第11話:戦局激化、揺れる和平の影
戦は膠着していた。
補給を断たれた祖国エルディナ軍は徐々に消耗していたが、数の優位はいまだ脅威である。
アールディア軍も決定打を欠き、両軍は睨み合いを続けていた。
「……このままでは消耗戦になります」
私は地図を前にしながら呟いた。
「勝つことよりも、持久戦で国が疲弊する方が恐ろしい」
ジルヴァートは腕を組み、低く応じた。
「確かに。だがこちらから和議を持ちかければ、弱腰と見られる」
「だからこそ、私が動くのです」
その言葉に、参謀たちの間にざわめきが広がった。
「追放された王妃が……?」
「いや、だからこそ意味があるのではないか」
私は視線を上げた。
「私は彼らにとって“裏切り者”であり、“被害者”でもある。その二つの立場を利用すれば、和平への道を開けるかもしれません」
◇
その日、私は小規模な随行と共に前線へ向かった。
砦の上から見下ろした戦場は、煙と土埃に包まれている。
互いの陣がにらみ合い、時折小競り合いが火花を散らす。
「……あの旗」
遠くに掲げられた双頭の鷲の紋章。その下に立つ影を見たとき、胸が締め付けられた。
アラン。
たとえ敵となっても、私には彼を見分けることができた。
その姿は冷酷で、孤高に見えたが――
ほんの一瞬、彼がこちらを振り返った気がした。
◇
アールディア本陣に戻ると、既に使者を通じた交渉が始まっていた。
私の名を盾に、「和議の場を設けたい」という要請を送ったのだ。
「殿下が応じてくだされば……」
ジルヴァートの言葉を遮るように、伝令が駆け込んできた。
「報告! エルディナ軍、和議を拒否! むしろ大規模な進軍準備を開始!」
参謀たちが騒然とする。
「馬鹿な! 補給も絶たれているのに!」
「これは……自暴自棄か?」
私は眉を寄せた。
――いや、これは違う。
和議を拒むのは、アランではない。宰相だ。
「……陰謀です」
思わず声に出していた。
「誰かが、和平を阻もうとしている」
◇
一方その頃、祖国エルディナの本陣。
「和議など、あり得ぬ!」
宰相は机を叩き、声を荒げた。
「殿下、ここで勝利を収めねば王家の威信は地に堕ちます! 敗北を認めるなど愚の骨頂!」
アランは沈黙していた。
心の奥底では、セレスティアの声に応じたい。
だが、宰相の目は鋭く光り、軍権の大半を握る彼を無視することはできない。
「……殿下」
リリエッタがそっと囁いた。
「姉様は決して敵ではありません。どうか――」
アランは瞳を閉じ、低く答えた。
「分かっている。だが、まだ時ではない」
◇
夜。
私は一人、天幕で灯火に向かっていた。
――和議は拒否された。
それでも私は諦めきれない。
「どうすれば……どうすれば、この血を止められるの」
思わず零れた言葉は、誰に届くこともなかった。
だがその瞬間、天幕の外から声がした。
「セレスティア様。密使が到着しました」
胸が跳ねる。
「密使……?」
差し出された文を開いた瞬間、私は息を呑んだ。
“真実を知りたくば、密かに会え――アラン”