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脇役  作者: 柑橘ルイ
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脇役二

 神殿といわれるだけにそこはとても神秘的な場所であった。


 石で作られた円柱が立ち並び、同じ素材の天井はとても高く作られている、一番奥には半円状に浅く水が張られており、波一つ浮かばずに静寂を保ち神殿内を冷やしていた。


 水が張られた半円の中心に、純白の玉を掴むような複雑な形をしている彫刻が立てられ、ステンドグラスの天窓から射す光が非常に幻想的であった。


「書物を持ってきますので、しばしお待ちくださいね」


 そう言いながらマリアが勇へ笑顔を向けて別室へ向っていく、その間に鎧姿のユナと黒尽くめのメイが勇と正対する。


「改めて名乗させて貰います。 騎士のユナ・キ・ロードです、ユナと呼んで下さって結構です」


「魔術師メイ・フォー・マグダリアです……メイと呼んでください……」


 ユナは勇者相手故か、はたまた騎士という立場からか折り目正しく握手を求め、メイはゆっくりと喋りながら頭を下げる。


「日之下勇だ、勇者だからってかしこまらなくていいさ、俺の方が年下だしね、これからよろしくな」


 微笑を浮かべる勇を直視した二人は思わず見ほれているようであった。


 それを見た晶はマリア、ユナ、メイの三つ巴になりそうな予感ににやけてしまう。


 その事がばれると色々と勇の観察に支障が出るので、手で口元を隠して様子を眺めていた。


「次は自分ですね」


 流石にずっと黙っているわけにもいかないと晶は顔を引き締め、初対面ということから敬語で話し頭を垂れる。


 ユナとメイは怪訝な様子で晶を見たあと途端に警戒心を表した。


「貴様! 何処から侵入した!」


 ユナがすぐさま腰に差していた剣、バスタード・ソードを素早く晶の首筋に宛がい、メイは持っている節くれだった身長ほどの長さの杖を向ける。


「ええ!? ちょ! ちょっと!」


 武器を向けられるとは思わなかった晶は、降参とばかりに素早く両手を上げた。


 刃物を向けられるという事態に肝を冷やし、二人の苛烈な視線からおかしな真似すると即刻首が飛ぼそうだと晶はつばを飲み込む。


「まってくれ! メイも杖おろしくれ!」


 勇がすぐさまユナを後ろから羽交い絞めにして押さえ、メイには視線で訴えているようだった。


 暫く重苦しい空気が辺りを包み込む、晶がじっとして何もしないことが功を奏したのか、二人は渋々といった様子で武器を下ろすが、いまだ鞘に戻していないことから警戒は緩めていないと悟った晶は、何が切欠で又刃を向けられるのかと戦々恐々としていた。


「突然現れた…… 暗殺者か新たな人型の魔物かもしれない……」


「……いままで影薄いとか色々言われたけど、魔物まで言われたのは初めてだ……」


 メイの鋭い視線と共に魔物呼ばわりされ、ショックを受けた晶はガックリと頭を垂れるのだった。


「オレは八頭晶です、勇の親友やっています」


「親友?」


 咳を一つして襟を正した晶に、ユナは勇に首を向けて真意を問いているようだった。


 勇が重々しく首を縦に振り、肯定するのを見たユナとメイは武器を戻していく、なんとか危機的状況から脱した晶は一息つくのであった。


「そうだったのか、知らないとはいえ勇殿の親友に刃を向けてしまうとは、すまなかった」


「ごめんなさい……」


「いえいえ、自分が癖で気付かれにくくしているのもありますから」


 申し訳ないのか頭を下げる二人に、晶は気にしなくていいと手を振る。


「なあ晶、何時までも敬語じゃ大変だろう? 仲間になるんだ、普通に話せよ」


 勇の台詞に晶は分かっていないとばかりにため息をついた。


「誰とでも直ぐ打ち解けるお前と一緒にするなよ……」


 だよな? と二人に同意を晶は求めるが、返ってきた反応は違った。


「いや、勇殿の言う通りだ、普段どおりで構わない」


「同じく……」


「……まあ二人が了解したなら、普段道理にするよ」


 自分だけがおかしいのかと疑問に思う晶だったが、深く考えても意味が無いと疑問を押し込み了承するのだった。


「ところで晶殿はいつから居たのだ?」


 神殿の中に既に居たことから不思議に思ったのだろう、ユナは晶に疑問を投げかける。


「最初からだけど?」


「最初……から……だと!」


 晶の答えを聞いたユナは戦いていた、先ほどまで気付かなかったことに驚いているのだろう、少し眼を見開いているメイも口を開いた。


「神殿に着いた時から……?」


「ああ」


「まさか神殿に来る途中も……居た……?」


「勿論」


「もしかして……謁見の間の時も……?」


「当然」


 この瞬間って結構面白かったりするよなと内心ほくそ笑みながら、メイの問いに晶はにこやかに答える。


「その時から居たのに気づかぬとは! 騎士失格だ!」


 勇が居た状況なら仕方が無いが、それでも気付かれないようにもしていたため、頬を掻き申し訳なさげに笑うばかりである。


 両手両膝をついてユナは物凄くショックを受けているようであり、メイも分かり難いが結構落ち込んでいるように晶には見えた。


「二人ともどうしたの?」


 別室から白く分厚い本を片手に戻ってきたマリアが、ユナの姿を見て首をかしげる。


「晶殿にまったく気づいていなかった事に……ちょっとな……」


「あ〜……」


 晶の存在感の無さを既に体感していたせいか、マリアは納得したように頷くのであった。






「さて、勇者様、宝玉はあちらです」


 マリアが神殿の奥にある、水が張られた場所の縁に立ち、手を向ける。


 勇は視線を向けると、そこには水面から樹木が伸び、白い玉を掴むような形をした神秘的で真っ白な石の彫刻があった。


「あの白い玉が宝玉です、勇者様のみ触れることが出来るといわれています。周りの水には特殊な魔術で勇者様でしか渡れませんので、私達では台座に近づくことすら出来ません。勇者様お願いします」


 マリアが促すが勇は若干躊躇していた。


「あれを取りに行くのか……」


 特殊な魔術が施されていると聞いたため、勇は勇者の証があっても慎重にならざるをえなかった。


 それでも行くしかないと気合を入れなおし縁に立ちそっと足を入れる、非常に浅く作られていた水面に波紋が広がるが何も起きる様子は無い。


 勇は安堵のため息をつくが、まだなにかるのかもしれないと身長に水面を歩く、しかし何も起こることも無く無事に彫刻の元にたどり着く。


「そうか……何も起きない……か……」


 勇者と確実に決まったことが感慨深く、心の中で決意を新たにした勇は目を閉じ、一つうなずく、そして躊躇することなく宝玉を抜き取った。


「何事も無く取れてよかったな」


 戻ってきた勇に晶は賞賛を送る。


「そうだな、しかし実際これに勇者以外が入ったらどうなるんだろうな?」


 ふと勇は疑問を口にする、同じことを考えていたのか晶は縁に立ち水面を見下ろしていた。


「水に魔術がかかっている、ということだけど……どんな物なんだ?」


 勇は首をかしげながらマリアに尋ねる、その間に晶は水面を見下ろして目を凝らしているが、勇から見てもとても浅く清んだ水でしかなかった。


「それは……」


「……それは?」


 マリアが口ごもる、その様子をみた勇はそこまで危険だったのかと冷や汗をかいていた。


 何事も無かったとはいえ、言うのを憚られるほどに危険な場所を通ったのだ、肝を冷やすのも無理は無いことである。


「……神聖で誰も触ろうとしませんから、実は分からないのです」


「わからないのかよ!」


 テヘッと小さく舌を出すマリアに勇は手の甲でツッコミを入れるのだった。


「入ってみたらどうだ? もしかしたら、お前も勇者かもしれないぞ?」


 勇が冗談交じりに促すが晶は馬鹿言うなと手を振った。


「どういうことだ?」


 ユナが怪訝な面持ちで勇に問いかける、召喚時に居なかったのだ当然の質問だろう、勇は召喚された時のことを掻い摘んで説明した。

 

「つまり晶も勇者である、という可能性は無いとは言い切れない」


 証はないが、召喚されたことには変わりは無いと勇は胸を張る。


「何度も言うけどそれはあり得ないって、なんだったら聞いてみるか? お三方、オレと勇どちらが勇者に相応しいと思う?」


 客観的にも判断してもらうのが一番だと思ったのか晶は女性三人に問いかけ、その答えとしてビシ! と三人揃って勇を指差すのだった。


「ほら見ろ、自分の立ち位置は弁えているつもりだ」


「いやいや、それは皆の意見であって決まった訳じゃないぞ!」


「お前ほどの男が選ばれるのは当然として、オレは勇者になれる要素は欠片もないわ!」


「勝手に決めるな!」


 売り言葉に買い言葉、晶と勇は言葉を荒げだんだんと白熱していく。


「分かった! だったら男らしくコイツでどちらが行くか決めようか、俺が勝ったら行けよ!」


 勇は獰猛な笑みを浮かべながら拳を握り突き出した。


「いいぜ! 後悔するなよ!」


 その意味を理解した晶も鼻で笑うと拳と掌を打ち合わせた。


「ちょっとまて! 二人ともやめ――」


 口喧嘩程度だと傍観していた三人だったが、突然始まった状況がまずいと判断したのだろう、ユナが止めに入ったが残念なことにすでに手遅れであった。


 二人は構え、緊迫した空気が周りを包み込む、まさに一触即発であった。


「ジャン!」


 晶が声を張り上げ。


「ケン!」


 勇が裂帛の気合とともに叫ぶ。


「「ポン!」」


 余りの展開についていけないのだろう、呆然となるマリア達三人である。


「ば、馬鹿な! オレの豪熱マシンガンパンチ(グー)が負けるとは!」


「フフン! 俺の爆熱ゴッドフィンガー(パー)は不敗だ!」


 膝を付きショックと絶望感に震える晶の顔を尻目に、勇は勝利した開いた手を天高く掲げる。


「紛らわしい!」


 スパァァァァァァン!


 勇はユナがいつの間にか手にしたハリセンの衝撃を受け、同じく晶も後頭部を叩かれている、しかし二人はいいツッコミだと親指を立てる姿は非常に清々しかった。


「まあ冗談はさておき、正直気にはなるな」


「そうだな、でも危険を冒してまで調べる意味は無いな」


 勇に同意しながら晶は水面を観察し始める。


「得体の知れない魔法生物がいて、食われたりするのか?」


 超常現象や不思議な事が気になるのだろう、晶は目を凝らしていた。


「ん? なんだ?」


 何かをとらえたのか晶は前のめりになり水面に顔を近づけ注視する。


「どうした?」


 勇は問いかけながら晶が見る水面へ後ろから覗き込む、そのとき曲げた膝が晶の背にあたった。


「ちょ――」


 水面を覗き込む状態だった晶に、その膝の一撃は体勢を崩すのに致命的な一撃であった。


「晶!」


 咄嗟に勇は服を掴もうとするが掴めず、突然の出来事にそのまま晶はなすすべなく水面へ倒れるのだった。






 ドブンと音と共に晶の視界は全て水に埋まる。


 それは水面に顔を沈ませただけではなかった、頭頂部から足の先まで全てが水面下に沈んだのである。


「がぼ?」


 ありえない光景に晶は水中にもかかわらず声を出すが、音とならず泡となって消えるだけだった。


 晶の身体は全て水の中にあったにも拘らず目を見開いていた、目の前に少女がいたのである。


 脳が状況を理解できていないせいか、はたまた少女の姿に危機感を感じないせいなのか、不思議と晶はその少女をじっくりと観察できた。


 少女は掌の指先から手首ぐらいの背丈で、妖精を髣髴とさせる可愛いものである。


 羽は無く、肌は白いが髪、服、瞳が淡い青であり、真っ直ぐ延びた長い髪と、長袖の足首まで届くワンピースの裾を水とは関係なく、まるで空気中のごとくはためかせながら漂っていた。


 晶は呆然としながらも首を回すと目の前以外にも少女は居た。


(なんだあれ!?)


 沈んでいく青い少女を目で追い、下を見ると眼下には深海を思わせるほどの暗闇が広がっているが、よく見るとそこには同じ姿の黒色の少女が浮きも沈みもせず蹲っていた。


(ぐ……苦しくなってきた……で、出口は!?)


 驚きで意識外だったが酸素が足りなくなった晶は流石に息が続かなくなり、危機を感じ身体をなんとか捻り出口を探す。


(光!? てことは光源に水面があるはず)


 真っ暗ではなく光が差し込んでいることから、晶は水面を予測し見上げると半円の水面が見え全力で泳ぐ。


(やばい! 動き難い!)


 しかしまとわり付く衣服と魔術の効果かやたらと粘性がある水で思うように進めないでいた。


(あと……少し……)


 遅いながらも何とか手首から先は水面からでるが、予想以上に体力を要していたのだろう、限界に達し、ついには晶の視界が暗くなる。






「げふぉ! げふぉ!」


「晶殿大丈夫か?」


 ユナに背中を擦られながら晶は全身ずぶ濡れで咳き込んでいた。


 ギリギリたどり着き水面から手を出したのが良かったのだろう、手を掴まれそのまま皆に助け出されたのである。


「なんでこの深さで沈むんだよ」


 晶の無事を確認した勇が水面に近づき水を確認する。


 見た目には体を倒しても全身入るには無理なぐらい浅い、不思議極まりないだろう。


「ゲホ! それが、選定で弾かれた、結果だろう、ゲホ……」


 両手をつき息を整えながら晶は推測する。


「ふ〜……ところでこいつらは何だ?」


 呼吸が落ち着いた晶は立ち上がり肩に乗っている青い妖精の少女に視線を向ける。


 水から出ていても見え、晶は思わず凝視してしまい、視線に気が付いたのか少女も振り返り目を合わせてきた。


 子犬の様に円らな瞳で、若干見上げるような愛らしい姿に、晶はついつい指で小さな頭を撫でる、気持ちいいのか青い少女は目を細め大人しく撫でられているのだった。


「こいつらって……?」


 メイが首を傾げる。


「いや、こいつ等だよ、この少女達」


 晶は周囲を見回すと茶色の少女が地面を闊歩し、白い少女は光が射している場所を緩やかに飛行している。


 青い少女は緑の少女と共に風に煽られ漂っていたり黒い少女の隣で座っていたり、赤い少女は日が射している場所で陽気に踊っていた。


 メイと晶の間に白い少女が緩やかに飛行してきたので、晶は優しく襟を摘まむ、行き成り掴んで驚くかと心配したが借りてきた猫のように白い少女は大人しくしていた。


 掌に乗せると女の子座りになり、そのままメイに見せるが晶の掌を見るメイはいまだ首を傾げるだけだった。


「く! 後遺症がのこったのか!? この近くに医者は居ないか!? いや精神病院か!?」


「お、おい! オレは大丈夫だって!」


 いきなりの精神病患者扱いに晶は一歩後退するが、勇に逃がさないと腕を確り掴まれる、晶は振りほどこうとするが元々体力に差があり無理であった。


「どこが大丈夫なんだよ!? 少女なんて何処にも居ないぞ!」


「そんな馬鹿な! ここに居るじゃないか!」


 ありえないことだと驚愕する晶だったがメイ達の様子を見て、自身以外見えていないようだった。


「酸素不足から脳が少しやられた可能性があるな……しかしみえる幻覚が少女とは……そこまで少女に飢――」


「飢えているとでも言いたいのか、この野郎」


 変態と決め付けようとする勇を睨む晶の眼光は鋭い。


「あの……医者? 精神病院? ですか? よく分かりませんが、治療するなら私がしましょうか?」


「頼む!」


「いらん!」


 マリアの申し出に勇は頭を下げるが、晶としては平常なので治療する必要が無いと考えているのだ。


「晶! 大人しくしていろ!」


 勇を振りほどこうと暴れる晶の足元に、茶色の少女が近寄り座り込む、突然のことに晶は何事かと思わず注視する。


「「おわ!」」


 二人は晶に絡みついた物に驚き声を上げた、周囲の茶色い少女が小さな手で地面と軽く叩くと、地面から根っ子が伸び晶の身体を拘束したのだ。


「何だこれ! う、動けん!」


「大丈夫……拘束する魔術……私がかけた……」


 全身に力を込めて、脱出を図ろうとする晶にメイが説明する。


「そうなのか? ありがとう助かるよ」


「……」


(ええーい! こんな時に落としているな! オレに余裕があるときにしろ!)


 勇に大人しく頭を撫でられるメイはなんだか嬉しそうである。


「あの……よろしいですか?」


 勇が撫でているのが嫌なのか、マリアが若干不機嫌そうに勇に申し出ていた。


「存分にやってくれ」


「なにが存分にだ!」


 親指を立て、歯が光りそうな笑顔で了承する勇に、威喝する晶だったが全く効果が無かった。


「分かりました」


 勇に頼まれた事が嬉しいのだろう、笑顔で頷くマリアだったが、晶に振り向くがその瞳は酷く冷たい。


 あまりにも冷ややかな視線と、身体を縛られた状態から抜け出せない事から晶は悟り大人しく治療を受けることにした。


「なんでそんな物を見るような目つきなんですか?」


「なんのことでしょうか?」


 治す者の視線かと恐怖しながら敬語で話しかける晶だったが、マリアの返答は瞳同様に冷え切っており、そのまま晶の額に手を翳す。


 詠唱なのだろうマリアがブツブツと何か囁く、逃げることを諦めた晶は大人しくすることにして、他に見るものがないため傍観していると又も不思議な光景を目にした。


 白い少女がマリアの手に二人来ると両手を翳したのだ。


 マリアの手と白い少女の手、そして晶の額の僅かな空間に白い光の玉が現れ、それは淡く輝き暫くの後消えるのであった。


(茶色い少女といい、白い少女といい、さっきからなんだ? こいつら魔法と関係しているのか? )


 晶は疑問に思いながら呆然と白い少女を目で追う、白い少女は先ほどの光が消えたあとジッとマリアの顔を見ていたが、反応が無いと分かったのか又どこかへ飛んでいった。


「これで大丈夫だと思います」


 晶の時とはうって変わってマリアは嬉しそうに勇へ振り向く。


「どうだ? まだ見えるか?」


「大丈夫だ、問題ない」


 にこやかに答える晶だったが、その視界には相変わらず少女がうろついていた、しかし見えると言えば又面倒くさい事になりそうだと晶は判断し、直ったことにした。


「マリア、ありがとう」


「い、いえ!」


 煌く勇の笑顔を向けられ、マリアは顔を真っ赤に染めるのであった。






「これってどうやって使うんだ?」


 根っ子から開放された晶は動かして身体をほぐしていると、勇が宝玉を玩びながら首をかしげていた。


 手の中には小さな白い宝玉があり、指に挟んで日にかざしてみたり、覗き込んだりしているがまったく変化は無い。


「念じれば装着できる、と書物には書いてあります」


 マリアは白い表紙に一行ほど金の文字が書かれている本を開き、数ページめくり読み上げる、その様子を見ていた晶はふと疑問が沸き起こった。


「こういうのは伝承とか、口頭で伝わっていたりするのでは?」


「なんでもこの書物は初代の勇者様からご使用になられていたものらしく、宝玉の使い方などが書かれています」


 書物から眼を離さないマリアの答えに晶は納得するが、持っている本を見ると新たな疑問が浮き上がった。


「初代勇者の事が書かれているか? どれぐらい昔か分からないけどそれ程本が古くは無いよな?」


 晶はじっくりと本を観察するが、その本は日焼けし変色している部分が無かった。


 大事に保管してあったとしても多少は痛むものではあるが、その様子が殆ど無いのである。


「初代勇者様はおよそ二千年前の方です、勇様で五代目ですね、これは古くなる度に新しく清書しています、本は何もされていない普通の書物でしたから」


 晶はなるほどと頷く。


「それにしても……結構アバウト……」


「だな」


 メイの意見に晶は同意していた、念じろといわれても、どのように念じればいいのか分からないものである、しかし突然勇が鎧に覆われた。


「なにをしたんだ?」


 平然と聞いているが突如姿が変わった勇に晶は内心驚いていた。


「装着ということからはとりあえず、特撮を想像して変身と念じてみた」


 勇が自身の体を見回し、同じく晶も観察するとそこには真っ白な顔も覆う全身鎧とレイピアを装備した勇の姿があった。


 竜の姿をモチーフにした装飾が施され所々棘のようなものが有り、兜は竜の顔を模していて口を開く形だった。


 口の位置に勇の顔があり、その顔は目の以外を覆う簡素なマスクになっている。


「初めて見るが全身鎧だったのか……勇殿支障が無いか動かしてみたらどうだ?」


「そうだな」


 ユナに言われたように勇は肩を廻し、足の関節も廻して筋を伸ばす、そしてどこかで見た動きを始める。


「ラジオ体操かよ!」


 晶はおもわず勇の頭を叩いたが全身鎧の勇である、拳から伝わる痛さに蹲る晶なのであった。


「大丈夫か?」


 晶の痛がり様に勇の声が申しわけそうになっていた。


「しかしこの鎧は凄いな、動きを阻害しないし物凄く軽いぞ、しっかりとレイピアも付属しているしな」


「流石勇者が使用していた鎧といったところだな、原理は分からないが装着する時に勇殿の体格に合う様になっているのだろう」


 勇が腰に差してあったレイピアを抜き、改めて身体を動かしていた、その様子をユナの感心するように観察している。


「ところでマリア、解除はどうすればいい?」


 レイピアを鞘に戻し勇はマリアに問う、一通り動かし何も違和感が無かったのだろう。


「はい、同じく念じれば戻るそうです」


 マリアは本をペラペラとめくりながら答える。


「又アバウトな、初代勇者は本能で使用していたのか?」


「あはは……」


 勇の意見にマリア自身も少し同じことを思ったのか、笑って誤魔化していた。


「じゃあ解除っと」


 鎧が勇から離れ、一瞬で宝玉へと戻っていった。


「う〜む」


 顎に手をあて悩み始めた勇に晶は声をかける。


「勇、どうした?」


 晶が顔を覗き込とその瞳はとても真剣な目つきである。


 何か問題があるのかと晶は気を引き締める、勇は何かを決意したのか勢いよく顔を上げ、おもむろに宝玉を握り締めた。


 顔の横に両手の握り拳を持っていき、力を込め強く握ったあと素早く腕を動かす。


「変身!」


「どこのブラックの変身動作なんだよ! さっき物凄く真剣な瞳はなんだったんだー!」


 腹の底から鋭く叫び、勇の後頭部に晶はパグンととび蹴り一閃ブチかましていた、先ほど手のツッコミはかなり痛くそこから学んだ結果である。


「鎧着たときの突っ込み酷過ぎるぞ!」


「無傷で済んでいるからこそだ!」


 勇が後頭部をおさえながら詰め寄るが、晶は肩に手を置き清々しい笑顔で親指を立てていた。


「カッコいい……」


 二人のやり取りの合間を縫うように感嘆の声が教会に響きわり、その音源へ二人が振り向くと目を輝かせるメイの姿があった。


「変身の動作……カッコいい……もう一回……!」


「え〜と……今のは思いつきでやっただけだから、改めてやると恥ずかしいのだが……」


 ジッと熱い視線を合わせているメイに勇はたじろいでいた。


 助けを求めるように勇はユナとマリアに顔を向けるが、そこには同じく期待の眼差しの二人が居た。


「……」


「……」


「……」


「わ、わかった」


 メイは余程嬉しいのであろう、花が開く様に満面の笑みを浮かべていた。


 根負けした勇は鎧を解除する、その顔は少し赤い、メイ達を一瞥したあと小さくため息をつき、恥ずかしさを吹き飛ばすためか勢よく構えるのであった。


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