七話
「なあ。いつまで歩かせるんだよ。足が棒になる」
転移されて混乱したときは明るかったはずだ。照り付ける太陽は印象的だった。
現在はもう日没前である。
いつまで歩かせるんだとブツブツと永遠と聞かせたい限りである。
「お前にセクハラするのも飽きたしー。クソやしー」
「なんだよ文句言うなよ。わ、私もこんなに遠いとは思わなかったんですよ……」
「結局どこへ行こうとしているんだ?」
「野宿は嫌ですよね?」
「当たり前だ。こちとら文明人の頂点だったんだぞ?」
「行いは底辺で中身は野蛮人と変わりませんが……」
「なんだ?喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩よりもなんかレンタカー売ってくれたらいいと思いますが」
「確かに」
このように喧嘩するより同調を選ぶほど疲弊していた。
「ファンタシー的世界だろう?なんか移動の魔法とかないん?天使だろ?」
「おいおい。いくら天使だろうともそんなんあるわけないないですよ?天使の羽で私のみ飛んでいけますが?」
「馬鹿やろう。マップもないこんな世界で俺一人にするな」
「じゃあ。つべこべ言わず歩いてくださいよ」
「はいはい。気休め替わりにあと何キロか聞いていいか?」
「そんなの分かりませんよ」
「は?」
「ええ」
「じゃあ。お前は適当に方向を示して、歩いて来たって言うのか?」
「……」
「は?こんにゃろおおお。ふざけんなっ」
クソ天使の胸倉を摑み、ぶんぶんと振る。もう臓器全部吐き出せコノヤロー。そして死ねえ。
「や、やややややめてください。そこまで咆哮したって彷徨している現在は変わらないのですから」
上手いこと言おうとして失敗しているあたり、俺の癇癪を的確に刺激してくる。だから、もっとぶん回してやった。
これでもかというくらいにぶん回してやった。
俺は残念なことに貴族だったので、非力だった。一分と立たずに、ばてて倒れた。
散々回されて三半規管が滅茶苦茶になった天使もくらくらと倒れた。
「くっそー。こんにゃろー。お前のせいで、余計疲れたじゃねえか」
「自業、自業自得ですよ」
はあはあはあ。荒げた息を整える最中俺は一つ思い出した。
「なあ。天使。異世界転移とか、異世界転生みたいなものだろう?始めやすいところに送るのが筋ってものではないか?」
「そういわれましても……」
「お前機械いじったときになんかしてないよな……」
「いや、なにも……あっ」
不穏な言葉を放った。
「なんかあるんだな。早く言え」
「えっとですね……。もともと場所の設定と言うものをこちらでしないといけないのですけども……私が、そこの設定を過酷そうなことにしてるんですね。チハヤさん嫌がらせとして」
こいつ…。
最低最悪の天使だ。堕天使と言う称号も憚られる。だからこの堕天したことは本来に戻っただけではないのかと感じられた。
この地点の転移といい、距離も方向も適当だったと最悪を通り越して呆れるとしか言いようがない。
俺には怒る気力すら残されていなかった。
「なぜに一番最初に言わないのか。そこが許せないのだが」
「ええー。言ったら怒るでしょう?」
「そうだな」
「そこは否定しなさいよ。次こういうことあっても言う気にならないですけど」
「何言ってんだ。言え。馬鹿が」
俺は勢い余って立ち上がった。天使を見下す形となった。このまま足で踏んでやろうか。
「傍若無人過ぎやしませんか?まあ。何十時間の付き合いともいわずそれ以前でわかってましたけども」
「ほんま、てめえ。俺の悪口しか言わないなあ」
「いや、事実ですが。客観的天使ですが?」
「なあにが、客観的天使だ。天上天下唯我独尊じゃねえのかよ」
「あんたも私の悪口しか言わないじゃないですか?」
「事実だ」
「はあ」
天使は呆れたようにため息を吐く。
気分は良くない。
良くないと思ったのだが、どうしてこんなにも事あるごとに悪口を言い合っているのだ?と一瞬我に返ったようだった。
そもそも俺らは殆ど初対面みたいなもの。初対面みたいなものであるのにこんなにギスギスしているのはおかしいのだ。
まあ。はっきり言って初対面をミスったからと簡単に説明できるだろうが、しかしそこまでそうはならないはずだ。
何時間も連れ添った結果分かったのだ。こいつ天使とは相性が悪い。
天使と言うと天使全般を指しそうなものだが、勿論特定の俺の隣にいる堕天使なのは言うまでもない。
「はあ。俺の方がため息を吐きたい」
「なんですか」
「もうこんな無駄な争いをしている間にもう真っ暗だ」
「なんか出そうですね」
ああ。そうだ。思い出した。確か、そういう世界だった。ただただ平和な世界と言う訳ではなかったのだ。
「お前。この世界にはモンスターとか、魔物とか……」
「モンスターと魔物は同じですが」
「どうでもいいだろ。その魔物がこの草原にうじゃうじゃいるんじゃないのかと言いたいじゃ。ボケ」
「ああ。そうね。その問いにはザッツライト。うじゃうじゃいますよ」
は?ん?
馬鹿なのか?それを知りながら歩いていたのか?
開いた口が塞がらないのだが。
「なんですか。そんな可哀想な人を見る目を」
「いや、あほすぎて」
「失礼な。ちゃんと考えはあるんですよ?」
ああ。ビックリした。
そこまで馬鹿ではなかったか。それほどではなかった場合俺はお前を時空を割いてでも元の現代日本の医療技術で馬鹿を直してもらわなければならないところだった。
「で、考えとは?」
そこが一番重要だ。
「……」
天使は口を噤んだ。
え?嘘よな。違うよな?
「もしかしてそんなに嘯いておいて何もないと言うのはないよな?」
「……」
返答がない。ただの屍のようだ。
「いや、待て。マジのマジで考えなしのまま歩いて来たのか?」
「……」
「沈黙は賛成しているのと一緒だが?」
「いや、いや、あの、ですね……………」
沈黙になった。言い訳が全く思いつかなかったのだろう。
「はあ。最近の天使は馬鹿でも成れるのか。俺でも成れるな」
「やめてください。それは前先輩に言われれて非常に傷ついた言葉。刺激が強すぎます」と天使は心臓あたりを押さえた。
天使にクリティカルヒット。
天使にヒットを与えた字面に俺は嬉しくなった。
「で、こんな魔物に襲わそうな環境をどうしてくれるんだああ。ねえええええ」
俺は彼女が解決できないだろうという確実性の元、盛大に煽った。
謎のダンスを披露するほどだった。
彼女は自分の招いたことでこの状況が出来上がってしまったので怒りを抑えようと必死だった。だが、頭の弱い天使に出来るはずがなかった。
「ああああ。五月蠅いですねええええ。大体こんな状況になったのはチハヤさんのせいなんですよ。私の機嫌を損ねたからこうなったんですよおおおお」
みごとなギレ芸だった。
ひいちゃうよ。未だにまくし立てているし、呆れるじゃないか。くっそ、こんな言い争っていても進捗はない。
どうにか、どうにか……。
キョロキョロと見回すと、遠くに光を見つけた。淡いぼんやりとした橙色の……。
「待て、あれ」
「何を。また逸らすんですかっ。日が昇るまで続けるんですよっ!!!!」
「いや、日が昇るまで話題あることに驚きなんだが、あれだ。あれ」
さっきのところに指を遣る。天使は怪訝な顔つきで目を細めて観察する。
「た、確かにある。もしかして、集落かも」と希望に満ちた声で舞い上がる。
「そ、そうだろ」
「おおででかしたっ。いこういこう」とまるで酔った人の如く、激昂したことも忘れて光に群がる虫のように吸われて行く。
やっぱり酔っていたのかも。
「なあ。ねえ。あれなんだ?」
岩陰に赤い何かが群がっている。
「ああ……、あれは……。赤いスライムですね」
「スライム?RPGであの雑魚キャラと定評のか?」
「それは大体青でしょう?」
「赤いとなんだ?」
「爆発します」
「は?」
見るにスライムは膨張し、今にも爆発……。
天使は言った途端に逃げていく。おい、置いて行くなや。クソクソ天使っ!!!
どうせ聞かないと思いながらも俺は騒ぎ立てる。騒ぎ立ているだけで、足が動かない。ああ。殺された時と同じような硬直具合だ。くそったれ。
しかし、ここで違った点は、先に逃げた方も別に無事ではなかったこと。
ただただ因果応報。それは俺にも、天使にもどちらにも言えたことだった。
結論。俺たちは爆発に巻き込まれてどっかに吹っ飛ばされたってこと。




