ねこ爺どの
春頃、自分は相変わらず、以前おかしな事があったあの公園での散歩を日課にしていた。
たしかに色々あったけれど、やはり散歩の習慣は辞めたくないし、散歩をするなら、あそこが一番だと思ったからだ。
春は桜が咲いて、満開の頃には花見の客も多い、桜が散れば新緑に色づく。
若々しいけど、どこか深い緑。
あそこは、四季がとても鮮やかなのだ、そこらの公園とは何かが違う。
その日も夕方から散歩をしていた、でも、六時半きっかりには、あの時計台は見ない。
夜景の素晴らしさも、ここは格別だ。
日が落ちると、町の灯が灯りだす。
最初は、5だか10だか、数えられるくらいだったのが。
見る見るうちに千だか万だかになって。
それで街の灯火は、今夜も、宇宙よりも、雲よりも近い場所に銀河を作るのだ。
人間は、つくづく凄い生き物だと思った、この景色は全て、人間が作ったものだ。
「人間は、凄いよな・・・」
独り言のつもりだった。
自分が吐き捨てた言葉に、どこからともなく返事があった。
「ニンゲンは、つくづくすごいよなぁ。」
「すごいいきものだ、がんばっとる、あの、おおきな人塚に、何百人も入りこんで。」
「まいにち暮らしたりするんだからなぁ。」
?
人の気配は感じないのに、声がする、それも、歩いている足元から。
「なぁ?」
?
立ち止まらず、おそるおそる足元を見ると、猫がいた。
見かけには、そこらにいるような、普通の猫、毛並みは明るい茶色の、でも少し尻尾の長い。
歩いている自分に併走して付いてくる。
「お~ぃ、無視はないじゃろぉ。」
猫の口がもごもご動いてる、やっぱり声の主は猫のように見える。
今までも、おかしな事はあったけれど。
猫にまで話しかけられるなんて、あぁ、自分は遂に本当のパラノイアになってしまったか・・
とモヤモヤした気持ちを隠せないでいた、最近はなんだか、おかしな事にも慣れてしまったのか、ああまたか、なんてボーっと考える。
でも、どこか可愛らしい、話し方はまるで爺さんのような猫。
「ワシはおまえがちいさい頃からよくしっとるよぉ。」
「いまはこんなだけど、ひとのことばもよくしっとるんだよぉ。」
いままでの、そういったモノとは違う、どこか優しさを感じる、懐かしいような声。
「あの・・・、ね、猫なんですよね?」
目線は合わせない、平行したままだ、こういったものに、自分から話しかけるのは、多分初めてだと思う。
傍目にはあたかもペットのネコと散歩しているように見えているだろうか・・
「いんやぁ、いまはこんなだけどなぁ、ちょっとまえは氏神みたいなもんだったんだよぉ。」
「ちょっとまえになぁ、いろいろあって、土地も荒れちまったから・・、いまはこんなだけどにゃあ!」
「なんてなぁ。」
「わしがまだちゃんとしとれば、おまえさんも苦労せんでよかったかもなぁ。」
「ブランコのあのこもなぁ・・・」
なんだろう、なにか知ってるんだろうか。
自分ははっとして、立ち止まって猫の方へ視線を向ける。
猫はその場にちょこんとお座りして、自分の顔を見上げながら、どこか可愛らしい顔つきで、語りかける。
「ちいさいころからしっとるよぉ。」
「おまえのねえちゃんも、よくあそんどる、ともだちも。」
「ここらの生まれの子はみんなしっとるよぉ。」
「いまはこんなだけどなぁ・・」
猫は、急にうつむき加減になって、すこしバツが悪そうに、いぶかしげに話す。
「おまえさんになら、話をきいてもらえるおもって、いきなりですまんかったなぁ・・。」
なんだか、しょぼくれたお爺さんみたいな話し方をする猫だと、ちょっと哀れな気持ちになる。
「マイナス思考は良くないですよ、僕だって、最近は前向きですよ。」
元気づけるような言葉しか浮かばなかったので、こんな事を口走ってしまった。
なんだか、こんな言い方していいんだろうか? こういったものに。
「ちょっと前は色々ありましたけど、今は結構・・・、前向きなんです。」
「負い目なんて感じなくていいんですよ。」
「元気出してください。」
自分は、いきなり何を喋っているんだろうと後悔した。
ちょっと失礼な言い方だよな、こういったモノの機嫌を損ねると、どうなるんだろう?
というか、傍目には、猫に一方的に話しかけるおかしな人だよな。
なにやってるんだろう自分・・・
「ありがとなぁ、うれしいよぉ。」
「また、はなしあいて、してくれんかにゃあ?」
反射的に頷いてしまった。
返事次第では、この猫はこの先も自分に関わってくるのだろうか?
ひょっとしたら、友人も、こんな経緯であんな目にあったのじゃないだろうか?
自分もおかしなモノに取り付かれてしまうのか?
しかし、思った時には遅かった。
「ありがとなぁ、こんどは、あそびにいくよぉ」
「もうひがしずむでなぁ、はよかえったほうがええよ。」
「ここは、よるはあんまりいいところじゃないでにゃあ、特ににいまのころはなぁ・・・。」
やっぱりそっち側の、そういったモノの類なのか?
あまり、悪い感じはしないけれど・・・
「・・・そうですね、僕はそろそろ帰ります、お、おやすみさい。」
「ありがとにゃあ。」
多分、語尾に、にゃぁをつけるのは、自身が猫である事を嘲笑した、彼なりの冗談なのだと思う。
そんな事を思って、少し歩いてから、やっぱり気になって振り向くと、離れた所にさっきの猫が、こちらを向いてお座りしている。
なぜだか自分も、小さく手を振って、公園を後にする。
まだ肌寒い春の夜、見上げる月は欠けていて、猫の瞳を思い出させた。