20.私の夫です!
グレイに招待してもらいやって来たるはゴールドウイン伯爵家。
エスコートはグレイを通じて事情を知った兄にお願いした。
が、兄は入場して早々に友人を見つけて行ってしまった。
仕方ないので私は着なれないドレスをさばいてブルルを探すことにした。
けれど人の多さに酔ってしまって中々見つけ出せない。早々に白旗を挙げて一時撤退することにした。
侯爵家ほどではないけれど、美味しそうな食べ物が私を誘ってきたからだ。グレイの領地の食物も侮れないからこれは敵情調査だと言い聞かせ、いくつか見繕ってソファに座るとグレイが苦笑しながら近付いてきた。
「早速食べてるのか」
「余ったら勿体無いもの」
カナッペにクリームチーズを塗り、薄切り肉を添えて口に運ぶ。
分かってはいたけれどやっぱり美味しいわね。
「目的は覚えているのか?」
「もひろん」
「食べてから話せ」
ハンカチで口周りを拭き、シャンパンをくいっと飲み干したところでブルル発見!
見たところ今日は一人みたい。けれどこのあと合流するのかもしれないわ。
私はあとを追うようにして人波をかき分けて近付いた。グレイも後ろから付いてきた。
「やあ、ディスティニア侯爵。今日はお一人かな?」
「お久しぶりです。妻は現在帰省中でして」
「おや、それは近い将来嬉しい知らせが聞けるということかな」
「どうでしょうね」
朗らかな恰幅の良い男性に話し掛けられ、和やかに会話している。
嬉しい知らせ……とはまさか、私とブルルが離縁するとでも思われていたりするのかしら?
それは癪だわ。政略結婚を投げ出す愚妻と思われては両家に傷が付くじゃない。
その後もブルルは挨拶をしながら談笑していた。
どうやら今日はお相手の女性と合流する気は無さそう?
気合を入れる為シャンパンをくいくい飲み干していたけれど肩透かしだった。
「アリアナ、飲みすぎじゃないか?」
「しょんなこと、ありましぇん!」
グレイにグラスを取り上げられ、ブルルを見失ってしまわないように追い掛ける。気分は探偵ね。たった一つの真実を暴くため、アリアナ、いっきまーす!
そのうちブルルはひと息つくためソファに座った。
それに近付く女性が一人……報告にあった茶髪の女性みたい……?
「あの女性……あっ、隣に座った! しなだれてる!」
気のせいかブルルはやんわりと跳ね除けた。
……様子がおかしいぞ?
「なんだよ……話と違うじゃないか」
グレイの呟きを聞く間もなく、もっとよく観察する為に近寄っていく。
くまなく隙なく観察することは何に於いても重要だ。
女性はブルルに素気無くされ、何かに気付いたかのようにつかつかつかと私に近寄ってきた。
「あなたがディスティニア侯爵夫人ね?」
「ヒトツガイデス。ワタスハナガシノモノデス」
「っ、アリアナ!」
しまった! 対象者に見つかるなんて、探偵として初歩的なミスだわ。
今日の私はいないことになっているはず。顔を隠す為のほっかむりが欲しい。
「侯爵夫人に忠告してあげるわ。あなたの夫、おかしいわよ。私を捕まえて何を聞くかと思えばあなたの幼い頃の話ばかりよ。
それが終われば妻がどうしたこうしたって話ばかり!」
「……え?」
茶髪美女はなぜか不満を私にぶつけてくる。
「初恋の女性が妻になった。自分のしでかしたことで拗れてしまった。やり直したいがどうしたらいいか分からない、って延々と妻の惚気を聞かされる身になってほしいわ」
ええ〜……?
「第二夫人になれるかも、あわよくば正妻になれるかもって期待したのに。とんだ災難だったわ」
茶髪美女はチラリとグレイを見て、ふん、と言わんばかりに去って行った。
グレイはグレイでため息を吐いて、「用ができたから」と美女を追い掛けた。
「何だったの……」
残された私は呆然として、酔いも覚めてしまった。
「アリアナ」
振り返るとキラキラしいブルルの顔がある。
ここに顔を隠す為のほっかむりはない。
まだはっきり気持ちの整理ができたわけじゃないけれど、決着をつけるなら今なのかもしれない。
「第二夫人候補に逃げられてしまいましたわ」
「構わない。候補でもないからな。それよりまたグレイと一緒だったんだな」
逃がさない、と言わんばかりにするりと頬をなぞられる。
後れ毛を指に巻き付けて弄ぶ姿はまるで青葉に付いた虫を狙う捕食者のようだった。
「グレイの家が主催で、兄と一緒に来て……食事をいただいていたらたまたま旦那様を見かけたからつけていたら、後ろにいただけですわ」
「つけていたのか?」
「第二夫人候補の方を見極めたかっただけです。相応しいならお迎えして私は領地に行こうかと思っておりました」
「ふうん……」
胡乱げな目をして、ブルルは私を追い詰める。
覚めたはずの酔いで心なしか息が上がっていく。
「あの女性はきみの過去を知っているというから話していただけだ。
だがひどくつまらないものだった。
話し始めて数分で退屈になった。全て嘘だったからな」
「うそ……?」
「おそらくグレイに聞いた話を横流ししていただけだろう。きみと俺を引き離す為に」
グレイが? なんで?
困惑したような顔になったせいか、ブルルは呆れたようにため息を吐いた。
「あの女性を俺に寄越してきたのはグレイだ。
目的を知る為しばらく様子見で話していたが、やはりきみの話以外はつまらない」
グレイの目的は……と考える間に視線を感じると私を見つめるブルルと目が合った。
「アリアナ、俺達は確かに政略結婚だ。顔合わせもそこそこに夫婦になった。
確かに『愛する人がいる』と初夜に言ったが……それは俺の見栄だった」
「み、見栄……なんか、言ってた気が……?」
「初恋の話をしたら友人たちから揶揄われた。それが嫌で普通を追い求めていた。だがそれは何の興味もなくただ無為に時間を潰すだけだった」
ブルルは真剣な眼差しで私を見つめる。
窓からの月明かりに照らされて神秘的で、まるで月と麦穂のようで息を止めるほど胸が熱くなった。
「きみは目を離したらなにをするか分からない。
ひとときだって目が離せない。
考えつかないようなことをして、気付けばいつもきみのペースに巻き込まれている。
きみが来てくれて毎日が刺激的だ。
領地もきみのおかげでかなり潤った。領民みな感謝している。
今度コメを作る為急ピッチで水田の整備が行われている。今年は間に合わないが来年以降は一部でも作れるようにする。
そのとき採れたコメをきみに一番に食べさせたいと領民が言っている」
コメ……コメが……食べられる……!?
思わずごきゅっと喉が鳴る。
「だから、戻ってきてほしい。そして、俺の……本当の妻になってほしい」
その瞳に射抜かれて、私は自然と頷いた。
領民が作ってくれたコメが食べられるなら……戻ることもやぶさかではない。
「アリアナ、愛している」
そう言えば聞いたことがある。
コメも麦と同じく収穫のときには黄金の波を作るのだと。
そう思えばブルルの顔が輝く稲穂に見えてきた。
それに迫られれば否とは言えない。
それに政略結婚の義務もある。よくよく考えると義務の反対はムギだ。これは麦なのだと思えばもう抗えない。
私はブルルに言われ、侯爵邸に帰ることにした。
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旦那様<稲穂




