第15話:波紋と決意
翌朝。
私は天幕の寝台で目を覚ました。
腕に巻かれた包帯がまだ熱を帯びている。
夜の闇の中で振り下ろされた刃の冷たさが、肌に残っていた。
「お目覚めですか、セレスティア様」
侍女が心配そうに覗き込む。
「無理はなさらずに。殿下も心配しておられます」
「……ありがとう」
私はかすかに笑みを返した。
――守られたのだ。あの崖際で。
ジルヴァートの剣と、兵たちの命によって。
◇
昼過ぎ。
私はジルヴァートと共に軍議に臨んでいた。
将軍たちが報告を読み上げる。
「昨夜の襲撃は、民衆の間でも広まっております。『王妃殿下が命を狙われた』と」
「その噂は逆に民を奮い立たせています。『殿下を守らねば』と」
私は驚いた。
恐怖が広がると思っていた。だが民は違った。
――狙われるほどに、この身は“象徴”として強くなる。
ジルヴァートが静かに告げた。
「セレスティア。お前はもう避けられぬ存在だ。狙われれば狙われるほど、民はお前を旗印にする」
胸の奥に複雑な感情が渦巻いた。
誇り、責任、そして……恐怖。
◇
その頃、祖国エルディナ王宮。
宰相は報告を聞き、机を叩いた。
「失敗だと? 仕留め損なっただと!」
だが、すぐに口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「いや……むしろ好都合かもしれん。暗殺されかけた女など、国を乱す亡霊だ。次こそは大義名分をもって潰せる」
周囲の貴族たちは沈黙し、ただ頷くしかなかった。
一方、アランはその場にいなかった。
彼は別室で報告を受け、拳を握りしめていた。
「刺客……宰相め」
彼の顔は怒りに歪んでいた。
◇
「殿下……」
リリエッタがそっと近づき、囁く。
「姉様は、まだ生きておられるのですね」
「……ああ」
アランの声は低く震えていた。
「守ると誓ったはずなのに、再び命を狙わせてしまった」
リリエッタは苦しげに唇を噛む。
――芝居だった断罪。
自らが憎まれる役を負ってでも、姉を守ろうとした。
それなのに、今も彼女は危険に晒されている。
「殿下。次こそは……真実をお伝えすべきでは?」
「そうだな」
アランの瞳が鋭く光った。
「宰相をこのまま野放しにはできぬ。俺が……俺自身が、彼女に会い、伝えねばならない」
◇
アールディアの陣営。
私は市場を再び訪れていた。
民は皆、私を見て口々に叫んだ。
「王妃殿下を守れ!」
「殿下のおかげで我らは戦える!」
その声は歓喜であり、決意だった。
私は胸に手を当て、深く頭を下げる。
「……ありがとう。私は決して、皆さんを裏切りません」
その言葉は、自分自身への誓いでもあった。
もはや後戻りはできない。
――宰相の陰謀を暴き、この戦を終わらせる。
だがその夜、密かに届いた知らせが私を震えさせた。
“王太子アラン殿下、密会を望む”