【七話】ChatGPTからの短編お題⑥『未来から届いた“今日の晩ごはんのレシピ”』
6. 『未来から届いた“今日の晩ごはんのレシピ”』
郵便ポストに未来の自分からレシピが届くようになる。
しかしある日、レシピに不気味なメッセージが…
(ChatGPTより)
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先週から出張が重なり、心身共に疲弊していた。金曜の二十時半頃、重い足取りで帰宅した私は、大きく溜息をつく。このまままベッドに潜りたいが、早朝にコンビニのハムサンドを食べた以降、何も口にしていないことを思い出す。私は疲れると食欲がなくなるタイプで、それで体調を崩すという悪循環を何度も経験していた。とにかくなにかを食べなければ、そうは思っても、食べたいものは頭に浮かばない。
ふと視線を落とすと、アパートのドアポストにチラシが溜まっていることに気づく。求人案内や賃貸情報、飲食店のクーポンなど、お馴染みのものたちが入っている。
「ピザか……ピザの気分じゃないな。寿司、カツ丼、ハンバーガー、どれも惹かれない」
飲食店のチラシを眺めながら今夜のメニューを悩んでいると、チラシの隙間から落ち葉のようにヒラヒラと何かが落ちてきた。それは、宛名も差出人も書かれていない、まっさらな白い封筒だった。糊付けされておらず、中を覗くと一枚の紙切れが入っている。紙切れを引き抜いて読んでみると、手書きのレシピだった。そこには、材料と調理工程が記されているようだ。お世辞にも綺麗とは言い難い文字で、筆圧も薄い。解読するように目を凝らし、それがなんのレシピなのか確信を得た。
「これは、オムライスだな」
ここで疑問が浮かぶ。まず、一人暮らしの男に手書きのオムライスのレシピを送る奴などいないだろう。今どきレシピなんてスマホでいくらでも調べられるのだから。きっと、なにかの手違いに違いない。部屋を間違えたか、もしかしたら前の住人に宛てたものかもしれない。私は様々な可能性を考えながら、もう一度そのレシピに目を通した。
「これ、材料は揃ってるぞ」
冷蔵庫を開け、レシピを見ながら材料を取り出す。
「白米と鶏もも肉は冷凍庫、玉ねぎ、卵、バター、ケチャップ……それから……」
これは好奇心だろうか。先ほどまで疲れ切っていたはずの私の身体は、意気揚々と自炊の準備を進めている。今から外食するのも億劫だし、コンビニはすっかり飽きてしまっていた。材料があるのだから作ってみようではないか。私はそうして、見ず知らずの人物から送られたレシピの通り、オムライスを作ってみることにした。
下準備として、鶏もも肉と白米をレンジで解凍しておく。油をしいたフライパンに、みじん切りにした玉ねぎと、小さめに切った鶏もも肉を入れる。塩コショウをふり、肉に火が通るまで炒める。肉と玉ねぎをフライパンの端に寄せ、空いた所にケチャップとウスターソース少量を入れて、少し水分を飛ばしてから白米とバターを入れて手早く混ぜ合わせる。別のフライパンでバターを溶かし、少量の牛乳入れた溶き卵を流し入れる。フライパンは少し火から離し、ヘラで混ぜながらゆっくり好みの固さまで火を通していく。皿に盛ったケチャップライスの上に卵を慎重にすべらせたら完成だ。
「オムライスなんて久しぶりだな」
私にとって、おおよそ十数年ぶりのオムライスだった。最後に食べたのは同僚と立ち寄った洋食屋だったと記憶している。自分で作ったのは初めてだった。過熱したケチャップの香りに食欲がそそられ、私の腹はいつの間にかグウと音を立てていた。
「いただきます」
空腹のせいか、とてつもなく美味しく感じた。食べる手が止まらず、気がついたら完食していた程だ。今まで自炊と言えば肉を塩コショウで焼いたり、野菜炒めにする程度しかしてこなかった自分を恨んだ。少し手を加えれば一端の家庭料理なんて作れるではないか。
私はレシピの紙切れにもう一度目を通す。何気なく裏を見ると、下の方に何かが書いてあった。あまりに小さな文字で、眉間にしわを寄せ凝視する。
「未来の……私より……」
未来の私?未来の私がどうしてオムライスのレシピを送ると言うのだ。これは、きっとつまらない悪戯の一種なのだろう、そう決めつけた。
それから六日後、アパートのドアポストには再び白い封筒が入っていた。私は戸惑いながらも中を覗いたが、予想通りレシピが記された紙切れが入っていた。
「また来たか」
紙切れを手に取って眺めるが、その歪な字は相変わらずであった。まるで利き手ではない手で書かれたような形状に、不気味ささえ感じるほどだ。私は時間をかけて読み取っていった。
「豚肉、玉ねぎを卵でとじる……他人丼か?」
またもや、材料は冷蔵庫に揃っていた。その偶然に、首のあたりがぞわりとする。確かに珍しい食材ではないし、一般家庭の冷蔵庫であれば常備されていてもおかしくはない。しかし、この一人暮らしの冷蔵庫は、ほとんど空に近いことが多いのだ。生姜焼きを作ろうと思い立ち、豚肉と玉ねぎを買ったのは昨日の夜のことだった。今日はリモートワークで部屋を空けていないので、侵入して冷蔵庫を覗くこともできない。もしや、外で誰かに見られているのか?
私は、何か手がかりがないかと封筒を確認するが、痕跡らしいものは見つけられなかった。相変わらずまっさらで、折れも汚れもない。ドアポストに直接届けられたであろうこのレシピは、誰が何の意図で入れている?
私は紙切れを裏返すと、また小さな文字で何かが書かれている。再び目を凝らすが、読めそうにない。そこで私は文房具の入ったケースからルーペを取り出し、紙切れの文字を見る。
『五両目には乗らないこと』
そう記されていた。
私は電車通勤の際に五両目に乗る習慣がある。五両目付近が比較的人が少ないからだった。
「どうして知っているんだ」
このレシピの送り主は本当にストーカーなのか、いや、四十代の中年男にそんなことをする人間がいるとは思えない。もしや、本当に未来の私からの便りで、何かを警告してくれているのだとしたら?そこで私の身になにが起こるというんだ。
仮にトラブルを回避する為の、ただのアドバイスであるとすれば、それはそれで有難いことだ。そのアドバイスを信じることで私が不利益を被ることはないだろう。何も『パジャマで出勤しろ』だとか『チンピラに喧嘩を売れ』と言われたわけじゃない。五両目に乗らなければいいだけだ。簡単じゃないか。
私は気を取り直し、レシピにならって料理を始めた。フライパンを温め、サラダ油を少々足らす。豚こま肉に美味しそうな焦げ目をつける、薄切りにした玉ねぎを加えて、しんなりするまで炒める。そこに出汁の素を溶かした水を少し、酒やみりん、砂糖、醤油を調味料を入れて煮立たせる。溶き卵を回し入れて半熟になったら火を止め、白米を盛った丼に盛る。
「こんなの、美味いに決まってる」
私はたまらず、一口頬張った。とろとろの卵、先に焼き色をつけた肉の香ばしさ、割り下が染みた玉ねぎと米。私は掻き込むように食べた。明日も作ろうかと悩むほどに美味しかったのだ。私はすっかり『未来の私』に胃袋を掴まれてしまった。
翌日、駅のホームで私は六両目に並んだ。大抵の通勤、通学客は並ぶ場所が固定されているので、五両目で電車を待つ列には見慣れた顔ぶれが並んでいた。
私が五両目に乗ってはいけない理由はなんだろうか。考えられるとすれば、痴漢の冤罪か客同士のトラブルだろうか。なにせ満員電車だ、なにが起こっても不思議ではない。
「待て!」
突然、ホームに男の怒鳴り声が響いた。
「逃げたぞ!」
「痴漢捕まえろ!」
複数人が叫んだ。ホームに並んでいた客たちは、あたりを見回した。犯人と思われる、グレーのスーツ姿の中年の男が、人混みを掻き分けて走っていく。大学生くらいの青年二人がその後を追っていた。痴漢は人にぶつかったり、押しのけたりしながら必死の形相で逃げていた。
「冤罪でも、その場で捕まったらまずいらしいな」
「あ、俺もそれ聞いたことある」
後ろに並んでいる若いサラリーマンの呑気な会話を聞きながら、痴漢が付近を通り抜ける様子を見つめた。騒ぎを聞きつけた駅員たちが続々とやってきて、階段付近に待機していた。逃げ場を失った痴漢は周囲の人間を突き飛ばし、まるで猪のようにホームを猛進していく。何人か体勢を崩し、転倒した。
「マジかよ」
と、誰かの呟きが聞こえた。確かに良くない状況になってきたが、痴漢は着実に周囲を包囲され始めていた。最後の抵抗か、彼は五両目の列に突進し、勢いそのまま線路へと飛び降りる。巻き添えを食った客が数人、ホームから落ちていくのが見えた。痴漢は足を挫いたのだろう、引き摺りながらなおも逃亡を続けた。急いで緊急ボタンを押した駅員の行動もむなしく、車両の音と大きな警笛が聞こえてきた。
――特急列車だった。
私の身体は勝手に動いていた。何人かは自力で登ったようだが、線路に一人残されていた身体の大きなサラリーマンは、どこか痛めていて手足に力が入らないようだった。私は無我夢中で飛び降りて、彼の重い脚を持ち上げた。ホームの駅員と客が上半身を引っ張り上げ救助し、私は自分でも驚くような瞬発力でホームへと戻っていた。
特急の緊急停止で、断末魔のようなブレーキ音が鼓膜を揺らす。ホームの中央にある階段の近くに、何かが飛んでいったのが見えた。よく見ると、グレーのスラックスを履いた『脚』が一本。おそらく痴漢の右脚だろうか。
次々と悲鳴が上がり、ホームはパニックに陥った。先ほど救助した男性の視界にそれが入らないよう、担架が到着するまで彼の頭の横に座った。彼は私の手首あたりを掴んだまま、ずっと震えていた。
もしかしたら、私が五両目に居なかったせいで彼が巻き込まれたのかもしれない。私のせいで誰かが死んでいたかもしれない。自分が死ぬより、自分のせいで誰かが死ぬことの方がずっと怖い。この時、生まれて初めて自分の死生観に触れた気がした。私は慰めの言葉などかけることはできず、ただ彼の震える手を強く握ることしかできなかった。
その後、駅員から危険を省みない行動を厳しく注意され、なんとも後味の悪い一日となった。冷静になれば二次被害の可能性もあった軽率な行動であったのは確かだったが、自分の行動に悔いはなかった。事件がニュースで報道されると、死亡した犯人は痴漢や盗撮の前科が複数あることがわかり、メディアはこぞって話題にした。
四日後、ドアポストに届いた白い封筒には鮭の南蛮漬けのレシピと、例のメッセージが書かれていた。
塩コショウで下味をつけた鮭に片栗粉をまぶし、フライパンで揚げ焼きにする。容器にだし汁、醤油、酢、砂糖を混ぜ漬けダレを作り、そこに揚げた鮭を熱いうちに入れていく。細切りにした玉ねぎ、にんじん、ピーマンを乗せしばらく漬け味が馴染んだら完成だ。
私は色鮮やかな南蛮漬けを食べながら、メッセージを何度も読み返した。
『五階から一階へは階段で行くこと』
私が住んでいるのは一階で、このアパートは二階建てだ。職場はビルの三階で、よく訪れる店や場所を書き出してみたが、どこも五階ではなかった。
「何処のことを言ってるんだ」
私は皆目見当もつかず、しばらく落ち着かない生活をした。行く先々で階数を確認し、五階は徹底的に避け、何事もなく過ごしていた。
二週間ほどは気をつけていたが、ある日、取り引き先との打ち合わせがあった。部下の案件であったが、彼は可哀想なことに胃腸炎で寝込んでいたのだ。日程的にも打ち合わせを延期できず、私はやむなく取り引き先へ向かった。
その会社は雑居ビルの五階にあった。
私は案内され、会議室で担当者と挨拶をかわす。打ち合わせ開始後、先方の発注ミスとこちらの不手際が発覚ししはらく火消し作業に追われたが、事は大きくならず双方胸を撫で下ろした。
「いやぁ、今日課長さんが来てくださらなかったら、うちは大損害になるところでした。本当に有り難うございます」
「何をおっしゃいますか。至らぬ点がございましたにも関わらず、寛大なご対応をいただきまして、有り難うございます」
私は無事に役割を終え、彼に挨拶をした。
「下まで送らせてください」
彼はエレベーターのボタンを押した。
「いえ、私は階段でおりますよ」
「五階ですよ?」
「運動不足でして」
未来の私からのメッセージが頭をよぎる。私はなんとしても階段でおりる必要があった。
「何言ってるんですか、そんなにスリムなのに」
しかし、彼は一向に折れてはくれなかった。いよいよエレベーターが到着し、扉が開くと同時に乗り込もうとした彼の腕を、私は咄嗟に強く掴む。
開いた扉の先は暗闇だった。
彼の胸元に入っていたボールペンが奈落へ落ち、カツン、カツンと音を立てて一番下へ辿り着いた頃、私たちはその場にへたり込んだ。
エレベーターの緊急点検で、五階の外扉のロックを一時的に解除していたのが原因だったそうだ。エレベーターの使用禁止が取り引き先の社内で周知された頃、私たちは会議室に籠っていた。そして点検作業員が貼り付けた注意書きは、清掃業者が誤って汚し、わずかな間だけ取り外されていたという。
些細な出来事が重なっただけだ。しかし、その些細な出来事の重なりは誰かの人生を狂わせるのには十分な引き金となる。私は段々と、自分が他人の命を脅かしているのではないかという感覚に襲われていった。
それからというもの、私はドアポストを覗くのをやめた。ポストの中身など確認せず、すぐにゴミ箱へ捨てるようになった。もしかしたら必要な郵便物も捨ててしまっているかもしれない。だが、もうあの白い封筒を見たくなかった。目に入ればきっと中身を見たくなってしまうだろう。そんな事は絶対に避けたかった。
そして、未来のわたしからの便りが来ているのか、来ていないのかは不明のまま数ヶ月が過ぎていった。相変わらず冴えない日々が続いているが、自炊だけは変化した。一丁前に栄養バランスにも気を使い、先月受けた健康診断ではコレステロールが大幅に改善していたのだ。料理の楽しさを教えてくれたことだけは、未来の私に感謝したい。
「課長、最近顔色がいいですよね」
営業事務の女性に声をかけられた。
「健診結果やばくてさ、体質改善中なんだよね」
「あ、だから飲み会来なくなったんですね」
「そうそう」
私は、できる限り人との付き合いをやめ、一人で過ごすことが一段と増えた。自分の行動で誰か失ってしまうのでは、という恐怖を拭うことが出来なかった。何かが起これば『手紙を読まなかったせいだ』と悔いるだろうし、手紙を読んでしまえば神経をすり減らして過ごす羽目になる。私は未来の言葉に支配されたくなかったのだ。今までのように何も知らず、穏やかに生きていけたらいいそれでいい。そんな生活でも寂しさは意外と感じなかった。
未来の私は何かを強く悔いているに違いない、だから今の私にメッセージを送ってくるのだろう。この先で私を待っているのは、不慮の死、あるいは孤独だろうか。私はいつ死んでもいいように部屋の整理をし、何かあったときの為に大家にいくつか頼み事をした。仕事関係のものは、誰が見てもわかりやすいようにまとめ、近頃は部下の育成に力を注いでいる。
終活と言えば聞こえはいいが、これは未来の私への反抗心とも言える。お前はさぞ虚しい人生だったんだろうが、私はそうはならない。
いつ死んだっていいように、全力で生きてやるのだから。




