凱歌
猫じい視点(?)
猫爺がまだ氏神だった頃の話。
前話の後味が悪かったので、ちょっと変化球的に。
昔はよく、夜な夜な夢を語り合ったものだ。
なぁ柊、お前の覗いて意いた望遠鏡には何が見えていたんだい?
あの夏が私に、一体どれだけの悲しみを植え付けたか。
なあ柊。
お前はまだ、あの土の下にいるのか?
飢えと死の恐怖に悶えた、あの土の下に。
星と月だけが綺麗に輝いたあの夜。
今日の月は、まるであの日と同じように見える。
生き残った私はまるで罪人じゃないか。
何十年も、こんな思いを引きずって生きる事は、まるで拷問じゃないか。
なあ柊...
「下村!」
私の苗字を呼ぶ、若い男の大きな声が響いた、こんな夜に、家には一人きりじゃないか、一体誰が?
私は、座っていた縁側から、声のする庭の暗がりに視線を向けた。
猫だ、猫じゃないか...
声のする方、薄い月明かりの下に、猫の姿が見える。
「なぁ、下村」
おかしな事だ、声の主は確かに猫じゃないか、でも、懐かしい、そうだこの声は...
「下村、俺の事、忘れたのか?」
そうだ、この声は..
柊じゃないか。
おかしな事だ、こんな今更、化けてでたか? 迎えにきたか?
「下村、俺はまだ、星を見とるぞ。」
「望遠鏡はすっかりボロだが、まだまだ使える、こっちも星は綺麗さ、不自由はしとらん、なあ下村・・・。」
「こっちに来るのはまだ先だ、そんな風に思って生きないでくれ、なぁ。」
「お前は、妻も子供も、孫だってもうけたじゃないか、胸を張れよ、なぁ下村。」
「柊...」
私は返答が出来ずに、ただただ、猫の方を見つめるばかりだった。
不意に、辺りが一段暗くなる。
雲が、月の光を遮ったのだ。
再び明るくなる時には、声の主の姿は無かった。
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「これで、良かったかぃ?」
「はい、ありがとうございました。」
「少しは、下村の心残りも、晴れたと思います。」
「あんた、えらいなぁ、この為に、長いこと彷徨っとったんかぃ?」
「・・・・・・」
「時間が経つのは、早いものですね。」
「私は・・、心の切れ端のようなものです。」
「本物の・・・、いや、下村公平という人間の殆どは、あの夏に、南方の島で死に、成仏したはずです。」
「これで、心残りの分身である私も往生できます。」
「やっぱり、学者さんはちがううなぁ、てつがくてきだねぇ。」
軍服の青年は、それを聞いてニコリと笑い、あどけない少年のような面持ちを見せた。
「行き先、気安いところだとええのぉ、見送りしかできんけど、すまないなぁ。」
「・・・いいえ、感謝しています、下村がこの町で長生き出来たのは、あなたのお陰かもしれませんね。」
月明りの下、静かに敬礼する青年を、猫は見送った。