ビデオ屋のアルバイト 1
仕事を辞めて久しい。
たいして貯金のなかった私はアルバイトを始めた。
ビデオ屋のアルバイト。
将来の事以外に、特にストレスの無い生活。
私にとっての社会人経験は、激務の一言でしかなかったので。
正直安堵していた。
ある日、変わった客が訪れた。
いや、最初は特に変わったとは思わなかった。
二回目も、三回目も、特に気にしなかった。
四回目、たしかそれくらい、客のレンタル履歴を画面で確認した時だ。
同じシリーズ作品の同じ巻だけを、何度も何度もレンタルしている。
変わった客だな、と、思っていた。
ある日また、その客が訪れた。
返却の対応をするのは初めてだ。
中身を確認する。
先日、画面で確認したタイトルと同じだ。
また、いや、まだこのビデオを借りているのか。
少し寒気というか、ちょっと変わった人なんだと思った。
今返却した、ということは、これで最後なのか?
普通、返却に来たビデオのレンタルを延長する時は、その場で告げるはず。
なんというか、満足したんだろうか?
と思った。
少し経って、また同じ客がビデオの返却に現れた。
中身を確認する。
あの時返却したタイトルだ。
ぎょっとして。
ちょっと怖いのと、面白いのと半分で、聞いてみることにした。
「この作品、お気に入りなんですか?」
軽い感じで聞いた。
「・・・」
うっすら笑って返事が無い。
客は女性で、おとなしそうな感じに見える。
会話にもならず、気まずいのでそのまま返却処理を終える。
女性客は、何も借りずにそのまま帰った。
その日、店員の間で、その話題で盛り上がった。
やはり、他の店員も不思議に思っていたようだ。
不謹慎な事だが。
面白半分で、少しいたずらをしてみよう、という話になった。
レンタルビデオ店では、ビデオ・DVD 等 破損等で見れなくなってしまうものがよくある。
特に大きなチェーンでもないうちの店は、そうなったものは、代品が来るまでは当然お倉入りになる。
そこでそのビデオ、少しの間カウンターの裏というか、そういったビデオを保管する所に移してしまおう。
という話になった。
もちろん店長には内緒。
そしてその日から、そのビデオは破損扱いとして、廃棄までカウンターの裏に収納され、お蔵入りとなった。
少し経って、またあの客が訪れた。
返却に。
また同じビデオだ。
他の店員の誰かが、いつの間にか元の棚に戻していたのかな?
店は24時間営業なので、自分がシフトに入っていない時に、中身を確認して戻した可能性はある。
でもちょっと気味が悪くなった。
女性と目が合う。
一瞬だった。
犬が歯を食いしばるような、物凄い形相で睨まれた。
「!」
動転してしまった。
でも、いたずらの事は彼女は知らないはず。
女性はまた、何も借りずにそのまま帰った。
その日、先日ビデオの事で盛り上がった店員にその話をすると。
「実は夜番の人とも同じ話で盛り上がってて、なんでこのビデオがよけてあるのかは、俺が話をつけたから、店長以外みんな知ってる」
と返ってきた。
彼も不思議がっているようだった。
「店長かなぁ?」
と、半分笑い話で盛り上がっていたのだが。
正直私は怖くなった。
数日後、その話をしていた店員が辞めた。
彼もアルバイトなので、辞めるなんてのは良くある話だが。
他の店員の話によると、私の入っていない時間帯に、店内で急に大声を出してそのまま帰宅。
電話にて両親から連絡があったらしい。
彼も就職に失敗した口で、私とは気が合ったし、人柄から急におかしな事をするとは思えなかった。
あの女性の事が頭をよぎった。
いや、関係はない。
でも、それからは、私はあの女性が来るのが恐ろしくてしょうがなかった。
数日後の帰り道。
夜の10時頃、店を出て少しの所。
夏だった。
自転車を押しながら、ゆっくり夜道を歩く。
先日の件が少し頭から離れかかっていた頃。
道の向こう側から、ゆっくり歩いてくる人影。
あの女だ。
あの女。
すれ違うまでに道を変えるか・・。
と思ったが、考えすぎだと言い聞かせた。
すれ違う。
・・・
・・・
・・・
なにもない、考えすぎだ。
常連客なんだから、会釈のひとつでもすべきだったのかと考えた。
翌日、夜番の人間が一人辞めた事を聞いた。
体調を崩したらしい。
関係ない、と言い聞かせたが、頭のどこかで、次は自分の番。
という脅迫じみた感覚が押し寄せた。
心霊話じゃあるまいし。
私は辞めてしまった昼番の店員の携帯番号を知っていたので。
電話で話してみることにした。
「お客様の都合により、お繋ぎ出来ません。」
繋がらなかった。
料金を払っていないのかな?
私はとにかく、電話が繋がらない事の「現実的な理由」を探した。
もう本心は妄想じみた恐怖でいっぱいだった。
辞めよう、アルバイトなんだし。
私はあきらめたように決意して、店長に告げることにした。
続。