五話
「ううん……」
パチパチ。目をシュパシュパする。
俺は倒れていた。それはもう仰向けに。見えるものは紺碧の青空だけだった。
この状況に地球ではないかと思った。まだ死んでいないかと思った。そう思ったなら、眼前に青空が広がっているこの状況に俺は動悸を感じた。
ここは道路ではないかと思ったのだ。
「ヤバいっ」
俺は咄嗟に横道に逸れるような動作をする。その刹那、それが滑稽な動作だと分かった。
周辺に全く危険なものがなかったからだ。
道路も家も、田んぼも畑も何もなかったからだ。
あるのは草原。大草原。
大草原……?日本にそんなところがあっただろうか。あるとしたら北海道……。もしくは日本以外の世界のどこかモンゴルとか……。
そう思った。異世界だとか言っていたが、俺にはその現実が全く分からないのだ。
だから北海道であると思いこんだ。
「北海道は初めてだなあ」と呑気なことで現実逃避をした。
しかし、周辺を見てみる。右も左も草しかない。草。いや、笑えない。
「いやいや。待ってくれ。待ってくれ。こんな大草原に放置しやがって……。どこへ行けと言うんだ。クソ天使」
やるせない怒りをどうすればいいんだ。いや、待て、発散できるものがこの手の中に……グフフ。俺はそのものを天に広げた。
ううん。白のパンツかあ。いかにも天使っぽいですなあ。
俺はちょっと黒のパンツ……いや、赤の方がいいかな……。いや、この際パンツであれば何でもいい。俺はそういう奴だ。
よし、このパンツはどうしてやろう。あの天使だと思うか。天使は顔だけは良かったからな。使える。
えっとまずは匂いから……と、その布に顔をうずめようとする。
「殺すぞおおおおおおおおおおおお」
顔面にパンツではなく靴が……降って。
「ぐわあああああああ」
俺は数十メートル蹴飛ばされた。歯が吹っ飛んだ。鼻血が盛大に出た。またぶっ倒れてしまった。今度は紺碧の空ではなく緋色の空が見えるような気がしてならない。
「ってっめえ。誰だ。ライダーキックなんて人にするものじゃないだろおお!」と叫んでいるその人を見た。
埋まっている。顔面から地面にめり込んでいた。
誰だ?こいつ。いや、なんでこいつめり込んでいるんだ?もしかしてバランスでも崩してそうなっているのか?だとしたら馬鹿が過ぎる。
「くすくす」
自然と笑いが湧き上がってくる。
「なに……笑ってるん……ですか……。殺しますよ?」
あら。これは聞き覚えのある声だ。さっき聞いたぞ?
「お前は天使か?天使なのか?」
「…………。そ、そうですが……。ちょっと着地に失敗したんですよ」
俺にライダーキックしておいてか?何を馬鹿にした発言だ。
「っははは。そ、そうか。そうなのか」
にやり。俺はここ最近で一番の笑顔を見せたであろう。まあ、見る人なんて誰もいないけれども。
「何を笑っているんですか?早く足でもなんでも掴んで引っ張り出しなさいよ」
埋めなきゃ(使命感)。
俺は手を汚す気分ではなかったので足で土を掛けておいた。
「お、お前。やめろ。やめろお。いや、マジでやめてくださいませんか。チハヤ様。ホントに。お願い」
よし。すっきりした。よし。行こう。
「あれ?チハヤ様あ?チハヤ?おい。引っ張り出せえ。おおおおおいいいいい」
天使はジタバタと暴れている。足だけ見えているのでちょっと面白い。まあ。どうでもいい。行こ行こ。こんな恥ずかしいもの見てられないと思った。
スポッ。
「あ。抜けた」
え?あ。抜けた?俺はパッと振り返る。
土を被ったさっきの天使があひる座りをしていた。
目と目が合う瞬間……背筋がピキッと凍った。天使なのに天使ではない目をしている。暗黒に満ちた双眸を見せている。
これは逃げなくては……。阿保でも分かる。これは殺される。
「すまん」
一つ合掌して、俺は逃亡を図った。
全くの無駄だった。疾風怒濤の走りですぐさま身柄を馬乗りになって拘束された。
「くそっ。お前。天使じゃないのかよ。もっと俺を甘やかせ。元の世界に返せ」
「じゃあ。天使の御前だと思って慎ましやかで謙った態度を見せてください」
「ええぇ。無理だろ。こんなところに連れて来た元凶だ。謙れる訳ないだろ。謙れるくらい美しくあれ」
「ほう。こんな状況で軽口叩けますねえ。生殺与奪を私が握っていますのに……」
「俺が偉いからではないか?」
「はあ。なに馬鹿なことを言っている?首絞めますよお」
「あーあ。天使なのにそんなことして大丈夫なのかなああ。堕天使かなああ?」
この天使は堕天使と言う単語を聞いた瞬間、固まった。もしかして、地雷なのか?なんかあったのか?
「ど、どうしたんだ?」
彼女は固まったままだった。頬を突いてみても今なら何も言われないんじゃないかと、好奇心が湧き上がって来た。
少し考えてもうそろそろ行動に移そうかとも考えていたのだが、彼女は俺から身を離した。
呆然と直立不動に立っていた。
「だ、だ、だ、だて、堕天使。堕天使です、かあ……」
虚ろな目をして、絶望していた。
トラウマを刺激してしまったのかな?
「堕天してしまったということは……私の天使の力が……。ああああああ」
大声で泣きじゃくる天使。急が過ぎて俺は困惑を隠せない。
「ど、どうしたんだ?」
「やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。私の天使パワーが殆どなくなったてことだあああああああ」
急に発狂しだしたお前の方がヤバい。
「は?」
「ですから、天使の殆どの権限が剥奪されちゃったんですよおおお」
「それがどうした」
俺には関係ないが。
「さいてえ。もっと他人の心配したらどうですか」
「急に空から降ってきて、泣きじゃくるからただの頭おかしい奴かと。と言うかそもそもなんでここにお前がいるんだ?」
「そ、それか……。話します?聞きます?あ、あ。お前が転移された後だった……」
なんか語りだしたぞ?二択だして置いて答えさせないまま語り始めたぞ?
「私はゴミみたいなお前が消え去って清々したからポテチでも食べようかと開けようとした瞬間。眼前にすぐさま別の天使が来た。
その天使が淡々と改竄云々《かいざんうんぬん》とあの世黄泉彼岸委員会の条項違反であるといちゃもんを付けられて、家宅捜索で色々なことがばれ……いちゃもんを付けられ、重大犯罪者とか言うレッテルと貼られて、多くの下っ端天使に取り押さえられ、私は堕天させられた。
そのとき黄泉川先輩……そんな先輩呼びだとか敬ってやるほど謙る必要もないあのアイツが堕天使おめでとうとかどうとか、まあ。更生したら帰ってきてね。待ってるよ?みたいなクソみたいな腹黒微笑で……。
アイツただエリート街道の象徴みたいな日本の担当したいがために私を引きずり下したんだろ!!そうだ。きっとそうに違いない。ああっ。クソがあああああ。次会ったときがアイツの最後だ」
この姿は全くもって天使じゃない。七つの大罪の怒りに完全に呑みこまれている。怒り心頭で怒髪冠を衝く勢いであった。
「一旦落ち着け」
こんな奴どうでもいい俺がこうやって気を遣うくらいにはヤバかった。
「落ち着いてられるか。あーあ。全部お前のせいだ。私は色々功績を積み重ねていっていずれは神になろうとしていたのに……これじゃあ……台無しじゃないですか」
「それは悪かった。悪かったが、こうしていてもどうにもならないだろ?」
「なんですか。私の天使生を堕天使生に変えたのは。そんな考えられませんよ。馬鹿なんですか?」
「っはあ?そこまで言う必要性はないだろ。大体、あの世何とか規定に反したお前が悪いんだろ。責任転嫁するな。仮にでも、元、元天使だろ」
「元じゃない。現役ですう」
「現役なら天使パワーを見せてくれよお」
ほらほらあ。見せられないのかなあ?
笑笑。ふうう~。
煽りのダンスをする。それがどういうダンスか形容するには難しかった。
「クソが。この野郎……」
「ほらあ。やってみろよお」
「やってやりますよ」
ムキになって彼女はなんだか分からないが、空中に手を伸ばした。
滑稽だなあと思った。
「うおおおおお。エンジェルライトお」と気合を入れる天使。
空中がピカリとひかり……。




