第12話:密会、揺れる真実
深夜。
天幕の中で、私は震える手で文を読み返していた。
“真実を知りたくば、密かに会え――アラン”
その文字は確かに彼の筆跡だった。
冷酷に私を断罪したあの日の人と、同じ手が書いたとは信じがたい。
「……本当に、彼が」
だが心臓は早鐘を打っている。
恐れと期待、憎しみと渇望――あらゆる感情が絡み合い、私を突き動かしていた。
◇
翌日、私は密会の意をジルヴァートに伝えた。
「無茶だ! 敵国の王太子と会うなど、命を差し出すようなものだぞ!」
「それでも、行かねばなりません」
彼の瞳が鋭く光る。
「……まだ、あの男を信じているのか」
「信じてはいません。ただ、確かめたいだけです」
沈黙ののち、ジルヴァートは深く息を吐いた。
「ならば私の護衛を連れて行け。ひとりでは危険すぎる」
「いいえ。これは私自身の選択です。誰かを巻き込むわけにはいきません」
私の言葉に、彼は苦渋の表情を浮かべた。
「……必ず、戻ってこい」
その言葉に私は頷き、夜の闇へと身を投じた。
◇
森の奥、月明かりだけが差し込む小道。
約束の場所には、黒衣の影が立っていた。
「……セレスティア」
その声。
忘れようとしても忘れられなかった声。
「アラン……」
闇の中で見えた彼の姿は、戦場で見た冷徹な将軍ではなかった。
やつれた頬、血走った瞳。その表情には苦悩が刻まれていた。
「来てくれてありがとう」
「……なぜ今さら」
「すべてを語るには時間が足りない。だが一つだけ言わせてほしい」
アランは歩み寄り、低く告げた。
「あの日の断罪は――芝居だった」
◇
胸が凍りつく。
「芝居……? では、あの冷酷な言葉も……義妹との密会も……」
「すべて、宰相を欺くためだった」
アランの瞳は真摯だった。
「リリエッタも協力してくれた。お前を宮廷から遠ざけるために。陰謀の矢が、真っ先にお前を狙っていたから」
私は言葉を失った。
あの日、すべてを失ったと思っていた。
だが、それは――守るための偽りだったというのか。
「信じろとは言わない。ただ……」
アランは苦く笑った。
「私は今も、お前を愛している」
胸の奥に、どうしようもない熱が込み上げた。
だが同時に、怒りもまた湧き上がる。
「そんな言葉で……十年の孤独が消えるとでも?」
◇
その時だった。
茂みが揺れ、無数の矢が闇を裂いた。
「っ……!」
アランが私を抱き寄せ、身を挺して矢を弾く。
「伏せろ!」
闇の中から黒装束の兵が現れた。顔を覆い、印章も持たぬ者たち。
「宰相の……刺客!」
アランが剣を抜き、私の前に立つ。
金属の音が夜気に響き渡る。
私は震える声で叫んだ。
「どうして……! 宰相は和平を望まないのね……!」
矢が再び放たれる。
その中でアランの声が響いた。
「セレスティア、逃げろ! 必ず真実を掴め!」
私は振り返り、必死に走った。
背後で剣戟の音が遠ざかっていく。
振り返る勇気はなかった。
◇
天幕に戻った私は、崩れ落ちるように膝をついた。
全身が震えていた。
彼の言葉――「芝居だった」という真実。
そして、宰相の影。
「アラン……無事でいて」
夜空に滲む星々に祈りながら、私は己の心が揺れていることを痛感していた。
憎しみと愛情、疑念と希望。
そのすべてを抱えたまま、私は再び戦いに臨まねばならない。