waste 5
長くなりました。
「彼はさ、君と境遇がちょっと似てるんだね。」
さっきとは変わって、優しい口調で彼女が話す。
「そこまで分かるんですか?、・・・まぁ、似たもの同士というか・・。」
「なんとなく、なんだけどね、実体を持った繋がりも少し、視えるの。」
「やっぱりね、友達になる相手とかには、相応の縁とか、因果が繋がってるものなんだよ。」
走行中の車内、車窓からは朝の日差しと、通学中の学生、サラリーマンの姿。
お互い進行方向と景色を見ながら、目を合わせないで会話を続ける。
「でも・・、どっちかって言うと、悪友だね!」
少し笑いながら、彼女が言い当てる。
「なんでもお見通しですね・・・。」
「私、今はこんな格好してるけど、占い師なんだ、結構繁盛してるんだよ!」
「運命鑑定料 5万円イタダキマース!」
「えぇぇぇ!」
「冗談!」
やっぱり、彼女はどこか人間じみているというか、「神」の件のあの人とは違うと思った。
途中、友人の携帯に電話をするが、応答がない。
運転する彼女に指示されて、家の電話にかけると、友人の母が受話器を取った。
顔なじみで、幼い頃から良くしてくれた、彼の母さんだ。
どうやら、友人は数日前から寝込んでいて、昨日から食事にも下りてこなくなったらしい。
彼の部屋は二階にある、友人の母には、今からお見舞いに行く、と伝えた。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
「え、何でしょう?」
「彼の部屋に入って、私があなたに質問したら、それには正直に答えてね。」
「君は素直だから、信用してるからね。」
「は、はい・・」
なんだろう、この人は何をする気なんだろう。
どうしよう、急に大声を出して除霊じみた事を始めたら。
キエエエ!とか言い出したらどうしよう。
考えた時には、車は既に彼の家の前にあった。
彼の母さんには見舞いと伝えて、二階にある彼の部屋に部屋に入った。
途端、彼女は険しい顔をして、僕に、一言伝える。
「聞いてる話より・・、かなり悪くなってる、急いだほうがいいね。」
彼は床に敷いてある布団にうつ伏せに寝ていて、見るからにしんどそうに寝込んでいるのが分かる。
「おーい!、大丈夫か? 見舞いに来たぞ!」
「・・・・・・」
返事がない、聞こえていないのか。
気がつくと、彼女は、彼の寝ている布団をはさんで反対側に、私の方を向いて立っている。
目が合った途端、彼女が、少し低い、太い声色で、私に向かって言葉を投げつけた。
「どうしようもなく、暑いときは、どうすればいいと思う?」
「・・・?」
「どうしようもなく、暑いときは、どうすればいいと思う?」
「・・・?」
「え、エアコンとか、涼しくすればいいんじゃないかな?」
「それが出来ないときは、どうすればいいと思う?」
「・・・暑くない所へ行けば良い・・?」
「そう」
「では、どうしようもなく寒いときは、どうすればいいと思う?」
「寒くない所へ行けばいい。」
「そう」
「では、どうしようもなく、立つこともできないほど、風の吹きすさぶ時は、どうすればいいと思う?」
「風の吹かない所へ行けばいい。」
「そう」
「では、どうしようもなく、もがくほどに、心苦しい時はどうすればいいと思う?」
「・・・・」
返答に詰まってしまった
心の苦しくない所へ行く、と、返事をすればいいのだろうか・・
どうして突然、こんな禅問答のような事をしているんだろう。
でも、途中で止めてしまうと良くない事があるだろうと感じる。
彼女が言葉を投げる度に、部屋の空気が少しずつ、変わっていく。
肌がピリピリして、空気が張り詰める、外の音が全く聞こえなくなる。
友人は相変わらずしんどそうにして、布団にうつぶせのまま、一言も、喋らないままだ・・。
「どうしようもなく、あがくほどに、心が、息が、苦しい時はどうすればいいと思う?」
「・・・心安き浄土へ行けばよい。」
!?
友人がその日初めて、小さな言葉で呟いた。
声の感じがどこか違う、まるで別の人だ、どうなっているんだ・・
「そう」
「では、なぜ、ここにいるのか?」
彼女の目つきが険しくなる。
友人の様子がおかしい、息が荒くなっている、苦しそうだ。
どういう事なのか理解できない、ただ立っているしかない。
沈黙が続く・・
友人の息はどんどん荒くなっていく、本当に、救急車を呼ばなければと思う程だ。
汗だらけで、見ている自分が辛くて堪らない。
彼女は何をしているんだろうか?
ひょっとしたら自分は何か、騙されているのだろうか、そんな不安が頭をよぎる。
ちょうどその時、彼女は鞄から、小さな鏡を取り出した。
コンパクトのの様な形をした、少し古めかしい、変わった形の鏡、鏡のカバーを開いて、手のひらに載せている。
彼女の目付きは、さっきと違ってとても優しく、友人を見つめている。
「心安き所ぞ・・」
彼女が一言、ささやいて、部屋の空気が急に、いつもの感じというか、いつもの友人の家の雰囲気になる。
友人が大きく息を吐いて、表情が穏やかになり、静かに寝息を立て始めた。
ああ・・・、戻ったんだ、と感じる。
「パタン」
彼女は急いで鏡のカバーを閉じて、どこから取り出したのかリボンのような紐で、
グルグル巻きにした後、蝶結びのような、ちょっと変わった結びかたをした。
「大事な鏡、しばらくは使えなくなっちゃったよ・・・」
「結構、危なかったよ、糸を辿って、もうここまで来てたんだから。」
「かわいそうなモノなんだけどね、彼が似たような気持ちだった時に、どこかで付いて来ちゃったのかもね。」
「彼は、もう大丈夫だと思うよ。」
理由は分からないが、彼女は「何か」をして、それによって友人の状態が良くなったのは確かだった。
彼の家を出た後、彼女は「ふぁぁ」 と大きな欠伸をして。
「そういえば、今日徹夜だった!」
「今日は鏡の供養もしないと行けないし・・、とりあえずここでお別れ!」
「まだ聞きたいことあるしっ! また連絡するからね!、それに今日は、ちょっと貸しだからねっ!」
そういって強引に連絡先を交換した後、彼女はあの高そうな車で颯爽と走り去った。
最後に初めて分かった事だけれど、彼女の名前は 諫早 利子と言うらしい。
また、彼女とは関わることになりそうだ・・・。
朝の日差しが、自分の徹夜明けの体にも染みると感じたのは、歩いてビデオ屋まで自転車をとりに行く途中の話。