第13話:刺客の影と覚悟の誓い
夜明けの光が天幕を照らす頃、私はようやく震えを鎮めていた。
――あの夜、森で出会ったアラン。
彼の声、彼の瞳、そして「断罪は芝居だった」という言葉。
すべてが頭から離れなかった。
けれど、現実は容赦なく押し寄せる。
刺客に襲われ、アランとは生き別れた。彼が無事かどうかすら分からない。
胸を締め付ける不安を抱えたまま、私は報告の場に臨んだ。
◇
「宰相の手の者だな」
ジルヴァートは報告を聞くなり、そう断じた。
天幕の中で、彼の瞳は炎のように燃えていた。
「アールディアの兵ではない。印章も紋章もなく、殺すことだけを目的とした者たち……まさに暗部の兵。エルディナ宰相のやり口だ」
私は拳を握り締めた。
「ではやはり、宰相が和議を妨害して……」
「そうだ。そして、その矛先はお前だ。旗印としての力を恐れている」
ジルヴァートは机に手を置き、私を真っ直ぐに見つめた。
「セレスティア。これからは私が常に側にいる。命を狙われる覚悟をしておけ」
その声は鋼のように硬く、同時に温かかった。
私は思わず目を逸らした。
◇
「……ありがとう、ジルヴァート様。でも」
口を開いた瞬間、胸の奥に別の影がよぎる。
――アラン。
冷酷な断罪を下した彼。
けれどもあの夜、必死に私を庇った背中は、紛れもなくかつて愛した男のものだった。
「でも……私は、まだ揺れています」
思わず漏れた言葉に、ジルヴァートが静かに目を細めた。
「……やはり、あの男のことを」
「はい。憎んでいるはずなのに、心はまだ……」
沈黙。
やがて、ジルヴァートは深く息を吐いた。
「ならば答えを急ぐ必要はない。だが一つだけ覚えておけ。お前の命を守ると誓った以上、私は退かない」
その言葉には、彼自身の覚悟が宿っていた。
私は胸が熱くなるのを感じ、同時に罪悪感に苛まれた。
◇
その夜。
ジルヴァートは城壁に立ち、戦場を見渡していた。
鎧の隙間から血が滲んでいるのを、私は見逃さなかった。
「その傷……まだ癒えていないのですね」
「戦場では、剣より癒やしの方が不足するものだ」
彼は笑ってみせた。だがその笑みは痛々しかった。
「無理をなさらないでください。あなたまで失えば……私は……」
言葉を詰まらせる私に、ジルヴァートはそっと微笑んだ。
「お前がいる限り、私は倒れぬ」
その言葉は、誓いのように胸に響いた。
◇
一方その頃、祖国エルディナの王宮。
「失敗したか」
宰相は低く呟いた。
密室に集められた数名の貴族が怯えたように視線を交わす。
「刺客をもってしても仕留められぬとは。やはり奴は厄介だ」
「殿下に知られれば……」
「構わん。殿下は既に私の掌の中だ」
宰相の瞳が細められる。
「次はより確実な手を打つ。王妃を名乗る女を討ち取り、戦の大義を完全に掌握する」
闇が宮廷を覆っていく。
やがて、その影はセレスティアへと忍び寄るのだった。