【六話】ChatGPTからの短編お題⑤『一日だけ“心の声が字幕になる”世界』
5. 『一日だけ“心の声が字幕になる”世界』
突然、全人類の心の声が可視化されるバグが発生。
主人公の秘密がバレる前に、どう動く?
(ChatGPTより)
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「ごちそうさまでした」
朝食の卵かけご飯と、昨晩の残り物の豚汁を食べ終えた僕は、使った食器をキッチンのシンクへと置いた。ふと、キッチンカウンターの横で、立ったままコーヒーを飲む母を見る。いつのも、疲れた顔をした母だった。しかし、僕は視界にやや違和感を覚え、寝不足のせいかと思い何度か目を擦った。しかし、一向に改善しない風景に、確信を得る。間違いない、視界の端に文字が浮かんでいる。
母【あの卵、消費期限が四日前だけど大丈夫かな】
「あっ!」
僕は驚いて大声をあげた。文字にも、そして消費期限にもだ。その声に振り返った母は、目をまん丸にして僕を、いや、僕の首元あたりをじっと見つめていた。
僕【なんだこの文字】
母【なにこの字幕みたいなの】
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
突如として現れた謎の現象に、僕も母も語彙を失った。完全に混乱の渦中である。
僕【なんで考えてることが文字に】
母【嫌だわ。これ現実?】
僕【どうなってるんだ?】
母【ありえない】
「母上、僕たちはまだ夢の中かもしれません。一度寝室に戻り眠りませんか」
「それはいい考えだわ、是非そうしましょう」
「では、また後ほどお会いいたしましょう。よき目覚めを」
「よき目覚めを」
僕と母は各々の寝室へと戻った。僕は制服がシワになることも厭わず、ベッドで横になりしばし目を閉じる。鳥の囀り、電車の音、鳴り止まないスマホの通知音。
僕【眠れるはずがない】
勢いよく部屋を飛び出した僕は、同じく自室から出てきた母と視線が合う。
「「夢じゃねえ!」」
僕は通知音の主である友人のグループチャットを開いた。友人たちの反応を見るに、この現象は我が家だけのものではないようだった。
――おい、おかしいぞ
――お前も?
――俺だけじゃないんか?
――え?みんなそう?
――これやば
――うける
――みんな生きてる?(社会的な意味で)
――なんとか
――初手で死んだわ
――学校誰もいないんたが
――この状況で登校すんな
――強者すぎぃぃ
――今日テスト無理だろね
――俺は休むわ
――おれも!
――おなじく
――いまニュースでやりはじめた
僕は急いでテレビをつけた。女性アナウンサーの取り繕ったような穏やかな声がリビングに響く。
「繰り返しお伝えします。本日、午前七時十二分ごろから、全国各地で“視界に字幕のような文字が浮かび上がる”という現象が確認されている件について、先ほど内閣官房長官が会見を開きました。現時点で原因は不明であり、海外において同様の報告は確認されていないということです。また、健康被害との関連性については『現時点では情報が不足しており、断定はできない』として、国民に対し落ち着いて行動するよう呼びかけています。続報が入り次第、お伝えします」
横にいた若い男性アナウンサーが続ける。
「文字の内容については、いわゆる——ええ……あの、“心の声のようなもの”だという指摘も多く寄せられていますが……現在、政府は因果関係を含め、詳細を調査中だとしています。音声通話、ビデオ通話では反映されず、対面時にのみ視界に文字が表れるとの情報も入っています」
「どうする?」
僕は母に無意味な質問をした。どうするも何も、どうしようもない。母は、こちらの声が聞こえていないようで、こわばった表情で立ち尽くしている。こんなに深刻そうな母は生まれて初めて見た。父と離婚した時ですら、僕の前でここまで深刻な顔はしていなかったと思う。
母【もう……無理かも……】
「母さん?大丈夫?」
「大丈夫じゃない!」
母は三杯目のコーヒーを一気に飲み干した。
「私、会社ではクールなキャラで通してるのよ。一日中、心の中でマツケンサンバ歌ってるってバレちゃうじゃない……」
「そんなこと、どうでもいいじゃん」
「どうでもよくないわよ!あんたこそ、どうでもいいことしか考えてないんだから早く学校行きなさいよ!テストでしょ?」
「いや、行けない」
「なんで?」
「思春期の男子にとって、この上なく悲惨な状況だと思わない?」
「なに?もしかして一日中いやらしいこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「そういう奴もいるかもしれないけど、僕は違う」
「じゃあ何?」
「僕、隣の席の青木さんが好きなんだよ。半年も寝かせてるこの気持ちに終止符を打たれたくない」
「拗らせる前に終わらせてきなさい」
「無理だ!」
僕は頭を抱えて、これからのことを想像して震えた。
僕【このまま青木さんに好意がバレて、変に気まずくなるくらいなら逃げよう。そうだ、学校を辞めよう。転校するしかない。転校してから……いや、転校している隙に青木さんに恋人でもできたらどうする?それこそ生き地獄じゃないか。そもそも僕は……】
母【こいつ既に拗らせてやがる】
「あ、もうこんな時間」
母の声で我に返り、時計を見ると八時を指している。
「大変!可燃ごみ出さないと!」
「次回にしない?誰にも会いたくない」
「コバエを発生させたくないのよね」
僕と母は見つめ合い、鋭い眼光を互いにぶつける。拳を構え、リビングには緊張が張り詰めた。ちなみに殴り合うわけじゃないから安心してほしい。
「「最初はグー!ジャンケンポン!」」
「っしゃー!」
母のガッツポーズに、僕は項垂れた。
「じゃ、よろしくー」
母の余裕の笑みが癪に障る。僕は舌打ちして玄関に向かうが、後ろからクッションがと母の怒号が飛んできた。
「舌打ちすんな!」
「……すみません」
僕は玄関を出て、階段で一階のゴミ置き場へと向かう。六階から降りるには多少面倒だが、エレベーターのような密室で他の住人と会うよりずっといい。僕が二階まで下りた頃、男女の言い争う声が聞こえてきた。
「だから、違うって」
「もういいから!」
「誤解だ」
「何が誤解よ!」
その不穏な雰囲気は、段々とこちらに近づいてくる。僕は焦った。一度上へ戻るか、このまま駆け抜けて下へ逃げるかの二択で迷い、一瞬足を止めてしまった。この判断の遅さが運の尽きである。
僕【下まで走り抜けよう】
決意しスピードを早めて二階を通り過ぎようとした時、結局僕は声の主である二人にばったり鉢合わせてしまった。知らない人ならスルーしたのに、なんとその二人は小学校の同級生の両親だった。ここ数年顔を合わせることはなかったのに、今日に限って会うなんて。
「「「あ……」」」
こんなに気まずい邂逅があるだろうか。とりあえず挨拶、そうだ、挨拶をしよう。
僕【なに揉めてるんだろう】
僕は血の気が引いた。僕は自身の思考を律することもできない低俗な生き物だ。同級生の母は一瞬で顔が赤くなり、同級生の父は反対に青ざめた。
同級生母【パパのせいで恥かいたわ】
同級生父【お前はいつもヒステリー起こすから】
同級生母【出張が嘘だったなんて】
同級生父【大騒ぎしすぎなんだよ】
もう、これ以上ここに居てはいけないと直感で判断した。僕は急いで階段の踊り場まで走り、二人の姿が見えないことを確認してから叫んだ。
「お久しぶりです!間が悪くてすみません!なかったことにしてください!」
「こっちこそごめんね!お見苦しい所を」
同級生の母は申し訳なさそうに言った。その声色はとてもヒステリーを起こす女性には思えない。食後に走ったからか、知らなくていいことを知ってしまった罪悪感からか、僕の胃はムカムカとしてきた。
やっとのことで一階のゴミ置き場に到着すると、ちょうどゴミ収集車が到着したところだった。素早くゴミを起き、帰りはエレベーターに乗ろうとボタンを押した。子供の頃、人の心が読めたらいいのにと思ったこともあった。やっぱり読めない方がいい。建前なんてクソくらえと思ったこともあった。やっぱり本音は隠した方がいい。平和はそうやって作られているんだ。僕はやってきたエレベーターを見た。中には女性が一人乗っていた。
僕は忍者のように身を翻し、わずかな壁の隙間に隠れた。テトリスの棒になった気分だった。
「どうぞ!行ってください!」
僕が叫ぶと、女性も叫んだ。
「すみません!延長ボタン押してあります!」
ヒールで駆けていく音がエントランスに響いた。
「すみません!ありがとうございます!」
「いえ!」
誰もいないことを確認し、僕は六階まで戻った。玄関に入り、靴を脱ぐと腹部からギュルギュルと異様な音が鳴った。僕はトイレに駆け込んで腹痛と戦った。これが卵のせいなのか、この状況のストレスのせいなのかはわからない。まだ落ち着かない腹痛を抱えたまま、僕はソファーに突っ伏してブランケットを被った。こうしていれば身体は暖かくなるし、心の声も見なくて済む。母は職場からかかってきた電話を切ると、僕の背中あたりに触れた。
「つらい?今日は在宅ワークだから病院連れて行こうか?」
「いい。外に出たくない」
「わかった。悪化したらすぐ言うのよ」
「うん」
母は寝室へこもり、僕は部屋着に着替え、温かい牛乳を飲みながらぼーっと外を見た。スマホの通知音が鳴り、メッセージを開くと臨時休校の知らせであった。
「青木さん、大丈夫かな。このままずっと会えなかったらどうしよう」
そんな僕の心配をよそに、この奇妙な現象と僕の体調は二日後に解消した。その間、この住宅街で聞こえたのは、外で遊ぶ子供たちの無邪気な声だけだったという。




