【四話】ChatGPTからの短編お題③『呪いの指輪をつけたら、やたら優しい幽霊が出た』
3.『呪いの指輪をつけたら、やたら優しい幽霊が出た』
怖いはずの幽霊が、なぜか主人公の身の回りをお世話してくる。
その理由とは?
(ChatGPTより)
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運命の人だと信じた相手も、七年付き合えばときめきなんて感じなくなった。去年結婚した友達も似たようなことを言ってたっけ。その友達さえ結局は『別れるか悩んだけど、また他人と一から関係を築く気力がなくなった』なんてこぼしていた。私はその話に首が痛くなるほど頷いてしまったのだ。
愛がないわけじゃない、恋愛期間はとうに過ぎて、親友のような、きょうだいのような、そんな感覚になっているのだ。そう自分に言い聞かせていた。もし別れたとして、こんなに素敵な人とまた出会えるだろうか?いや、出会えないだろう。無意味な自問自答を繰り返しながら、早く彼と結婚したいと焦りが募っていく。でも、そんな思考は匂わせたくないから、一度だって言葉にしたことはない。虚栄心もここまでくると、一種の病気のようだった。
今日は彼の誕生日で、一組限定のビストロでディナーを食べている。私は誕生日を祝うことより、プロポーズの有無ばかりを気にしていた。品のいいタイトなドレスを身にまとい、婚約指輪が映えるようにネイルサロンで爪を整えた。
今日こそはプロポーズして貰えるのではと高まる期待をよそに、彼はムードのない話ばかりしている。まるで『その話』になるのを避けているようにも見えた。浮ついた気持ちを抱えながらデザートをつつくも、実は前菜を過ぎたあたりから緊張で味がよくわからない。彼は満腹なのか口に合わないのか、デザートを半分以上も残している。お互い、なんて勿体ないことをしているのだろう。
店を出て振り返ると、彼が見当たらなかった。彼はまだドアの向こうにいて、なにやら店員に文句を言っているように見えた。昔はそんなことをする人じゃなかったんだけどな。ふと覚えた違和感をすぐに掻き消して、電飾で彩られた街路樹を見上げた。大丈夫、私は彼を愛している。
大通りに出てから、私達の間には沈黙が流れる。いつもなら何とも感じない彼との沈黙は、私の期待も相まって妙な雰囲気となっている気がして、生きた心地がしなかった。そして、その妙な沈黙を破ったのは彼の方からだった。
「ごめん、今日は早めに帰るよ。明日は朝イチで客先なんだ」
思わぬ発言をうけ、しばし返答に迷ってしまう。いつも通り私の家へ向かうものだと思っていたから、誕生日プレゼントも家に置いたままだった。
「そうなの。大変だね」
気の利いた言葉なんて見当たらなかった。戸惑いを必死に隠して、余裕のある振りをしてしまうのは私の悪い所だった。彼はタクシーを呼んで、私だけを乗せる。
「プレゼント渡すの、次でいい?」
私は精一杯微笑んだ。
「うん、楽しみにしてる」
緩やかな速度でタクシーが出発し、お互い短く手を振った。『少しでいいから寄っていって』とか『今日中に絶対プレゼント渡したいの』とか、言える女になりたかった。私はいつまで、強くて芯があって聞き分けのいい女でいなければならないのか。これはもう、長女の呪いとしか思えないほどだ。
夜景を眺めていると、タクシーの窓ガラスに着飾った哀れな女が反射して見えた。今日プロポーズがなければ別れようかと思うほどに、私は切羽詰まっている。なんて言って別れるつもり?結婚してくれないなら別れたいと言うのか?そんな恥ずかしいこと言えるわけがない。タクシーに揺られる私の口からは、もはや溜息すら出てこなかった。むしろ、出てきそうなのは先ほどのディナーの方だ。
若干の吐き気を感じながら自宅のマンションのオートロックを抜け、何気なく郵便ポストを開けた。飲食店のチラシの下には、やや厚みのある封筒が二通も入っている。
「今日は見たくないのに」
わずかに震えた声は、自分の声とは思えないほど弱々しく聞こえた。見るからに結婚式の招待状であるその封筒を、ハンドバッグに雑に投げ入れた。この気持ちの名前はとうに知っている、ただの妬みだと。
エレベーターに乗ると急に酔いがひどくなって、私は本格的に気分が悪くなってきた。下を向いたら吐き気がひどくなりそうで、手の感覚だけを頼りにハンドバッグから部屋のキーを探す。部屋の前に辿り着いたけれど、キーはいつまでも指先に触れてくれず、先ほどの封筒たちがいつまでもカサカサと音を立てる。
「もう!」
苛立ちと吐き気がが頂点に達した頃、私の部屋の鍵がカチャリと開いた。私は無宗教だというのに『神よ!』と心の中で叫んでいたと思う。私はドアを開け、ブーツも脱がずにトイレへ駆け込んだ。
トイレでコース料理に別れを告げたあと、洗面台へ向かった。鏡を見ると、我ながらひどい顔だった。胃液の味を水ですすぎ、ついでにメイクも落として洗顔する。洗面台の横には新しいタオルと、常温のミネラルウォーターが置かれていた。
「ありがとう」
私は神、もとい私の部屋に住まう『なにか』に対してお礼を言う。間を置かず、キッチンの蛇口から水滴がポチャッと垂れた。どういたしましてとでも言っているのだろうか。
この『なにか』が現れたのは、先月のことだ。その頃、私はインフルエンザと診断されて療養していたが、たいして高熱にもならず暇を持て余していた。
―――そうだ、クローゼットの整理でもしよう。
一見、綺麗に収まっているように見えて所々に触れてはならぬ場所があった。何に使っていたのかわからないケーブル類、着古したのに捨てられないルームウェアたち。意を決してゴミ袋に詰めていくと、なんだか勢いがついてきた。一度だけ袖を通して放置された服たちも、昔使っていたジム用のトレーニングウェアも、どんどんゴミ袋に入れていった。すっきりしたクローゼットを見渡すと、なんとも楽しい気分になったのだ。物を捨てるだけでこんなにも心が軽くなるものか。私は他に捨てるものはないのか?と手当たり次第探し回った。毛羽立ち始めたバスタオル、派手な水着。最後の仕上げにハンガーにかけてあるロング丈のアウターを整理する。ふと、クローゼットの隅に見知らぬアルミ製の箱が転がっていることに気がついた。少し歪んでいる蓋を開けると、学生時代、クラスメイトとお揃いで買ったキーホルダーや、以前流行っていたキャラクターのシールなどがたくさん入っていた。おそらく実家を出る時に、母が荷物に紛れさせたに違いない。私は気にもとめず五年も放置していたのだ。そんなファンシーな思い出たちの底に、シックなベロア素材の小さな袋があった。袋を開けると、コロンと出てきた指輪に声をあげる。
「あ……これ!」
それは、高校の修学旅行で買った指輪だった。大きなお土産屋さんの裏手にある、怪しげな雰囲気のアンティークショップで見つけたものだ。店主がフランスで買い付けたという、味わい深いゴールドの指輪だった。全体的に細かな傷はあるけれど、かえってそれがその指輪の魅力となっていた。高校生が気軽に買うには少々高い値付けであったが、年老いた店主が『売れ残りだから』とサービスしてくれた。
一目惚れして買ったものの、高校生が身につけるには、やや重厚すぎた。身の丈に合っていなかったのだ。当時の流行りのファッションにも合わず、私はいつの間にか指輪の存在さえ忘れていった。
約十年ぶりにその指輪をつけてみると、なんだかとてもしっくりきた。歳を重ねたからか、そのデザインも変に浮くことなく、肌に馴染んでいるように感じる。しばらく見惚れていると、部屋のダウンライトが急に点滅し始めたのだ。壊れたのかと思ったが、すぐもとに戻った。そしてシャワーを浴びるためにその指輪を外そうとした時、どう頑張っても外せないことに気がついたのだ。
その日から、私の部屋に得体のしれない異変が次々と起こり始めた。ある時は23時以降にテレビが勝手に消えたり、またある時は開けっ放しの冷蔵庫のドアが勝手に閉まったりした。ついには、アラームを寝過ごして15分経った頃に『なにか』が身体の上にずしりと乗ってきたりした。
幸いなことに、私は霊的な存在に対してあまり嫌悪感を抱かないタイプだった。どう頑張っても見えないし、いたずらに怖がらせるようなこともされなかった。むしろ、実家の親を思わせるような気遣いすら感じる。この『なにか』との共生は、至って平和だった。受け入れるどころか、いつしか話しかけるようにさえなっていた。
胃の中のものを全て吐くと思いのほか爽快で、自分の吐き気がお酒のせいではないことに気づく。タイトな服と、日頃の疲れと、精神的なものが重なってしまったのかもしれない。
「そうだよね、私そんなにお酒弱くないし」
置かれていたミネラルウォーターを少しずつ飲み、胃の違和感もなくなってくるとお腹が力なく声をあげた。
「あー、お腹空いてきた」
私は無性になにか食べたくなった。そういえば、彼の誕生日ケーキが冷蔵庫に入っていたな。やけ食いなのか、長年の節制によりリミッターが外れたのか、今の私は食欲の化身だった。勇ましく立ち上がり冷蔵庫のドアに手をかけた。しかし、ドアをいくら引いても開かないのだ。私と『なにか』の全力の攻防だった。
「大丈夫、もう気持ち悪くないし。むしろお腹空いて眠れない!」
断固としてドアを防ぐ『なにか』に、私は更に畳み掛ける。
「全部食べたりしない。そうだ、半分!半分だけ!」
私の執念に観念したように、冷蔵庫のドアが静かに開いた。ケーキの箱を取り出して、ダイニングテーブルで半分にカットする。
三号サイズの小さないちごのケーキには、彼の名前が書かれたチョコレートのプレートが添えられていた。私は構うことなく口に入れてパリパリと咀嚼して飲み込んだ。それからケーキを半分にカットして皿に乗せ、貰い物の紅茶を淹れた。
「いっただっきまーす」
私は披露宴のファーストバイトかのごとく、大きな口で頬張った。口にクリームがついているかもしれないけれど、見ているのは『なにか』だけだ。構うものか。私はケーキをほとんど飲むように食べた。それから温かい紅茶を飲み、一息ついてから残りのケーキを冷蔵庫にしまう。まだまだ口淋しくて、何気なく冷凍庫を開けると、弟が先日買ってきたハーゲンダッツが残っていることに気づく。グリーンティーとはね。一緒に育っておいて姉の好みすら把握していないことに感心する。じっと冷凍庫の中を睨んでいると、見えない力によってドアが少しずつしめられていく。なす術もなく振り返ると、いつのまにかテーブルの上にはフルーツゼリーとスプーンが置かれている。そのゼリーは明日のおやつ用に買っておいたのだけど、仕方ないか。私はゼリーの蓋をあけながら嫌味を言った。
「あなた、本当はお母さんの生霊なんじゃないの?」
近くの壁がパキッと音を立てる。肯定か否定かもわからないが、存在感だけはしっかり出してくる。壁に飾った小さな鏡に、私の顔が映ったときハッとした。こんなに自然に笑うのはいつぶりだろうか。私は今日、彼の前で心から笑えていたのか?
「私ね、こんな結婚がしたい」
私は溢れる言葉と涙を止められなかった。
「我慢も演技もせずに、ありのまま過ごしたいな」
彼と付き合い始めた大学生の頃は、自分らしく振る舞えていたと思う。何ヶ月、何年と月日が経つにつれて、私の悪い所が段々と顔を出し始めたのだ。嫌われたくない、負担をかけたくない、迷惑をかけたくない。これは、完全に私のエゴだ。彼の為ではなく、自分の為にしている愚かな行いだ。それが、このアホみたいな状況を作り出してしまった。そんな馬鹿げた現実を受け止めると、不思議と思考がクリアになった。
「私、わがままになる」
どこにいるかも分からない『なにか』に、私は宣言する。
「人を顧みないって意味じゃないよ。未来がどうなるかなんてわからないけど、こんなに馬鹿みたいな独り相撲やめる」
涙と鼻水をティッシュで拭い顔を上げると、いつの間にかテーブルの上には私のスマホが置かれている。
「今すぐ電話しろって?」
スマホを手に取ると、時刻は午前一時を過ぎたところだった。彼はもう寝ているだろうか、一瞬ためらいスマホを置くと、スマホが勝手に滑ってテーブルから落ちそうになった。私は慌てて拾い、宙を睨みつける。
「ちゃんと電話するってば!」
あなたのお節介には本当に感心する。私は鼓動が速くなるのを感じ、三度ほど深呼吸をしてから発信した。
「振られたら慰めてよね」
意外にも応答した彼の声は、少しかすれていた。
「どうした?」
「ごめん、寝てた?」
「起きてたよ、寝ようかと思ってたところ」
「実はね、伝えたいことがあるの」
彼は五秒ほどの沈黙のあと、少し上擦った声で聞いてきた。
「もしかして、別れ話?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「どういうこと?」
私はいつも、何を伝えるか頭で考えて話していたけど、今なにも台本は用意していない。そうじゃないと意味がないと思ったから。
「私達、未来について何も話してこなかったでしょ。結婚を考えてるか聞いてみたくて」
私は自分の手足が冷たくなっていく感覚に襲われた。彼の返答が怖い。身構えて肩をすくめると、誰かに優しく抱き寄せられるような感覚があった。優しい同居人が元気づけようとしているのだろうか。
彼は一度咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。
「実は今日、僕はプロポーズする予定でいたんだ」
「しなかったのは何故?」
「それは……ちょっとしたトラブルで」
彼はうーんと唸ったあと、自白する犯人のようにツラツラと説明した。
「衛生的に、本物の指輪を入れるのは君が嫌がりそうだから、チョコレートで作ってもらった指輪をデザートに仕込んでもらったんだ。そして、それは君ではなく僕のデザートに入ってたんだ」
私は想像する。彼はその時、必死に誤魔化しただろう。なんせ嘘が苦手な人だから。
「知ってると思うけど、僕って予想外のことが起こると、次の一手がすぐ思いつかないタイプだろう?もう、プロポーズは延期しようと思ったんだ」
私は堪えきれず吹き出した。今日一日の彼の行動を振り返ってみると、確かに違和感があったことを思い出し、ようやくできた答え合わせはあまりにもお粗末だった。電話の向こうで、彼も恥ずかしそうに笑った。
「今からそっちに行くよ」
彼は優しい声で言う。
「だって、明日仕事でしょう?」
「そうだけど」
「いいからいいから」
これは遠慮ではなく、私の本心だった。今日はもう疲れちゃったし、なんだか一人で浮かれたい気分だ。彼は申し訳なさそうに代替案を出す。
「じゃあ、明日仕事が終わってから食事しよう」
「ねえ、うちで餃子作らない?」
「いいね、ビール買っていくよ」
その後、お互いに『おやすみ』を言って電話を切る。理由も告げずに別れる未来ばかり想像していたのに、こんな幸せがあっていいのだろうか。私は誰もいない部屋で微笑んだ。
「ありがとう、あなたのお陰だよ」
私の呟きに、なんの返事も聞こえてこなかった。静まり返った空間で、私は眠る寸前までお礼を言い続けたと思う。
それから、二度と『なにか』が気配を現すことはなかった。翌朝、私の指から指輪はすっかり消えていて、布団の中やベッドの隙間を探し回った。ついには部屋中のものを移動して身を光らせたが、指輪を見つけることは出来なかった。一緒に過ごした時間は決して長くなかったけれど、私は心の隅が欠けてしまったような感覚に陥った。私の行く末を見届けて、成仏していったのだろうか。
それからまもなく、レストランのオーナーの計らいで、ディナーに招待された。私達にとっては既に笑い話になっているからと断ったが、どうしても来てほしいとの要望で、再び来店する運びとなった。
今回のディナーは心から楽しめた。たくさん食べられるようにゆったりとしたシンプルなワンピースを着たし、ディナーの前には二人してウコンのサプリも飲んだ。予告通り、私のデザートのムースの中からはチョコレートの指輪が出てきて、ウェイターが記念写真を撮ってくれた。
それから、彼から婚約指輪を受け取った。
元々、ゴージャスなジュエリーが苦手なこともあり、彼が選んだ指輪は至ってシンプルだった。アンティーク調のゴールドのシックな指輪だ。そう、あの指輪に瓜二つだった。
「君はきっとキラキラしたものより、こういう方が好きかと思って」
「ありがとう、すごく素敵。いつの間に買ったの?」
私は少し震える指先で指輪に触れた。
「今だから言えるけど、これを用意したのは半年以上も前なんだ」
「そんな前から用意してたのに、結婚のケの字も匂わせなかったわけ?」
私はわざと意地悪く言ってみせた。
「匂わせたらサプライズ出来ないじゃないか。まあ、出来なかったけどね」
彼は自虐しながらデザートを平らげた。
「君は学生時代からアンティークが好きだろう?同僚の奥さんがアンティークに詳しいらしくて、相談しながら決めたんだ」
「どう?似合う?」
私が手を見せびらかすと、彼が呆れたように笑った。
「似合うに決まってるだろう」
ひとしきりディナーを楽しんだあと、店を出て夜風に吹かれながら、彼は私の手を握った。
「僕がどれだけ君のことが好きか、君は全然わかってないと思う」
「ちょっと、外で変なこと言わないでよね」
私は照れくさくて、彼の口を手で塞ごうと躍起になった。彼は少し酔っ払っているように見えた。
「プロポーズを断られたら、僕は死ぬまで独身を貫くつもりだったよ」
「嘘」
「神に誓うよ」
「一人で死んでどうするのよ。さみしいじゃない」
彼は私の顔を覗き込んで、頬を寄せた。
「さみしくはないさ。きっと、幽霊になって君に会いに行くから」




