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それから数日後。
いつもようにお嬢様を見送った私は、奥様のお呼びでサンルームにいた。
薔薇園を背景に、一面の窓ガラスから射し込む光が、車椅子に座った奥さまを照らす。
「……さ、三者面談、ですか……?」
「そうなのよ」
その女神のような微笑みを、私は現実逃避するかのように見つめた。
「あの子の日頃の様子や気にかかる事について担任の先生とお話しするみたいなの。私が行きたいのは山々なのだけれど、また最近腰が痛くて、ここからライヒンデルツまで行くのはちょっと……ね?」
「はい……」
「だから今回もお願いできるかしら。貴女なら日頃のあの子の様子にも詳しいし、貴女にとっても懐かしい母校でしょう?いい気分転換になるかと思って」
「っ……で、ですが奥さま」
「なあに?もうライヒンデルツには返事を出してしまったのよ。だって貴女が一番適任だと思ったから。……ねぇ、3日後、行ってくれるわね?シンシア」
穏やかに、しかし決して有無を言わせない笑みでそう言われて、頷かない使用人などいるだろうか。
「もちろんです……奥さま……」
私は蚊の鳴くような声で返事をするしかなかった。
アクセスと面談。
それはつまり、アクセスと話すという事だ。
私はお嬢様の保護者の代理として。
そしてアクセスはお嬢様の担任として。
(いや…………ムリムリムリムリ無理!!)
私は一人、お嬢様の部屋の中で頭を振った。
するとその瞬間、手の甲に鋭い痛みを感じて、思わず手を引き上げる。
「っ、いったぁ……!」
私は犯人をキッと睨んだ。
「ちょっと!囓らないでって言ってるでしょ?!」
「キュイキューイー」
犯人はそう、このどこからどう見ても飛ぶネズミにしか見えない妖精だ。
睨まれてプイッと顔を背けたその背中には、何重にも包帯が巻かれている。
魔性動物の担当教師いわく、羽の一部が折れてしまっているらしい。
それはもちろんあの暴走の結果で、自業自得な気がするのだけど、心優しいお嬢様には傷ついた妖精を放り出すことなど出来なかった。
『この子の傷が治るまで!絶対わたくしがお世話するから!』
という天使のような一声で、この乱暴者の屋敷での療養が決まったのである。
もちろん、お嬢様にもお世話をして頂くけれど、お嬢様が学校に行かれている間は私がお世話をする。
生き物を飼うというのはそういう事だ。
もともと生き物は好きだし、動物のお世話も苦ではない性質だけど、なにせこの妖精、とても性格が荒い。
「ハァっ……もう、それどころじゃないのに……。油断も隙もないわね。ちょっと餌を変えるだけだから、大人しくしてて」
「キューウッ」
私は底に敷き詰めたおが屑を避けながら陶器の餌皿に手を伸ばす。
すると妖精がまるでネズミのように素早くケージを登り、外に出ようとした。
私は慌てて出口を押さえる。
「あっ!ちょっと、出ちゃだめっ……!」
「キュー!」
出口まであと一歩。
といったところで、回し車に足を取られ、あっさり床の上に落ちる妖精。
「ウ、ゥゥ……?」
「っ……!」
妖精はすぐに跳ね起きると、きょろきょろとあたりを見回し、頭に?マークを浮かべた。
そのちょっと情けない所が憎めない。
「ふふふっ。……はーぁ、あなたのせいで何か力が抜けちゃったわ」
私はケージの出口を閉め、へなへなと座り込んだ。
確かに、こんなこと、一人であれこれ考えても始まらないのだろう。
私が変に意識しているだけで、もしかしたらアクセスの方は全然平気なのかもしれないし。
『久しぶり、元気だった?ブラットさん』
なんて、ただの元同級生みたいな挨拶をされたりして。
拍子抜けするほど穏やかに終わるかもしれない。
いや、きっとその可能性の方が高いのだろう。
だって、もう14年が過ぎた。
今さら話すことなんて何もない。
お互いに。
「……私が、敬語で話しかけたら、ビックリするかな。もし、ちょっとでも悲しんでくれたら……」
――嬉しいわ、なんて。
私は拳を握って、机の板に寄りかかった。
妖精がカラカラと回し車を回す音がする。
私は膝を抱えるようにして、深く深く息を吐いた。




