ビデオ屋のアルバイト 2
辞めることを決意したその日、私は店長にその旨を伝えた。
店長は同意して、特に引き止める事も無かった。
私は恐怖していたが。
心の半分は。
こんな事は妄想だ。
自分は少しおかしいのか、ちょっとした精神病ではないか?
などと考えていた。
もともと人間関係で前の職場を退職していたのもあって。
なんというか、
「関係妄想のような感覚にとらわれているんだ。」
とも、思っていた。
しかしもう、伝えてしまった。
とたんに、将来の不安や、次のアルバイトなんて見つかるのだろうか。
今月の生活費はどうしよう。
こんなことで辞める自分はクズだ、などという言葉が頭の中で渦巻いた。
なんだかばかばかしく、悔しくなって、この事を店長に少し話してみることにした。
どうせ辞めるんだ、少しおかしな人間に思われてもいいじゃないか。
そう思った。
「店長、少し聞きたいことがあるんですが・・・」
「あの客のことだろ?」
即答だった。
店長の目つきが険しい。
「あれはああいう客なんだ、入って最初に伝えなかったことは悪かったと思ってる。」
なんというか、店長もそれを知っている事が恐ろしかった。
「あの客に関わると碌なことがない、言わなかったけど、前にも何人か辞めてるんだ。」
「ちょっと変わった客なんだと思うんだが。」
「とにかく、関わらないほうがいい。」
「ビデオも私が戻したよ、あのビデオがカウンターの裏にあったときは、事情は私もすぐ分かったし。」
「前も同じ事があって、何人か辞めている。」
「理由はわからないんだが、聞いても話さないし。」
「わたしも正直、あの客が来る時間帯は避けている。」
「客商売だと、いろいろな客が来るから、中にはあまり関わらないほうがいい客もいるんだと思っている。」
「それに、客に対してそんなことをする君達の方が人間的には問題があると思うよ。」
「この件は特別に責めることはしないけれども、どんな客だとしても悪ふざけはよくない。」
「私からはそれぐらいしか言えない。」
私は黙ってしまった。
頭の中で、現実という言葉が色濃くなった気がした。
正論。
悪ふざけをしていたのは私達だし、冷静に考えれば店長の言うとおり。
なんというか、自分の妄想じみた考えが馬鹿らしくなった。
その日は普通に勤務を終えるつもりだった。
夕方~深夜の時間帯だった、時間も遅くなり、店内は閑散としていて。
私ともう一人のアルバイト君がいたが、彼はカウンターの奥で、確認と称してDVDを見ていた。
私はもうすぐ上がる。
・・・
あの女が来た。
レンタルの袋を持っている、返却だ。
どうしよう、もう一人のバイト君と変わろうか・・
などと考えているうちに、もうカウンターの前まで来ていた。
「返却ですね、ありがとうございました。」
声を出す。
「死ねばいいのに」
「家の場所知ってるよ」
「殺しに行こうか」
小声で聞こえた。
無表情。
親の顔が頭をよぎった。
震えがとまらない。
心臓がバクバクいって、どうしようもない。
本当にそうなるんじゃないかと思えてくる感覚。
どうしようどうしようどうしよう
はやくかえってくれ
少し冷静になったのは、アルバイトを上がる時間が来た頃。
家族が心配だったので、家にはすぐ連絡した。
姉が出た、変わりはない。
もう一人のアルバイト君は最近入ったので事情を知らない。
蒼白な私の顔を気遣い
「接客だとこんなことザラですよ^^」
こんな感じで気を紛らわせてくれた。
ありふれたことなのかもしれない。
私は小心者で、礼儀知らずだ、などと思いながら。
店内で夜を明かし、翌朝、朝日の中走って帰宅した。
結局アルバイトはやめる事にして、今日に至る。