呪い 3
それからしばらく経っても、私には何も掴めなかった。
友人には、おかしな所は一切無い、注意深く探っても、それらしい因果も見えない。
私はその頃既に、「占い師」として一人で生計を立ていて、何人もの人間の因果を視ていたし。
自信はあった・・・、注意深く視れば、何か掴めると思っていた。
でも、何も分からない。
目の前には、ただただ、毎日悲しみにくれる友人の姿。
心うらはらに、猜疑の目を向けながら、言葉だけの励ましをかける私。
・・・私の方が悪人みたいだ、友人がもし本当に、只の被害者ならば私は一体、何をしているんだろう?
でも、じゃあ、あの日見た呪いの正体は何だったの?
これは、演技なの・・・? それとも・・・
いままで感じたことも無いほどの悪意と形相をもって、友人の姉を呪っていた百足。
その因果は確かに、目の前にいる友人から伸びていた。
友人の姉が無くなる直前まで、その気配さえ感じないほど隠された、強い呪い。
目の前の友人が、呪いの術式を生み出し、行使していたのか?
それほどの術者が、呪いを成就させる直前に私に霊視を頼むだろうか?
そんなある日、友人の姉の遺品整理に付き合う事になった。
友人の夫と両親が、或る程度の整理は終えていたのだけれど。
実家に引き取ってある、残った服やアクセサリー類を整理するのに、私も付き添う事にした。
ひょっとしたら、なにか手がかりがあるかもしれない・・・
まだ諦められなかった、あれから毎日、悲しみに暮れる友人を見るうち、私は友人を疑っていたことを後悔していた。
でも、だから尚更、原因を、その因果を確かめたかった。
「ごめんね利子、でも私も怖くて・・・、それに・・思い出したくなくて・・・。」
「毎日励ましてくれてありがとう・・・、利子。」
「ううん、私こそ、ごめん・・・、力になれなくて。」
「お姉ちゃん、色んな病院にも通っていたんだけど、薬も飲んでたんだけど、それでも、どうしようもなくて。」
「だから、ダメ元なんて言い方したら、失礼だけど、でもひょっとしたらと思って、最後に利子に相談したの・・。」
「・・・・・」
言葉が返せない。
私も、自分の能力とあの日の自分を呪った。
あの時、私がなんとか出来たら・・・。
あれから友人は、姉の部屋にはほとんど入れなかったと聞いた。
西日が差し込み、オレンジ色に照らされる室内、新婚だった友人の姉は、新居に移ってまだ日が浅かった。
だから、実家の部屋は、机やベット、家具類もそのままで、両親が引き取った遺品が整理されて置かれていた。
若い女性の部屋だ、ぬいぐるみも窓際に整然と並べてあり、夕日に照らされて、どこか悲しげな目を覗かせる。
「整理っていっても、ほとんど捨てるしかないよね・・」
「ねぇ、利子?、何か・・・、何か見える?」
「お姉ちゃん、ここにいないかな?」
「ねぇ利子・・・。」
すがるように私に尋ねて、ぽろぽろと涙を流し始める友人に、私は申し訳なくなって、部屋の中を必死に探った。
でも何も視えない、気配も感じない。
「ううん・・・。」
「ごめんね、私、結局何の役にも立てなくて・・・・」
二人してぽろぽろと泣き出してしまった。
私自身も、後ろめたくて、情けなくて、でも、友人を信じることも怖くて、涙が止まらない。
二人とも涙して、目を合わせたとき、彼女の耳に、妙な、ぞっとするような違和感を感じた。
ピアスだ、ピアスから、何かが・・・。
「ねぇ、そのピアスなんだけど・・。」
「え?」
友人は左の耳たぶに手をかざして、さっきまでの涙の乾かない目で、私を不思議そうに見つめて、
途中で気が付いたように、話し出した。
「これ、お姉ちゃんとおそろいなの。」
はっとして私は返す。
「じゃあ、もう1つは?」
「多分・・この部屋に。」
それからは火がついたように、私は友人とそのピアスの片割れを探した。
彼女の両親がしまったのだろうか?
机の上の小物入れの、小さな引き出しの中に、それはあった。
オニキスだろうか?深い黒色をした涙型の宝石が付いたピアス。
オニキスは確か・・・、魔よけにも使われる石。
でも、触れた途端、コールタールのようにどろっとして、真っ黒な煙のようなモノが、
ピアスに付けられた宝石の中から、どろどろと溢れ出てくるように見えた。
部屋中に、あの時の気配が立ちこめる・・・まずい・・・
西日に照らされる部屋の、友人の影がぐにゃぐにゃと伸び始めて、頭の先から、触手のようなモノが2本、ぐねぐねと波打っている。
「なんなの・・・これ・・?」
「ねえ!そのピアス!いますぐ外して!!」
「え?利子?どうしたの?」
「いいから!!はずして!!」
私は友人から受け取ったピアスをそのまま床に放り投げて、友人をかばうように後ずさりする。
百足だ・・・友人がピアスをつけていた時よりは、幾分も小さく見える百足が、
一方のピアスの石の中からグネグネと体を伸ばし、もう一方のピアスにとぐろを巻いている。
私は興奮していた、呪いのからくりが分かった事、こんなモノ、見たことが無かったこと。
「わかった・・・これだよ・・お姉さんが亡くなった原因・・・こんなモノがあるなんて。」
「こんなモノ、どこで買ったの!?」
・・・・もっと冷静になるべきだった、友人にそれを伝えても、いいことなんて1つもなかったのだから。
友人はその場で泣き崩れてしまった、あのピアスは、ある時占い師の人に貰ったモノらしい。
私は、会ったことは無かったけれど。その占い師の噂は、同業だから聞いたことはあった。
たまに駅前なんかに現れて、よく当たる占いをする、と聞いていた。
片方を友人が、もう片方を幸せになって欲しい人に付けてもらうように、と言われ、
友人は、大好きな姉に、その片方をプレゼントした、というわけだ。
片方のピアスは、着けている人間の生気や、微小な霊気から呪いを生み出し、もう片方のピアスを着けている人間に送り込む。
そういったしくみで動く、呪われたピアス。
世の中にはこんなモノを造る人間がいるなんて・・・。
何か目的があるのか、いかれた冗談なのかわからないけれど、その占い師は、は善意の第三者を装って、友人にこれを渡した。
信じた友人はこれを姉に渡して、受け取った姉も大切に、ピアスを着けていた、それだけ、その結果が・・・。
ピアスはもう私の手には負えなかった、私はこの時、家を出てから初めて、義兄と両親に連絡を取り。
ピアスを送り、処分を頼む事にした、何年ぶりだっただろう?
母や兄と会話するのは・・・・。
友人はそれから結局、自身が姉を殺したようなものだと気に病んで、精神を病んでしまった。
私は、自分の能力の無さ以上に、友人を疑った事、自分の見た、その正体を友人に不用意に伝えてしまった事を後悔した。
今思えば、友人は 「知る必要のない人間」 の側なのだから。
あれから私は必死で修練して、あの時私が出来なかった沢山の祓う手段を身に着けたし。
そういったモノから人を守る方法も学んだ、友人にも、今は私が 「本物のお守り」 を渡している。
私の心は、今でもあの時の罪悪感で一杯になる時がある、もし、また同じような人を見たら、今度は救いたいと思うし、
友人には、姉の分まで幸せになってほしいと思う。