9.夜会決戦の前に
あの日食べたスイーツはちゃんと味がした。
野菜を使用したケーキはぜひともブルルにも味わってほしかったけれど、人参と聞いただけでブルルと顔を震わせて拒絶された。
「この調子だと私の作った人参は食べられないのでは?」
「そこはそれだ。妻の作ったものは食べる」
結局ブルルは無難にチーズケーキをぱくりと食べていた。
そんな私は今、お茶会に招待されてとある伯爵家にお邪魔している。
「きみは畑にばかり関心が行き過ぎだ。侯爵夫人として社交にも力を入れるべきだ」
いつものようにブルルは手を組み顎を乗せ睨んできた。
人付き合いが苦手な私はのらりくらりと躱してきた。けれどいつまでもそういうわけにもいかないようで、招待状の来ているお茶会に参加し、夜会までに何とか一人でも人脈を確保して来いとのお達しである。
これもお飾り妻としての義務、正妻の務め。
早く第二夫人見つからないかなぁ、との本音は心の片隅に追いやってブルルに厳選してもらい、気が重いながらも社交に力を入れることにしているのだけれど……
「最近流行りのマダムラセットの新作ルージュが」
「ブティックプラティーヌのドレス生地が」
「そう言えばご存知? エムロード子爵ご夫妻が」
わ、話題についていけないわ!
私が話せる話題はもっぱら植物に関してのみだ。
肥料はあれがいいとか、この虫にはあの魔法薬とか、領地のタケノコが隣の畑に侵食しそう、だとか。
ブルルからは周りの夫人方の話題に合わせ、お淑やかにするよう厳命されている。
確かに侯爵夫人として出席しているのだ。ヘマは許されない。
適当に相槌を打ち、ほほほと笑みを浮かべる。
慣れない筋肉を使っているせいで明日は頬が筋肉痛になるかもしれないわね。
「ディスティニア侯爵夫人はどうですの?」
「へぁっ!? え、えっと……」
話なんて右から左へ流すだけ、にしていたのに、不意打ちとは卑怯なり!
じーっと見られているけれど、この射抜かれるような目線が苦手だ。
なんせ実家は貧乏伯爵家。お茶会は母の友人数名を招いてくらいしか見たことが無かった。
気軽に付き合える友人たちだったから、話題も尽きずに楽しそうだった。
こんな大勢からの注目を浴びると、わ、私は……オジギソウのように俯いてしまった。
「ディスティニア侯爵夫人はまだ結婚されて間もないのですよね。結婚生活はいかがですか?」
「は、はい、夫も使用人たちも良くしてくださいますわ」
「ディスティニア侯爵とは仲がよろしいようですわね。先日マダムアルジェントのブティックでお二人を見たと聞きましたわ」
あのときのヘロヘロを誰かに見られていたのか、と顔が熱くなった。
「お恥ずかしいかぎりですわ……」
「とんでもございませんわ。仲睦まじくて微笑ましいのね、と私までほっこりいたしましたもの」
話しかけてきたご婦人に呼応するかのように周りのご婦人もニコニコとされている。
こ、これは何とも気まずいような……!
「そういえば夫人はどちらのご出身ですの?」
「はい、フェイト伯爵家です」
「まあ」
あらあら、まあまあ、とご婦人方が少しざわついた。
どうやら実家に何か思うことがあるようで。
「さぞかし大変でしたわね」
「何もおっしゃらないで。ほら、お茶菓子がありますわ」
「よく見たらあなた細すぎますわ。たんとお上がりなさいな」
「あ、ありがとうございます……?」
急に手のひらを返したようになるご婦人方に戸惑っていると、先程の声をかけてくれたご婦人の隣にいたご令嬢と目が合い、ニコリと微笑まれた。
「お母様、私ディスティニア侯爵夫人とお話したいですわ。お借りしてもよろしいかしら?」
「あら、そうね。若い方は若い方同士で楽しんでらっしゃいな」
ご令嬢に連れられて、別に準備されたテーブルへ行った。
「改めて。私はグリシーナ。ここの伯爵家の娘です」
「主催の……! 私はアリアナと申します」
サラサラな髪をきらめかせたご令嬢は、お茶会を主催された御夫人のご令嬢だった。
「不躾にごめんなさい。あの場だと気後れちゃうかな、と思って連れ出させていただきましたの。
余計なお世話だったら申し訳ございません」
「いえ、ここだけの話、そろそろ頬の筋肉が攣りかけていたので助かりましたわ」
ずっと愛想笑いをしているとその表情のまま固定されてしまうのでは、と怖くなっていたのだ。
世の淑女たちは難なくやってのけるからさすがとしか言いようがないわ。
「私も個人的にディスティニア侯爵夫人とお話したかったのです。私のことはグリシーナとお呼びくださいね」
「私も気軽にアリアナと呼んでください」
グリシーナ様との会話は思いのほか弾んだ。
私が世情に疎いので会話が時折止まることはあったが、彼女の気遣いで続けられた。
なんていいお嬢様なのかしら……
今回のお茶会はほぼ既婚の御婦人ばかりだったけれど、彼女のような魅力的な女性が独りなはずないわよね……
「あの、グリシーナ様。失礼ですが、ご結婚の予定はおありですか?」
「いえ、……良き殿方に巡り合えるとよいのですが……今のところはまだですわ」
私たちは政略結婚だったけれど、恋愛関係からの結婚する割合も増えてきているらしい。(グリシーナ様から仕入れた新情報)
昨今は政略結婚でお互い愛人を作ることはどうなのだ、と若い方を中心として疑問が呈されているのだとか。
親世代はまだ政略結婚が主流で、お互い愛人がいたりする家もあるとのことだが、それを嫌だと思う令嬢令息が中心となり声を挙げているそう。
「アリアナ様は政略結婚でしたわよね。……どうですか? ディスティニア侯爵様はその……愛人などは……ああ、誤解なさらないでくださいね。
令嬢の中で侯爵様は密かに人気で、愛人とかいたら嫌だな、っていう出歯亀ですの」
「なるほど。……今のところはいないようですわ」
「っそうなのですね!」
「でも、私は旦那様が他に愛する人を連れて来ても歓迎しようと思っておりますの」
言ったそばからつきんと胸が痛む。
グリシーナ様も目を見開いて固まってしまった。
そりゃそうよね。若い方の間では愛人文化をなくそう運動が流行っているのだもの。
「で、でも、それではアリアナ様が……」
「大丈夫ですわ。私、侯爵家の農地にしか興味ありませんの。それがあれば幸せなのですわ。
だから、旦那様の幸せを応援したいのです」
話題を振っておきながらグリシーナ様は泣きそうな顔をされてしまった。
ブルルに幸せを、は紛れもない本音だ。
そこに少しばかりもやがかかり始めているのは見ない振りだけれど。
その後は適当にお茶を濁してお暇した。
帰宅後、なんだか疲れてしまって晩餐はお葬式のような空気になってしまった。
「アリアナ、どうしたんだ。いつものきみらしくない」
いつもの私ってどんなだろう?
「なんでもありません。慣れないことをして気疲れしただけですわ」
寝室のベッドに座り窓の外をぼんやりと眺めていると、湯浴み上がりのブルルが心配そうな表情で近寄ってきた。
「社交は貴族社会においても重要となる。だが無理をする必要はない」
「……え?」
「慣れないことは徐々に慣らしていけばいい。きみは今まで植物ばかり相手にしてきたんだ。
動いて喋るものは苦手だろう?」
「……なんだか馬鹿にされてます?」
「いや。使用人たちとはうまくやってくれているから、社交もそのままのきみでいいと思う、と言いたかった」
……不覚にもブルルにときめいてしまった。
気落ちしているところにこれはズルい。
「主催の伯爵家のご令嬢から詫びと礼状が届いていた。気が向いたらまた行くといい」
それだけを言うと、ブルルは掛布にくるまって背を向けた。
その夜、私は胸が騒いで中々眠れなかった。




