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バシィ


「お嬢様っ!」


考える間もなく繰り出した無詠唱・盾の魔法。

流れる空気の層が、お嬢様の後ろから襲ってきた物を弾く。


「おやおや、防ぎましたかぁー」

「っ!」


腹が立つほど呑気な声の主を見て、私は息を呑んだ。

黒いローブから見える男の右腕。

その肩から指先が緑に変色し、長いツタのようにしなっている。

まるで腕だけが植物になったような、異形の姿だ。

……体の一部を植物に変える。

そんな魔法は存在しない。


「あなたっ……」

「意外ですね〜ぇ。取るに足らない雑魚と思っていたんですが、ね」

「っ!」


バシィ


どうやらその異形の体について話してはくれないらしい。

鞭のようにしなるその腕を盾魔法で防ぐ。

するとヤツはその目を見開いた。


「へぇ、無詠唱。ただの侍女のくせに。誰に教わったんですー?」

「お嬢様、逃げてっ!」

「………」


振り返って叫んでも、お嬢様は呆然と座りこんだまま。


(ダメ。パニックになってる……!)


どうしよう。

誰か、誰か呼ばないと……!

焦る私の視界に、壁際で置物になっているガーゴイルの石像が飛び込んできた。


(そうだ、これなら……!)


距離は2歩足らず。

この距離ならたぶん、外さない。


燃えろ(フローガ)!」

「ええぇー?」


私の出した火炎魔法は命中はしなかったけど、なんとかガーゴイルの片羽根を掠める。

でも、それで十分。


「ちょっとー、僕はこっちなんですけど……?」


そう言っている間に、ガーゴイルの羽がぴくりと震え、灰色のまぶたが開いた。

ライヒンデルツ魔法学校の備品はだいたい、ただの置物ではない。

大なり小なり魔法がかけられ、何かしらの機能を持っている。

中でも、学校の至る所に置かれたガーゴイル像は異常事態を察知する報知機だ。


『火災発生、火災発生!東棟二階、渡りろ……っ』


ガシャアン


(壊された……!)


今まさに飛び立とうとしたところで、枝の一振りで粉々にされたガーゴイル。

でも、それでもいいのだ。

ガーゴイルは繋がっている。

この1体を壊したところで、他のガーゴイルが一斉に騒ぎ立てるから。


『火災発生!……』

『火災発生!……』

『東棟二階……』


ほら、ね。

金切り声の大合唱が、ガラス窓越しに聞こえてくる。

メンテ先生――いや、メンテは左手で顔を覆って天を仰いだ。


「……やってくれましたねぇー。こん古い警備システム……どうやって知ったんですかぁ?」

「……母校だもの」


喧嘩中にうっかり魔法をぶつけてしまって、ガーゴイルを止めに来た先生達に叱られる同級生を、年に一度は見た。

私はメンテを睨みつけたまま後ずさる。


「すぐに他の先生が来るわよ。早く逃げた方がいいんじゃない……?」

「あー……それはそうなんですけど、ねぇ?」


そう言って、メンテはずるりと左手を退けた。

その手の下から現れる、不気味な笑顔。


「そうも言ってられないというかー」


ドゴォン

その時、どこかで地響きが聞こえた。

そして誰かの悲鳴も。

私は思わず窓の外を見る。

すると、中庭の芝生の中央に、校舎の二階に届くほどの大きな花が咲いていた。

毒々しい赤い花びら、青い柱頭。

眠り花のように見えるけれど、眠り花はこんなフザけた大きさじゃない。


「なに、あれ……」

「僕の研究成果です。本当はもっと後で使うつもりだったんですけど、まぁー仕方ないですよね。優先順位はコ・ッ・チ」


襲い来る腕にとっさに盾の魔法を展開する。

でも、強度が足りなかった。


バキィ 


(あ、割れ……)


盾の一部が割れ、隙間から入り込んだ腕が太ももを切り裂く。


「っ……!」

「シンシアッ!」


痛い。

侍女服のスカートがざっくりと切られて、赤く染まっているのが見える。

私は唇を噛んだ。


(まずいわ。あんなのが現れたら、誰もこっちに来てくれない……!)


「しっ……シンシア、血、血ッ……!」

「逃げましょう、お嬢様!」


少しでも時間を稼ぎたい。

お嬢様の手を引く私の前で、緑色の腕がツタのようにうねる。


「逃がすとでもォ?」


攻撃が勢いを増した。

変幻自在にうねるそれを前に、何とか盾を作り出す。

けれどもう、勘で致命傷を避けられているだけ。

刃のような枝が私の脇腹を、腕を、顔を掠めていく。


「っ……!」


時間がない。

きっと、すぐに殺される。


(アクセス……!)


そう叫びたくてたまらない。

あの時、逃げ出したのは自分なのに。

私は歯を食いしばった。

そしてポケットに手をつっこむ。

指先に触れる固い紙の感触。

私はそれを掴むと、無理矢理お嬢様の手に握らせた。


「おじょうさま……っ」


この可愛い顔を見るのは、これが最後。

盾の魔法を出しながら転移魔法は発動できない。

だから、転移魔法を発動する間は、私が盾になる。


(どうか、成功しますように。)


私はお嬢様の手を上から包み、盾魔法に向けていた意識を切って、全てこちらに集中する。

耳元で鞭がしなるような音がした。


『……移動せよ(ピルゲノ)


腕が蔦のように胸に巻き付く。

転移陣が眩い光を放ったと同時に、私の身体は吹き飛ばされていた。


「っ……!」


ガシャァァアン

何百枚も皿を落としたような轟音のまっただ中。 


(痛い……)


起きているのか寝ているのかも分からないのに、全身が痛みに悲鳴を上げている。

もう、動けない。


「ぅ……」


巻き付いた腕に宙吊りにされて、私は目をこじ開けた。


「あーぁ、一人逃げられちゃった」

「……」

「でもまあいっかぁ、お前がいたら」


死神のような笑顔。

私は背筋を震わせながら吐き捨てた。


「うらぎりもの、め……」

「おやあ、それは違います。最初から僕は科学を理想とする一信者なだけで……まあ、雑魚に話しても理解してもらえませんね。大人しく黙っててくださいー」

「っ……わたし…なんかを、つかまえて、も……う゛っ」


ぎゅっと強く胸を絞められ、呼吸が止まる。

でも、すぐに力が緩められた。


「っ゛!……げほっ、げほ、っ」

「静かにしててくださいねー。じゃないと、ギルフリート先生に会う前に、うっかり殺しちゃうかもしれませんよォ」

「っ……」


(いま、ギルフリートって言った……?)


私は信じられない目を向ける。

すると何が楽しいのか、そいつは口角を上げて笑った。


「会いたいでしょォ?ギルフリート先生に。調べてみたら、学生の頃はずいぶん仲のいい恋人同士だったんですよね?もー何かあったってバレバレですよぉ?ふふふっ」 


男の長い爪が私の頬をつついた。

人生で一番の悪寒が走る。

顔を歪めた私を、男は面白そうに眺めた。


「こんな雑魚のどこがイイのか分かりませんが……アナタの命と引き換えに、ギルフリート先生には少し()()していただこうかと思ってるんです」

「協力って、なにを……!」

「それは秘密」

「っ……!」

「まあーそれには及ばずとも、あの男の足止めができれば十分。人質の価値はあるんですけどね」


(人質の……価値?)


「……ふふっ」


その言葉に、気がつけば笑い声が漏れていた。


「ふ……っふふふ、ははっ、あはははは……っ」


腹をよじって笑う私に、男が目を見開く。


「だって。私なんかでアクセスを止められるだなんて……あなた、こんなことするわりに、意外とメルヘンなのね」


そう言うと、男の顔色が変わった。


「ああぁ?」

「っ……!」


ぐんと天井近くまで吊り上げられ、巻き付いた腕がぎりぎりと私の胸を絞め付ける。


「今、今、今、いま笑ったな?!僕を、雑魚が、お前みたいな雑魚がっ……!」 

「ぅ、っ゛……」


苦しい。

怖い。

息が、できない。


(でも、コイツの、思い通りになんて……ぜったい、なり……たく……な……)


そう思ったのを最後に、私の意識は闇に消えた。




「はぁ、はぁ、」


獣のような息づかいが響く。

割れた窓。

硝子が散乱する渡り廊下。

異形の腕に、だらんと垂れたシンシアの指先が触れた。


「ぅぁあぁあぁ……っ」


すると突然、男は自分を抱きしめるようにして身体を折り畳んだ。

身悶えするように、自分の顔を引っ掻く。


「殺したい、殺したい殺したいころしたいぃいい!うぁあぁ……でも、っ、でもォ、いかしておかないとォ……」


男の腕の一部が細い蔓のように蠢いた。

怪物の触手のようなそれが、一本、また一本と枝分かれし、シンシアの首に絡みつく。


「人質だからァ、生かしておかないと、い、い、っ、いけないのにィー!!」


止められない、と訴えるような絶叫。

けれどもシンシアは目を覚まさない。

壊れた人形のようにぐったりとしたまま。

いつ首をへし折られてもおかしくない危機的な状況。

その時、ふいに男が目を見開いた。

ピタリと蔓の動きが止まる。


「――そうだ」


シュルシュルと音を立てて、蔓はシンシアの首を離れ、そのままシンシアの手足へ。

黒い長袖と白い靴下が蔓で覆われ、男は恍惚とした笑みを浮かべた。


「あ、ぁ、足と、腕を折ろう。うん、それがいい、それがイイ。そのくらいなら死なない。そのくらいならまだ生きてる。大丈夫。僕は無能じゃない。ちゃんとできる。コイツをボロ雑巾みたいにして、ギルフリートの前に放りだしてやろう。そうしたら、」


「――俺が、何だって?」


突如、男の耳元で低い声がした。


「ッッ……!」


その声に反応するよりも早く、片腕の感覚が消える。

コンマ一秒にも満たない早業。

男が呪文を唱える間もなく、咄嗟に後ろへ飛び退くと、目の前で灰が舞った。

切り落とされた腕が灰になったのだ。


「ックソがァ……!」


早すぎる。

最悪の事態に、男は床に手を伸ばした。

土魔法で床を崩して逃げるために。

けれど、まさに意識を土魔法に向けたその時、自身の足が焼けるように熱くなった。


「、っ……チィッ!」


靴の裏を焼いて固定されたのだ。

火傷で張り付いた皮膚を引きちぎって、また飛び退る。

男の遺伝子の半分は柳。

火炎魔法との相性は最悪だった。

男は舌を噛み切りそうな声で吠える。


「アクセス・フォン・ギルフリートォオッ……!」

「……答えろよ」


アクセスは冷たい笑みを浮かべていた。

なんの感情も感じ取れない、そんな表情で。

男は奥歯を噛み締める。


「チッ……南部戦線の悪魔がッ、なんで学校なんかにいる……!!」

「……何でだろうな」


アクセスは腕に抱えたシンシアに視線を落とした。


(呼吸はある。全身に裂傷はあるが、命に関わる程じゃない。ただ、骨は折れてるかもな……。)


アクセスは壊れ物を扱うようにシンシアを横たえると、大きく裂けたスカートを覆うように上から自身のローブを被せた。

そして傷ついたシンシアを見ながら、ゆっくりと立ち上がる。


「……俺は、優しい先輩だったろ?」


振り返った、その目。

その、凄まじい怒気。

背後に見える炎の魔神は、幻覚か、魔法か。

ただ、焼き尽くされると思った。

髪の一筋も残らず。


「ッ、」


逃げようとする事さえ腹立たしいと言わんばかりに、男の左手を魔神の燃える手が掴む。

絶叫。

アクセスはうずくまる男の肩を足で押さえつけた。


「なぁ。まさか、シンシアがいないと喋れないなんて……言わねぇよな?」




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