第14話:迫る暗殺の影
「必ず仕留めよ」
宰相の低い声が密室に響いた。
「王妃を名乗る女を討ち取れば、戦の大義は我らのものとなる」
闇の中で跪く黒衣の男たちが、無言で頷く。
彼らは名も紋章も持たぬ影の兵――ただ命じられた標的を葬ることだけを目的とした存在。
宰相の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「王太子殿下には“戦死”と伝えればよい。女を庇って討たれたとでも言えば、むしろ好都合だ」
謀略の刃が、静かに研ぎ澄まされていく。
◇
その頃、アールディア陣営。
私は市場に立っていた。
戦で疲弊した民に食糧を分け与え、子どもたちに薬を配る。
彼らの笑顔を見れば、少しでも痛みが和らぐ気がした。
「セレスティア様、ありがとうございます!」
「我らは必ず貴女に従います!」
声が次々に上がる。
追放され、冷遇された王妃が、今は民にとって希望の象徴になっている。
だがその人気は、同時に宰相にとって最大の脅威となっていた。
◇
夜。
「今日も疲れただろう」
ジルヴァートが私の天幕を訪れ、葡萄酒を差し出した。
「いや、顔色は悪い。無理をしていないか?」
「……大丈夫です。民の声を聞くことが、私の力になりますから」
私は笑ってみせたが、胸の奥は張り裂けそうだった。
――アランの言葉。
――宰相の影。
揺れる心を悟られまいと、杯を口に運んだ。
その時、外で物音がした。
「……今の音は?」
ジルヴァートの表情が一瞬で険しくなる。
彼は剣を抜き、天幕の外に踏み出した。
◇
暗闇の中、矢が飛んだ。
「っ……!」
ジルヴァートがとっさに盾で受け止める。
「セレスティア、下がれ!」
黒衣の影が数人、音もなく天幕を取り囲んでいた。
刃が月光を反射し、無言の殺意が突きつけられる。
「宰相の刺客……!」
私は息を呑んだ。
ジルヴァートは剣を振るい、敵の一人を斬り伏せたが、次の瞬間、背後から別の影が迫る。
「危ない!」
思わず叫び、私は手近の燭台を掴んで投げつけた。
火の粉が散り、影が怯んだ隙にジルヴァートが剣を突き立てる。
「くっ……数が多すぎる!」
◇
私は背後の布幕を裂き、外へ逃れた。
だがそこにも別の刺客が待ち構えていた。
「セレスティア殿下、ここまでです」
冷たい声と共に刃が振り下ろされる。
とっさに身を捻ったが、腕に鋭い痛みが走った。血が滴る。
「……っ!」
必死に走る。
だが足音が背後から迫る。
林を抜ければ崖――逃げ場はない。
振り返れば、闇に光る刃が迫っていた。
◇
「させるか!」
轟く声と共に、ジルヴァートが飛び込んできた。
彼の剣が火花を散らし、敵の刃を弾き飛ばす。
「大丈夫か、セレスティア!」
「はい……でも……!」
崖の縁に追い詰められた私たちの前に、なお数人の刺客が立ちはだかる。
背後は断崖絶壁。
前には無慈悲な刃。
「逃げ場はない……ここで仕留める!」
影の男たちが一斉に襲いかかる。
私は目を閉じた。
――終わるのか。
だが、その瞬間。
遠くから角笛の音が響いた。
「増援だ! アールディア軍が来るぞ!」
刺客たちが顔を歪め、素早く身を翻す。
闇に溶けるように撤退していった。
◇
荒い息をつきながら、私は膝をついた。
腕から流れる血が地面を濡らす。
ジルヴァートが慌てて駆け寄り、手当てを施す。
「……無事か」
「ええ……でも、これはもう……戦ではなく、暗殺です」
私の言葉に、ジルヴァートは深く頷いた。
「宰相はお前を恐れている。だからこそ命を狙う」
その眼差しは鋭く、決意に満ちていた。
「次は必ず仕留めに来る。だが――私は絶対に、お前を守る」
その誓いを胸に、私は震える唇で答えた。
「……ありがとうございます」
だが心の奥では、別の声が囁いていた。
――アランも、私を守ろうとした。
その記憶が、なお私を揺らしていた。