4.目的は視察と探し人
領地の侯爵邸にて、私は熱烈な歓迎を受けた。
ブルルのご両親は普段から旅行に出掛けて不在、ブルルもいつ結婚するか分からない中、政略とはいえ私と結婚したことで領地の使用人たちも安心したらしい。
王都の方もだけど、ディスティニア侯爵家の皆さん人情味があっていいわね。
私も侯爵家の発展の為に尽くしがいがあるというものだわ。
「旦那様、早速領地を見て回ってもよろしいですか?」
「着いたばかりだから明日にしよう」
青々とした麦たちが私を呼んでいるというのに、なんということでしょう。
一人で行ってもいいけれど、さすがに初めての土地を徘徊するのは淑女の名折れ。
今日はゆっくり休んで楽しみは明日に持ち越しとなった。
「はぁ~、まだ大丈夫と思っても、割と凝ってたりするのね」
「長時間態勢が同じですからね。旦那様と同じ馬車というのも緊張したでしょう」
案内された自室で、マージ特製のお茶でほっと一息つきながら、肩を揉んでもらう至福のときを過ごす贅沢。
これで明日から侯爵家の農地巡りができるなんて、幸せな結婚ができたというもの。
ブルルと使用人への聞き込み調査で王都の食糧庫と呼ばれるだけの様々な野菜が作られているというのは把握している。
視察を楽しみにしながら、この日はゆっくりと体を休めることにした。
「アリアナ、ちょっといいか」
翌日、視察への準備をしていると扉が叩かれた。
「この辺りの農地を任せている者が来ているんだ。挨拶だけでもしておいてほしいと思って」
それはぜひとも伺わなければ。
今日は嘆願などの依頼が来るだろうから、と、ブルルは屋敷でお客様の応対をするらしい。私は特にすることがないそうなので周辺を見て回ろうかな。
「初めまして、この辺りの農家をまとめている、ジェット・アールデックと申します。
聞けばフェイト伯爵家からの奥様だとか。ようこそディスティニア侯爵領へ」
「初めまして、アリアナと申します。馬車の中から麦畑を拝見しましたが、素晴らしいですね」
ジェットさんはこの辺りの農家と侯爵家の取次のような役目をしているらしい。
農家の要望などを伝え、便宜を取り計らう。今日は領主が来るというので、直接交渉に来たらしい。
「私の家では魔道具を導入して収穫時期はスムーズに作業ができるのですが、小規模農家だと一家総出で周りと協力しあっているのです」
ジェットさんいわく、それぞれの農家に魔道具を導入してほしいというのが要望だった。
ただ、それはおそらく無理な話だ。なぜなら魔道具はとても高い。
侯爵家の資金が豊富だからとて、全部の農家に配布していてはすぐに資金が尽きてしまう。
「刈り取るときだけしか使用しないならば、いくつか導入して使うときに貸出する形はどうだろう」
「お言葉ですが旦那様、刈り取りの時期はみな同じ、しかも旬というものは数日しかないのです。それを逃せば董が立ち、美味しさが消えてしまうのですわ」
「む……それではどうすれば……。さすがに全農家に支給するのは……」
「一部、助成金を出せば良ろしいかと。何割かを侯爵家で負担し、あとは自分で払う。そうすることで魔道具を導入しやすくなりますわ」
いつでも自分のタイミングで使用できるし愛着も湧く。ジェットさんも納得の案のようだ。
その後は話が長くなりそうなので私はお暇した。
「さて、ちょっとお散歩してきますね」
「行ってらっしゃいませ奥様!」
侯爵家の使用人たちに見送られ、いざ行かん農地へ!
侯爵家の農地では主食となる麦の他様々な野菜が作られている。この国自体が比較的気候が穏やかなので、植物を育てやすい。王都に近いこともあって、どんな物でも運ぶのに便利。
好きに見て回って、目の保養をしたいところ……そして、目的の一つとしてブルルの初恋探しも兼ねている。
おそらく彼は、幼いころなどに短時間だけ出会った少女をいつまでも引きずっているのだろう。何の根拠もない、私の勘だけど。
もしかしたらこの領地にいるかもしれない。安易な勘だけど。
貴族は社交シーズン以外は領地で過ごすもの。
今まで結婚していなかったのは、お相手との間に何か障害が……例えば身分差があって言い出せなかったのかもしれない。
第二夫人なら身分は関係ない。
ブルルに愛する女性を、私に黄金の麦畑を。
(お飾りの)正妻として迎えられたからには夫の愛を実らせましょう。
「っはっ、あれは……!」
ごとごと馬車に揺られて窓から景色を見てみれば、見えて来るは連綿と連なる温室ハウス。
「マージ、ハウスよハウス、ハウスだわ!」
「はいはい、奥様。伯爵領ではここまで大規模なものはあまり見かけませんものね」
伯爵領ではぽつぽつとあるだけだったけれど、見渡す限りの大規模なものは初めて見たわ。壮大な景色に見惚れていると、数名の領民たちが争う場面に遭遇した。
「あれは……」
「暴動かしら? 事情を聞いてみましょう」
私は御者に告げて馬車から降りた。
「絶対にタケノコだ。放置しててもいいんだ。手間も省けていいだろう」
「いいや、手間暇かけてこそ育つキノコだ」
「タケノコだ」
「キノコだ」
これが世に聞くまさに一触即発のキノタケ戦争!?
聞けば余った土地に何を植えるかで揉めているらしい。
私としてはどちらも選び難く、言い争いになる気持ちもよく分かる。
「言い争いになるくらいなら、どちらも栽培すればいいのですわ」
「あんだぁおめぇ」
農夫の一人が睨んできたけれど、ここでひるんでは侯爵家の威厳が台無しだ。
「きのこも、たけのこも、どちらも美味しくどちらも選び難い。それならばいっそのこと両方作れば良いのです。旬は重ならない、寒さの季節からたけのこを掘り、実りの季節にきのこ狩り。いつでも旬の物をいただけるとなれば観光客も呼びやすいですし」
訝しむ領民に両方の良さを熱弁する。すると最初は怪しまれていたけれど、だんだんと耳を傾けてくれているようだった。
「東国ではきのこもたけのこもコメというものに混ぜて炊くと聞きました」
「季節のコメ料理はメインになりやすいですね」
「ほかにも副菜としても作りやすい」
「パスタに混ぜるもよかろう」
わいのわいのとアイデアが湧き、先程までいがみあっていた者たちはどこにもいない。
そうこうしているうちに早速土台を作ろうと話が持ち上がり、私も混ざることにした。
気付けばとっぷりと日も暮れて、迎えに来たブルルがブルブルと震えていた。
クワを持って振り上げたところで声がして、振り向けばそこに奴がいたのだ。
「確かに外出の許可はしたが、まさかこんなところで農作業をしているなんて思わなかった」
ブルルいわく、一通りの面会が終わって私と食事をしようとしたけれど、どこにもいないので随分と探したらしい。
確かに使用人たちには「ちょっと出掛ける」としか言付けてなかったし、私もこんなに没頭するとは思っていなかった。
「すみません……」
「そんなに、好きなのか」
ブルルに問われて俯いていた顔を上げる。
「……はい。旦那様には申し訳ないと思いつつ、どうしても夢中になってしまうのです」
頬を赤らめて言えば、ブルルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「とりあえず、無事でよかった。明日からは私も同行しよう」
帰宅して、ブルルからは淑女として侯爵夫人としてもう少しおしとやかに過ごすことをちくりと言われた。
結局片思いの相手も探せなかったし、このままでは私だけが楽しい結婚になってしまうわ。
どうにかしてブルルにも幸せをつかんでもらわなきゃ。
「何を企んでいるんだ」
警戒心を露わにした彼に悟られないよう、ひそかに決意をするのだった。