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アーチ型の回廊に、夏の光が差し込んでいた。 

格子模様の床に伸びる影は2つ。

試験範囲はもう終わったからと、早く授業が終わったせいだろうか。

心が弾み、つい大きな音を立てて歩きたくなる。

メリルも同じ気分だったのだろう、ふいにメロディを口ずさんだ。


「♪〜♫〜〜」

「何だっけ、その曲」

「ブルー・レディよ」

「えー……どこかで聞いた事あるような?」


でも、場所も曲名も思い出せないでいると、メリルが驚いたように片眉を上げた。


「え?談話室で死ぬほどかかってるでしょ。壁の皆のお気に入りだから」

「あぁー。談話室!そうそう!」 

「もう、シンシアったら。ちゃんと準備してる?もうすぐ夏至祭で――」

「シンシア」


突然、後ろから名前を呼ばれて振り返ると、廊下の真ん中にアクセスが立っていた。


「アクセス!いつの間に……?」

「ついさっきだよ」 

「本当?気がつかなかった」


そう言うと、アクセスは困ったように笑いながら近づいてきた。

低い、革靴の音。

石灰岩の床に夏用のローブの影が揺れる。


「今日はリアンガーデンも一緒なんだ」

「うん。あ、でもメリルはこれからお買い物だって」

「なんだ。特訓に付き合わないのか?」

「馬鹿言わないで。カップルの時間を邪魔しに行くほど阿呆じゃないわ」


(か、カップル……ッ)


ぽっと頬を染めた私を見て、メリルは肩をすくめながら後れ毛を耳にかけた。


「じゃ、そういうことだから。再試験は明後日でしょ?頑張ってね」

「うん。あ、ありがと……」


正門の方へ向かっていくメリルに手を振り、私はアクセスの方におずおずと体を向けた。


「「……」」


カップルだ。

私たちは間違いなく、恋人同士。

でも面と向かって言われると、何だか無性に顔が熱い。


(あああ何だろ、この恥ずかしさ!もうキスだってしたことあるのに……!)


うつ向いて、両手の指を何度もお腹の前で組み合わせる。

すると、アクセスが私の手を取った。


「行こうか」

「っ、うん」


繋がれた手。

心臓が、静かに跳ねる。

私は少し高い位置にあるその横顔を見た。

蝋みたいに白い肌。

林檎のように蠱惑的な、でも、喋ると年相応の男の子の唇。

もう何度も、あの唇とキスをしたことがあるのに……まだ手を繋いで歩くと緊張するなんて、アクセスに言えば笑われるだろうか。



夏の太陽が西の地平線で粘り強く踏ん張る中、ついに私は地面に座りこんだ。


「っ……あぁ!も、ちょっと休憩……っ!」

「すごい。よく粘ったな」


ドクドクと耳の奥で心臓の鼓動が聞こえる。

私は呼吸が整わないまま、力なく後ろに倒れ込んだ。

そして奥歯を噛み締めながら空を見上げる。


「はぁ、はぁ……うぅ……あと、もう、ちょっとな、気がするのにぃ……っ!」


特訓を始めて今日で5日。

一番得意な風魔法の、『盾の魔法』を唱え続けること、ウン万回。

どんどん詠唱から魔法が発現するまでのスピードが速くなっている実感はあるけれど、まだ無詠唱は成功していない。


(あーもうこのまま何もできなかったら……できなかったら……?!?!)


「うぅ〜……っ」


私は身悶えしながら顔を手で覆う。

もちろん、アクセスのなんちゃってプロポーズを真に受けてはいけない事くらい分かっていた。

結婚は家同士の契約だ。

それに、例えもし、万が一にも、アクセスが将来の伴侶に私を選んでくれたとしても……こんな流れではいやだ。

だから、やっぱりもっと練習するしかないのに。


「シンシア、もう今日は止めとこう」


アクセスはあっさりと不死鳥を消して、そう言った。


「えっ!なんで!?」


私は横向きに肘をついて起き上がろうとする。

でも、その瞬間、ぐらりと揺れる視界。


「っ、」


アクセスの手が待ち構えていたように背中に回る。


「ほら。もう魔力も限界だろ。今度こそ本当に倒れるぞ」

「うっ……でも……あとちょっとな気がするの!お願い……あとちょっとだけ……!」

「……シンシア」


アクセスが首を横に振る。

その後ろに、何か白い物が見えた気がした。 


「……?」


最初は見間違いかと思った。

森の薄闇にあるはずもない、白い、ナイフのようなそれは――。


(きば)だ)


私が()()に気づいた瞬間、それもアシビの茂みの中から飛びかかってきた。

宙に浮かぶ、闇に紛れるための黒い巨体。

アクセスも後ろを振り返る。

その大きな黒い爪がアクセスに迫っていく。


(虎だ)


私はその光景をコマ送りの映画か何かのように見ながら、ただ"防がなきゃ"と思った。


盾になれ(リニョン・エクスド)


声には出ていない。

そんな余裕はなかった。

でも、ピシッと音がした。

確かに、自分の背骨で。

まるで何かが繋がったような音が。


バシン!


「っ!」

「グギャゥウ!」


盾の魔法が、アクセスの前に広がり、黒虎の不意を狙った初撃を弾く。

けれど、大きな黒い虎は身を翻して、綺麗に着地した。

当たり前だ。

盾の魔法は所詮、防御するだけの魔法。

攻撃の勢いでぶつかって自滅してくれるような小物ならともかく、こんな大きな魔獣では、まずダメージは与えられない。


(……でも、いいの……)


視界が回る。

体から力が抜けていく。

もう、起きてさえいられない。

どさり。

全身で静かに衝撃を受け止める。


(ほんとに、魔力、切れ……) 


私は遠のいていく意識の中、アクセスの落ち着き払った背中を見ていた。




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