流れ神 2
「え?、しばらく会えないんですか?」
「そうなの、ちょっと取り入ってて・・・。」
電話口で話す利子さんの声は、いつもと違って暗く、深刻そうな様子だった。
あれから、あの朝から、猫じいの姿を何処にも見ない、あの黒い石も一緒に消えている。
心配だった、利子さんに相談して、どうにか猫じいを探して貰えないかと思った矢先、開口一番に断られてしまった。
自分ではどうしていいか分からず、落胆していた、電話の向こうも、何か深刻さを感じさせる様子だったので、相談の頭すら切り出せずにいた。
早々に会話を切り上げたい様子だったけれど、最後に少し尋ねてみる。
「なんだか、利子さんもいつもと違いますよね、変ですよね? 何かあったんですか?」
「・・・・」
数秒の沈黙のあと、声がする。
「兄が・・、兄がこっちに来てるみたいなの。」
「お兄さん・・?」
「そう。」
「養子のね、前に話したよね? 私が家を出る直前に、家に迎えられた義理の兄。」
利子さんのお兄さんが、この町に来ている? なんでだろう? それにしても電話口の雰囲気が深刻だ。
義理であれ兄妹に会うのが、そんなに嫌なのか・・・?
「変な詮索しないように!」
「え・・」
「あとね、しばらくだけど、君はちょっと、あんまり夜に出歩くのは、よした方がいいかも。」
「え?」
「とにかく! しばらくは猫さんの近くにいた方がいいよ! 猫さんがいるなら大丈夫だから!」
「!」
プッ、ツーッ、ツーッ
切られてしまった、その、猫さんの事を尋ねたかったのだけれど・・・。
いつもなら、話さなくてもなぜか事情を察してしまう人なのに、今日はやっぱり様子が変だ。
出るなと言われても、当然アルバイトやらがあるし、全く引きこもる訳にもいかない。
猫じいの事も、何も進展していない。
どの道アルバイトには行かなければならないし、行きしなに回り道をして、自分なりに、足早にあちこち探してみることにした。
いつも何かしらのお土産を買って帰ったスーパーの辺り。
バイト帰りに、たまに自分をお迎えに来てくれた塀の上。
初めて出会った公園は、今までの経験からか、少し嫌な感じがしたので足早に・・・。
でも、やっぱり見つからない、、気配すら感じない。
「もう行かないと・・」
公園内をあちこち見回した後、ポツリともらして、バイト先に向かう事にする。
時刻はもう夕方、利子さんからの忠告もあるし、気分的に、ここにはあまり長居したくない。
うつむき加減でトボトボ歩き出す、その時だった。
「お兄ちゃん、探し物?」
真後ろから声がした、女の声、大人ではない、若いの女の子の声だ。
立ち止まる、この場所では、よくよくこうゆう事がある。
一瞬、利子さんの忠告が頭をよぎる、今日はいやな感じがするし・・。
視線を前に向け、心のざわざわをかき消すように、立ち止まっていた足をまた動かし、呼びかけを振り切るように歩き出す。
また声がする。
「だれか探してるの?」
心臓を突かれるような一言だ、どきっとして、結局また立ち止まってしまう。
「わたしもね!探してるの!」
「・・・・」
「誰を?」
結局、振り向いて聞いてしまう、目の前には、小学校高学年か、中学生くらいに見える、女の子が一人。
「お姉ちゃん!」
「・・お姉ちゃん?」
見た感じ、普通の人間だと思う、あまり詳しくはないけれど、服装も最近の小学生か、中学生といった感じだ。
ただ、
この時間に。
こんな場所で。
こんな子と話をしていると、悪い意味で非常に怪しまれそうだ。
特に自分が・・・
「お姉ちゃん、家出でもしたの?」
「うん、そんな感じ。」
冗談っぽく聞いたつもりだったけれど、それともからかわれているのか・・。
「家は?この辺なの?」
あぁ、しまった、軽く返したつもりだったけれど、こんな子供に家の場所を聞なんてまずい、いろいろまずい。
家出、家出なら警察を呼ぶべきだろう、あぁ、でも警察よんだら自分が職質受けたりして。
軽く不愉快になる、早く立ち去ろう、つこうとしたため息をかき消すように、女の子が喋り出す。
「すっごい遠いよ、ここには、仕事で来てるんだから。」
「仕事・・・?」
また不愉快になる、特に「仕事」のあたり、今の自分にその言葉を投げつけるとは・・。
「なんの仕事?」
「内緒!」
「・・ぬ・・。」
完全にペースを持っていかれている感、こんな機会は滅多にないけれど、ありがたくも何ともない、早くこの場を離れよう。
「なんでもいいけど!多分こんな所にはいないよ!」
ちょっとキツい感じで返した言葉に、向こうもなんだか寂しそうに返してくる。
「・・・そうだよね。」
「でも、お兄ちゃんもここで何か探してたんだよね?」
「探してたよ、いなかったけどね。」
「この公園に心当たりがあって、探してたの?」
「そ、そうだけど・・・。」
「この公園に?」
「そうだよ。」
会話のペースをこの子に持っていかれている。
そもそも、この子はなんなんだ、雰囲気からすれば多分、普通に人間だと思うけれど。
「この公園さ、寄って来やすい所だよね?」
「え?」
「お兄ちゃんが探してたのってさ、ひょっとして、おばけとか?」
「いや・・・。」
少し得意げな顔をして、にこやかに、語りかけてくる。
「違うの?」
「違うよ・・・。」
「じゃあ何をさがしてたの?」
「それは・・・。」
「ひょっとして、もう何かに取り憑かれてるとか?」
「いや・・・・。」
「私ね、-そうゆうの- わかるんだよ。」
「・・・・」
言い方が軽いけど、場所が場所だから、なんだか信憑性が出てしまう。
ひょっとしたら、探してるお姉さんというのは・・・。
「お兄ちゃんって、多分、そういうモノにすごく縁があると思うの。」
「たぶんわたしもそれに惹かれたんだよ、嘘、わたしは違うけど。」
「今も困ってるでしょ?」
「いや。」
「もう取り憑かれてるんじゃない?」
「違うよ!」
「なんならわたしが、お兄ちゃんに取り付いてるやつ見つけて。」
「わたしがソイツを、-どうにかして- あげてもいいよ。」
一瞬だった、全身に鳥肌が立つような感覚が走った、風も、音もないのに、そこらの木やらに止まっていた鳥が、ぱっと一瞬に羽ばたいて遠ざかっていく。
「いや!!いいから!!」
・・・・
それきりその子は黙ってしまった、きつい言い方をしてしまったかもと思ったが、でもさっきの、目の前の子供のたった一言は、自分の発した言葉以上に強く、攻撃的に感じた。
もう行こう、気まずい沈黙を終わらせる為に、ここから切り上げる為に、こちらから話しかける。
「じゃあ、もう行くから、夕方だから帰り道気を付けてね。」
「・・・・・」
聞いているんだろうか、いや、もういい、そう思って立ち去ろうとした時だった。
「わたしね、会った事ないんだ。」
「?」
「お姉ちゃんには、会ったことないの。」
「探してるのに?」
「うん。」
「私、養子なの、それでね、私が家に来るもっと前に、お姉ちゃんは家出したから、だから顔も知らない。」
「私が初めて家に来たとき、そうげんは凄く寂しそうだった。」
「ソウゲン?」
方言かな?そう思った。
「私のお兄ちゃん、西弦はね、利子ねぇとは本当は仲良くしたかったんだよ、でもね、利子ねぇは碌に会話もしないまま怒って家を出ちゃったんだって。」
「りこねぇ?」
「お姉ちゃんの名前!」
ひょっとしたら・・・。
「わたしなんでこんな事喋ってるんだろ? こんな事、こんな所で知らない人に話すなんて・・・」
「そもそも、なんで話しかけたんだろ・・気持ち悪い!」
辛辣な言葉がぼそぼそと聞こえてくる。
「絶対変!」
「は?」
「変だよ!!」
「わたし、惹かれてるのかな、気を付けてたのに・・。」
「あなた、人間だよね?」