僕とお爺ちゃんが長生きする理由
僕の名前はチビ。ちっちゃい頃にお婆ちゃんに拾われたネコだ。今はもうすっかり大きくなったけど、名前はチビのまま。だから僕は、おっきいけどチビ。
僕を拾ってくれたお婆ちゃんは、お爺ちゃんと二人暮らし。
このお爺ちゃんが、とってもヘンクツ。ガンコ。ワカラズヤ。
…で、あってるのかな?僕はムズカシイ人間のコトバはよく分かんないんだけど。
「おい、茶がぬるいぞ!」
「飯はまだか!」
「孫の顔?見たくないね!わしは子供が嫌いなんだ!」
お婆ちゃんとしょっちゅうケンカしてるし、大きな声出すし…。僕は正直お爺ちゃんのことが苦手。
お婆ちゃんは優しい。お爺ちゃんとケンカかした後はいつも、僕をヒザの上にのせて、ぶちぶち文句を言ってた。
「あの人は本当に、素直じゃないんだから」って、お婆ちゃんは笑ってた。
ケンカするほど仲が良い、って人間はよく言うけど、どうなんだろ。
僕が少し大きくなった頃、お婆ちゃんが死んだ。
お爺ちゃんは、お婆ちゃんの写真に向かっておっきな声で言った。
「ふん!わしは長生きするんだからな!一人の時間を楽しませてもらうわい!」
これを聞いた、お爺ちゃんのムスメさんとかシンセキの人とか、皆がっくりしてた。
僕は怖くて震えてた。だってこれから僕は、この怖いお爺ちゃんと二人暮らしになるんだもの。
だけどお爺ちゃんは、思ったよりも怖い人じゃなかった。
むっつりしてるけど、ちゃんと僕のご飯は忘れずにくれるし、ちょっと乱暴だったけど、僕をなでてくれたりもした。
お婆ちゃんが死んでしばらくしてから、ムスメさんがお爺ちゃんの様子を見に来たことがあった。だけど、お爺ちゃんは怒って追い返した。
「お前なんぞに世話になるほど耄碌しとらんわ!早く帰ってガキの世話でもしてろ!」
「またそんなこと言って!もう来ないわよ!」
「おう!せいせいするわ!」
それから、ムスメさんは本当に来なくなった。
お爺ちゃんは、近所の人ともそんなに仲良くなかった。
いつもいつも、一人でテレビを見たり、一人で囲碁をしたり、一人でちっちゃい木の世話をしたり…。
後ろで僕がじっと見てるのに気付いて、
「どうだ、いいボンサイだろ」
って言ってきたけど、僕にはよく分かんなかった。
気付いたら、お爺ちゃんのそばにいるのは、僕だけになってた。
あったかい春の日、お爺ちゃんは縁側に座ってボーっとしていた。僕が近付くと、お爺ちゃんは僕を抱えて、それからヒザの上にのせた。
お爺ちゃんとケンカするたびに僕をヒザにのせてた、お婆ちゃんの事を思い出した。
「やっぱり、さみしいなあ」
お爺ちゃんは、僕の背中をなでながら言った。
「それに、つまらんな」
お爺ちゃんは、僕の方を見てにっと笑った。お爺ちゃんが笑ってる顔を、僕は初めて見た気がする。
「だけどわしは、元気で長生きしなきゃな」
お爺ちゃんは、空に浮かんでる雲を見ながら言った。
「あいつには…婆さんには今まで散々我慢させてきたからなぁ。わしのいないあっちの世界で婆さんがゆっくり羽を伸ばせるよう、わしはここで長生きしないと」
そう言ってから、お爺ちゃんは僕の頭をなでた。
「娘にも迷惑をかける訳にはいかん。あいつは小さい子が二人もいて、大変だからな。だからわしは、一人で元気に長生きしないとなあ」
お爺ちゃんの膝が震えてるのが、僕には分かった。
お爺ちゃんだって、本当は寂しいくせに。
僕はネコだけど、出来るだけ長生きしようと思う。
お爺ちゃんが、一人っきりにならないように。