正しい結果
結果無価値論と行為無価値論かぁ。
正しい動機で
声をあげて立ちあがったとしても
そのさきに求めるものがゆがんで
正しい目的を見失ってしまうことがある
正しい動機を正しい目的に向かわせられたとしても
保つべき公正さや手順の適正さを欠いて
正しい手段がと採られないことがある
なんなら そもそも
正しい目的にむかって正しい手段を行使しながらも
正しい動機からうまれたものじゃないことさえある
そうして たどりついたのが
正しい結果だったとしても
ぼくらは無邪気に
喜んでやれることができるだろうか
正しい結果にたどりつけさえすれば
正しい動機じゃなくたって
正しい目的じゃなくたって
正しい手段じゃなくたって
どれも必要悪だと 平然と言ってのけるのか
正しい動機
正しい目的
正しい手段がそろってこそ
正しい結果に価値があり
その正しさを疑う余地もなくなるんだと
わかってはいるものの
正しい動機
正しい目的
正しい手段がそろって なお
正しくない結果にたどりついてしまったときと
正しくない動機
正しくない目的
正しくない手段のいずれか
あるいはいくつか
もしくはすべてによって
正しい結果が導きだされたときと
どちらをありがたがるべきか
まだ こたえられずにいるのだ
法哲学や法理念、立法論は好きでした。




