第9話:揺れる義妹リリエッタの想い
王宮の一室で、私は机に置かれた文を睨みつけていた。
――エルディナ軍、苦戦。補給線を断たれる。
震える指で文を握りしめ、私は深く息を吐く。
「やっぱり……姉様、あなたなのね」
セレスティア。
かつて私は、あなたの影に隠れた存在だった。
容姿も、才能も、人望も。すべてあなたに敵わなかった。
なのに――なぜ今もなお、私の前に立ちはだかるの。
◇
「リリエッタ嬢、次のご命令を」
傍らに控える宰相補佐が頭を垂れる。
私は小さく頷いた。
そう、私はただの王族の娘ではない。
アラン殿下から命じられ、この戦における密命を担っている。
“セレスティアを守れ”
表向きは、私が王太子の愛人であり、王妃を追い出したと囁かれている。
けれど真実は違う。
あの日、王宮での断罪は芝居だった。
私がアランと密会を繰り返したのも、すべては敵対勢力を欺くため。
――姉様を孤立させ、国外に出す。
そうすれば彼女の身は守られる。
同時に、陰謀の首魁を炙り出せる。
私たちはそう誓い合ったのだ。
だが、今。
その計画がどれほど脆いものであったか、思い知らされている。
◇
私は窓辺に立ち、遠く霞む戦場の方角を見つめる。
「……姉様、あなたはきっと憎んでいるでしょうね」
自分を追放に追いやったのは、アランと私だと信じて。
真実を知らぬまま、憎しみを募らせているのだろう。
けれど、それでいい。
憎まれても構わない。
あなたが生き延びるなら、それで。
私は唇を噛み、そっと腹を撫でた。
――ここには、誰にも明かしていない秘密がある。
アラン殿下との子を身ごもっていること。
この子は、国を背負う未来となるはず。
そのためにも、姉様を生かさなければならない。
彼女こそが、この国を救う旗印だから。
◇
その夜。
私は密かに書簡をしたためた。
“セレスティア様。どうかご無事で。あなたを必ず守ります――リリエッタ”
けれどその文は、誰に渡すこともできなかった。
持ち出せば、宰相の目に留まる。
陰謀は、いまだこの宮廷の奥深くに巣食っている。
「……いつか、必ず」
文を蝋燭の炎にかざし、灰へと変えた。
その煙が夜空へ昇っていくのを見届けながら、胸の奥で願う。
どうか。どうか、この戦が終わるまで、姉様が生きていてくれますように――。
◇
一方その頃、戦場では。
補給線を失ったエルディナ軍が徐々に劣勢に立たされていた。
だがアランは退却を命じず、むしろ冷徹に戦を続行していた。
「殿下、このままでは被害が拡大します!」
幕僚の叫びを遮るように、アランは低く言い放つ。
「いいや――ここからだ。奴らの次の一手を見極める」
その瞳の奥には、ただ一人の姿が映っていた。
セレスティア。
彼女がこの戦場でどう動くのか。
その答えが、この国の未来を決める。




