公園のあの子
夏頃、私は夕方の公園に、よく散歩に出た。
昼間は暑いので、夕方の6時くらいから出かけるのが丁度よかった。
小高い丘の上にある公園で、階段を上りきると、私の住む町が一望できた。
夕焼けの空。
日の輪郭はこうも美しく、空に紅を残しながら落ちて行く。
ほとんど毎日来るこの公園、ちょっとした広さで、公園内の歩道を一周するのは歩いて10分程度かかる。
私は先の事の不安を考えたり、気持ちが淀んだ日は、無心になって公園を何週も歩いた。
公園には他にも、ランニングや犬の散歩で訪れる人がいて、私もその人達と一緒に公園の風景の一部に溶け込んでいたと思う。
この公園は、昔大きな台風が来た際に発生した、大量の瓦礫を集めて出来た山に建てられたと聞いていた。
死体も一緒に埋まってる、とか、以前ここでは殺人事件があった、等等、噂はあったけれど。
見る限り全くそんな感じはしない、むしろ最近は、市内でも夜景の綺麗なデートスポットとして有名で、公園の一番高い所に、二人並んで座るカップルの姿もよく見かけた。
日は落ちて、空の紅も消える頃、空の星より一足先に、地上の星が輝きだす。
街は生きている、夜も明るく、色とりどりに輝く。
そんな公園、毎日六時半頃になると、一人でブランコを漕いでいる男の子がいた。
毎日いた、毎日、自分も毎日散歩を心がけていたけれど、たまに行かない日があった。
そんな日でも、この子は来ているのかな、と思った。
夏場は日が長いので、六時半でもまだうっすら明るい、一人で公園に来る子供がいても珍しいことじゃない。
でも不思議な事に、毎日六時半ごろになると、どこからとも無くその子は現れる。
私はもっと早い時間から、円状になった公園の歩道を、少し走り、少し歩きでグルグル回っているのに。
ブランコ近くの時計が六時半を指す頃、いつの間にかそこにいて、ブランコを漕いでいる。
いつも一人で。
九月に近づくにつれて、同じ六時半でも大分暗くなる。
暗くなると、変わった飛び方をする鳥が舞い始める、暗くて姿はよく見えないが、激しく羽ばたいて上昇し、落ちるように滑空する、蝙蝠だ。
そんな頃でも、あの子はいた、街頭が灯る薄暗い公園の中、ブランコを漕いでいる。
ちょっと怖いな、ある日気になりだした。
とはいえ、夕方の公園、運動用の服装とはいえ、どちらが不審者に見えるかと言えば、多分私・・・
ちょっと離れた所、見晴らしのいい草むらに、カメラと三脚を抱えて、町の夕日を撮影しているように見せかけて。
沈む夕日を眺めながら、あの子がいつ来るのか、確かめてみることにした。
腕時計を見る。
18:25
まだ来る様子が無い。
というか、ブランコ以外の所にいる所を見た事が無い。
半まであと5分、怒涛のごとく走ってきて、「とうっ」とブランコに飛び乗るんだろうか。
そんな光景を想像して、ちょっと笑えてきた。
「兄ちゃん」
後ろから、声がした。
年配の、低くしゃがれた男性の声。
びっくりして振り向くと、同じようにカメラを持った老齢の男性がいた。
銀色のボディの、ちょっと古めかしい感じのカメラを、首から下げている、今買えば結構値が張りそうだ。
公園には、カメラを持った年配の方も結構訪れていて、彼もその一人だと思った。
「さっきからずっと、ブランコの方見てるだろ?」
「この時間は、あそこはあんまり意識しちゃだめだ。」
「あんま良くないもの見るよ。」
いやな事を言われた、自分のやっている事が見透かされた上に、忠告まで入れられた。
「ここはさ、いろいろ因果があるんだよ、そういう物の上に出来てんだ。」
「え、あ、はい・・」
そのまま、正直に、返事をした。
「もぅ、大丈夫だ。」
そう言われて、あっ、となって時計を見る。
18:32
そのままブランコに目をやると、またいつものように、あの子が、ブランコを漕いでいる。
「えっ」
声が出た、いつの間に。
老人が気になって振り向くと・・
誰もいない。
太陽のあった空の反対側、金色の月が輝いていた。