいだろうか?


「ヴァンパイヤか……」


 勇達の様子を見るに放置することは無いだろう、そう考えた晶は顎に手を当てヴァンパイヤの弱点は何かと思考をめぐらす。


 ふと怒る様子も悲しむ様子も無いジャースに晶は疑問をぶつける。


「ジャースさんはなんとも思ってないのか?」


「正直赤の他人がどうなろうと余り気にはならんな」


 ジャースは平然と言ってのける。


「オレの手はそれ程大きく無い事を知っている、家族、友人、そして恋人、そういった大切な人までしか届かにからな、目いっぱい伸ばして精々知り合いぐらいだろう、他人に手を差し出して大切な人を疎かにするわけにはいかんからな、もし見知らぬ誰かを犠牲にしないと晶達が重症を負う又は死ぬ、という状況ならその誰かを容赦なく切り捨てるつもりだ、冷たい人間だと幻滅したか?」


 ジャースは普段通りの態度だがその瞳は不安に揺れていおり、嫌われないかと心配しているようだった。


「いいや、その気持ちは分かるさ。正直オレも他人に割くほど余裕は無いからな」


 そう小さく笑う晶であった。






 二日おきに町を襲うゾンビ達――幽霊やスケルトンも居るようになった――を止めようとヴァンパイヤを探すが一向に姿を掴めないでいた、敵の集団にいるかと思ったが見つからないのである。


 そこで考えついたのがゾンビ達の発生場所を突き止めることであった、


「いったいどれだけ放つつもりだよ」


 ゾンビの行列から少し離れた位置で背を低くし、草木に紛れながら静かに晶は進む、回りは雪が降り積もっているため白色のマントを頭からかぶり、より周囲に溶け込むようになっている。


「その分見つけやすくなるからいいじゃないか」


 護衛のため隣にいるジャースも魔技術で気配を消して身を潜め、ゾンビの発生源を見据えていた。


「そうだけどな、その分あのヴァンパイヤの能力も高くなるということだからな」


 晶は眉間に皺を寄せながら時に進み、ゾンビがこちらに視線を向けそうになるとピタリと止まる、草木を揺らさず微動すらしない。


 風を読みできるだけ風下になるよう細かな軌道修正をも行っているため、進む速度は非常に遅い、しかしそれは効果的だったのか近くを通った一体のゾンビに気付かれることは無かった、もっともゾンビに匂いの判断が出来るか甚だ疑問ではあった。


「しかし魔技術も魔術も使わず技術のみで、ここまで気付かれないとは驚きだな」


「これでもまだまだヒヨッコだけどな」


 ジャースの意見に晶は苦笑する、これらの技術は祖父に教えてもらったが、祖父はもっと凄かったのだ、本気で隠れた祖父を一度探してみたが見つからず、出てきたのは自分の足元、ということがあった、祖父いわく野生の生き物は強く、手負いとなるとより危険であるため死活問題になるのだ、祖父ぐらいやらないと駄目ということである。


「亀の甲より年の功ということだな、長年培ってきた猟師の技能は凄まじかったよ」


 そんなことを小声で話しながら身を潜め、音を立てず、周囲に気を配りながらゆっくりと進む晶とジャースは、思わぬところにあった発生源にしばし呆気に取られる二人の姿があった。







「え!?」


 勇が驚きの声を上げる、太陽が出ている間は襲ってこないため、その間に倒してしまおうということになり、晶の案内でたどり着いたがそれは町からそんなにも離れていない泉、その脇に突如ぽっかりと開いた地下へと続く階段があったのである、その距離は五百メートルぐらいであった。


「意外と近かったな」


「だな、よくよく考えると、あの移動速度なら余り遠くから来られないんだよな」


 勇が先頭に入っていく、その時勇は服を軽く引っ張られた。


 何事かと振り返るとそこには涙目になり、微かに震えながら片手で小さく服を摘まんでいるメイの姿があった、階段の先にはあのゾンビ達がウヨウヨ居る可能性があるのだ、怖くて仕方が無いのだろう。


「メイ、おいで」


 勇が優しく声をかけ手を差し伸べる、メイはホッと安心したように手にすがり付くのだった。


「ここは私が先頭を行こう、勇殿は後ろを頼む」


「そうですね、先頭がユナ、次に私、晶さん、ジャースさん、メイ、勇者様としましょう」


 階段を降りきると其処は真っ暗な通路であった、晶が町で買った松明に火をつける、火種が突如でたので赤い少女にたのんだのだろう、それをユナが受け取りか前方へ掲げる。


「なん度見ても不思議だな」


 本当に何も無いところに火をつけるのだ、晶には少女が見えるらしいが、見えないものにとっては手品のように見える。


「オレには普通になっているけどな」


「あのゾンビも少女が動かしているように見えたんだよな」


「ああ、あれも魔術の一つだと思うが……その、メイさん、わかるか?」


 申し訳なさそうに問う晶に、メイは勇にしがみつきながらもなんとか答えいた。


「……ある……小さいころ……一度つかったことが……」


「あ、うんわかった、もういい、ありがとうな」


 晶がなにかを察したように勇もわかった、小さい頃にゾンビを出す魔術を放ったのだ、幼い心に大量の腐乱死体である、トラウマになるは確実であろう。


 松明に照らされた通路はかなり入り組んでいた、ヴァンパイヤも勇達が来たのを察知したのかゾンビ達が闇に紛れて襲い掛かって来る、遠くに居たものは松明の明かりだけでは認識できなかった。


「きゃぁ!」


 メイの悲鳴が響く、先頭を行くユナがバスタード・ソードを振るい敵が出てきた瞬間打ち倒しているが、ユナの視界に居るということはメイの視界にも居るということで、どうしても悲鳴を上げてしまうのだ。


「ひゃぁ!」


 又も悲鳴があがる、その度に勇の腕をぎゅっと抱き寄せる、そんな可愛いメイの姿を見ている勇はいとおしくて堪らなかった。


 冷静沈着、無表情の彼女が小動物のように震え、年相応に悲鳴をあげる姿は普段の姿から想像も出来なかった可愛さであった。


「大丈夫、俺達がついているから安心しろ」


 勇は視線を合わせて優しく声をかけ、安心させるように笑顔を向けてメイの頭を撫でる。


「……うん」


 ジッと目を合わせていたメイが小さく返事をして下を向く、表情は見えなかったが耳が真っ赤になっていた。


 暫く石造りの通路を歩いていると突如壁が様変わりする、壁だけではない、天井や床にいたるまで全てが青く輝くものになっているのである。


「これは……氷か?」


 勇が壁に触るとそれはとても冷たかった。


「どうやら日光が反射して光っているように見えるみたいだ」


 ユナにつられる様に勇も見上げると複雑に反射している様子が見えた。


 氷の通路を突き進んでいくと神殿のような広場にでる、全てが氷で出来ているが不思議と足元は滑らず、また溶けている様子が一向に見られなかった。


「おやおや、こんな所にお客さんかな?」


 若い声が神殿に響き渡る、宝玉を開放し、戦闘態勢をとる勇達の視線の先には、町の空に映し出されていた貴族姿の男、ヴァンパイヤが立っていた。





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